after you

bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

Searching for good music of the world

Abdou El Omari  LOST TAPE-1980
こりゃまたスゴイものを掘り出してきたなあ。

モロッコのキーボード奏者、アブドゥ・エル・オマリが
76年に出したゆいいつのレコード “NUITS D´ÉTÉ” は、
欧米のコレクターたちの間でカルト化した人気盤でした。

17年にベルギーのラジオ・マルティコがLPリイシューして話題をさらいましたが、
これはその時以上のビッグ・ニュースなんじゃないかな。
なんといったって、ゴミ箱から放り出されたアブドゥ・エル・オマリの遺品のなかに、
驚くべき音源が詰まっていたというんだから、その発見の経緯からして運命的。

アブドゥ・エル・オマリは、大編成のオーケストラ伴奏が主流の70年代に、
ファルフィッサ・オルガン(イタリア製電子オルガン)を使って、
シャアビやグナーワなどモロッコの伝統音楽を革新するサウンドをクリエイトした、
まさしく異能と呼ぶべき才人。

サン・ラのコズミック・サウンドをホウフツさせる実験的なサウンドは、
当時のモロッコではあまりに先を行き過ぎていて、理解されはしなかったのでしょう。
エル・オマリが専業音楽家となることなく、
美容師として美容学校を開く道へと進んだことからも、それは明らかです。

けっして現地で再発見されることのなかったエル・オマリの才能は、
サイケデリック・ロック、スピリチュアル・ジャズ、電子音楽といった文脈から、
欧米のクレイジーなレコード・ディガーたちによる発掘が必然だったといえそうです。

エル・オマリが生まれ育ったアトラスの山々にこだまするエクスペリメンタルなサウンドは、
ハチロクの三連符ビートで、トランシーなグルーヴを巻き起こします。
ワー・ワー・ワトソンみたいなファンク・ギターと天上を飛び交うファルフィッサが交叉し、
湿り気を帯びたドラムスが重心の低いファンク・ビートを繰り出す、
モロッカン・エクスペリメンタル・サウンド。
よくぞゴミ箱から救出してくれたと拍手喝采したい、奇跡の逸品です。

Abdou El Omari  "LOST TAPE-1980"  Born Bad/Serendip Lab  BB191CD/SER018

Charlie Palmieri and His Orchestra  ADELANTE, GIGANTE
「ラテン・ピアノで忘れられない1曲は?」という問いに始まって、
ノロ・モラーレスのアンソニア盤にたどり着いたんですけれど、
その質問のぼくのアンサーは、
チャーリー・パルミエリの ‘Tema De Maria Cervantes’ でした。
73年の “ADELANTE, GIGANTE” に収録されたこの曲を超すラテン・ピアノを、
半世紀を過ぎた今なお、ぼくは知りません。
大学1年生の時に出会ったこの曲は、衝撃そのものでした。

歌手のビティン・アビレスとオーケストラを擁した本作で、
インスト演奏のこの曲は異色のトラックでした。
管楽器抜きで演奏したこの曲を聴いたとき、
ノロ・モラーレスのアンソニア盤収録の曲と同曲とはすぐには気付きませんでした。

どこかで聞いた覚えがあると、ずーっとひっかかっていて、
ノロ・モラーレスにたどり着けたのはだいぶ経ってからでした。
というのもチャーリー・パルミエリのレコードには、
マリア・セルバンテス作曲とクレジットされていたため、
ノロ・モラーレスに考えが及ばなかったんですね。

チャーリーが作者とクレジットしたマリア・セルバンテス(1885-1981)は、
ハバナの芸術一家に生まれた作曲家兼ピアニスト、歌手としても活躍した人。
ボラ・デ・ニエベに多大な影響を与えた人で、
ボラとはコンサートやショーでも共演を果たしていますが、
音源や映像が残されていないのは悔まれます。
しかしこの曲はマリア・セルバンテスの曲をノロが変奏した曲なので、
作者としてはノロ・モラーレスが正解なのでした。

で問題は、チャーリーが演奏したこのカヴァー・ヴァージョンです。
衝撃的だったのは、ボンゴとコンガが叩き出す正確無比なタイム感です。
当時はウチコミなんてものが世の中には存在しませんでしたが、
人間が演奏しているとは思えないほど、スウィングしない機械的なビートでした。

そのスクエアなリズムにのるチャーリーのピアノは、突っ込んだり、もたったりと、
自在なリズム感で凄まじいまでのグルーヴを巻き起こして、聴く者を翻弄します。
長いパッセージを弾く場面など、何度聴いても息を呑んでしまいます。
タッチもこれまた自在で、ガーンと鍵盤を激しく叩いて和音を響かせたり、
ふわりと柔らかなコードを奏でたりと、もうどんだけ表現力あるんだかという感じで、
その雄弁さには、タメイキがもれるばかり。

ティンバレスがソロをとり、チャーリーのピアノがバッキングする場面では、
今度は雄弁なリズム感で弾いていたピアノが一転、ボンゴとコンガと一緒に
正確無比なスクエアなリズムを演奏して、ティンバレスに自由なソロを演奏させています。
このスウィングしない精密なビートと、スウィングしまくるソロ楽器のビートの対比は、
ラテン・ジャズならではの厳格なグルーヴといえます。

ラテンとジャズの大きな違いって、このリズムに対する厳格さじゃないのかな。
裏拍や裏・裏拍で取るラテンの精密なリズムって、
融通無碍に4拍が伸び縮みするジャズとはまるっきり異質だよね。

それにしてもいまでも残念でならないのは、
チャーリーがラテン・ジャズのアルバムを作ってくれなかったこと。
こんなインストをアルバム1枚でやってくれたら、
ラテン・ジャズ屈指の名盤となったこと間違いなしだったのになあ。

Charlie Palmieri and His Orchestra  "ADELANTE, GIGANTE"  Alegre  CLPA7013  (1973)

Noro Morales  HIS PIANO AND RHYTHM
ラテン・ジャズを初めて聴いた、というか、初めて聞かされたのは、
プエルト・リコのピアニスト、ノロ・モラーレスのアンソニア盤。
セリア・クルースに夢中になった2・3歳よりもう少し後のことで、
小学生に上がったか上がらないかくらいの頃の話。
もちろん父がかけていたレコードですよ。

当時ラテン・ピアノといえば、ペペ・ハラミジョの人気が高かったんですが、
父もぼくもノロ・モラーレスの方がお気に入りでした。
のちにそのレコードを父のレコード棚で再発見したのが高校生の時。
ジャケットをまったく記憶していなかったので、
見覚えのないジャケットからレコードを取り出して、
あの懐かしいサウンドが飛び出してきた時の身体の震えは、今も忘れられません。

オーケストラ・スタイルのアフロ・キューバン・ジャズよりも、
ボンゴ、コンガ、ティンバレス、マラカス、ギロがちゃきちゃきとリズムを刻んで、
ピアノが跳ね回る「ピアノ・イ・リトモ(ピアノ&リズム)」のスタイルが
大好物だったんですよねえ。

いまも手元にあるノロのCDは、全部小編成のものばかり。
クラシック・ピアノの鍛錬が聴き取れる鮮やかな運指とタッチが、
軽快なパーカッション・アンサンブルのなかでキラキラと輝くラテン・ピアノが、
自分のなかでは最上位なのです。
Noro Morales  RUMBA RHAPSODY Noro Morales  EN SU AMBIENTE
戦後まもない45年から51年までの小編成録音をまとめた
 “RUMBA RHAPSODY” は、そんなぼくには最高の編集内容でした。
64年のマルベラ盤 “EN SU AMBIENTE” もいいんだけれど、
ボレーロ中心に寄ったレパートリーがちょっと残念。
アンソニア盤はグァヒーラ、ボレーロ、チャチャチャ、グァラーチャ、ルンバ、
モントゥーノ、アフロと多彩なリズムを楽しめるのが、子供心にもヒットしたのでした。

当時自分もピアノを習っていて、6年間もスパルタ・レッスンに耐えたんですが、
あまりの厳しさに心が折れてやめてしまい、
その後ピアノに触るのも嫌になってしまったのは、残念な幼児体験でした。
ノロ・モラーレスみたいなピアノを教えてくれる先生がいたら、
どんなに良かったかと思いますけど、
昭和30年代の日本に、そんな先生いるわけないもんねえ。

Noro Morales  "HIS PIANO AND RHYTHM"  Ansonia  HGCD1272  (1960)
Noro Morales  "RUMBA RHAPSODY"  Tumbao Cuban Classics  TCD036
Noro Morales  "EN SU AMBIENTE"  Disco Hit  DHCD9156  (1964)

Lia De Itamaracá & Daúde  PELOS OLHOS DO MAR
えぇ~?
シランダの女主人とバイーアのディーヴァが共演とは、
想像だにしませんでしたねえ。ていうかダウージって、今も歌っていたのか。
10年以上その名を聞くことがなくなっていたけれど。

リア・ジ・イタマラカーの20年作は、
オーセンティックなシランダをベースにしながら、
ハイブリッドなプロダクションでシランダをアップデイトした快作でした。
20年のベスト10にも、迷うことなく入れましたからね。

すっかりその名を忘れていたダウージは、
セルソ・フォンセカがプロデュースしたデビュー作で一躍時の人となったシンガー。
当時ブラジリアン・ソウルのリヴァイヴァル・ブームで、
UKのクラブ・ジャズと共振したシーンのど真ん中にいた人でしたね。
Daúde  DAÚDE Daúde  #2
30年ぶりに聴き返したけれど、
ジョルジ・ベンの ‘Chove Chuva’ のカヴァーはやっぱ秀逸。
う~ん、カッコいいじゃないですか。
セカンドは、セルソとUKプロデューサーのウィル・モワットの共同プロデュース。
こちらではミリアム・マケーバの ‘Pata Pata’ をカヴァーしてました。

そんな意外な二人を結び付けたのは、 リアの30年来のマネージャーで、
シランダ・プロダクションのディレクターでもある、ベト・エース。
リアがサン・パウロやリオを行き来するなかでダウージと共演するチャンスがあり、
出会う前からダウージを「この子、すごくクール!」と思っていただけに、
会ってすぐに意気投合したそうで、ベト・エースの企画は渡りに船だったようです。

レパートリーはシランダやココのほか、リアがお気に入りのボレーロに加え、
多くの新曲が選ばれています。楽曲を提供したのは、
リアの前作でも曲を提供していたシコ・セザールをはじめ、
セウ、エミシーダ、オットー、元コマドリ・フロジーニャのカリーナ・ブールに、
バイアーナシステムのヴォーカル、ルッソ・パッサピッソといった面々。

元ナソーン・ズンビのドラマー、プピージョが音楽監督を務めた本作は、
ダブやエレクトロなど現代的な手法を使って、
豊かな音のタペストリーを織り上げています。
ノルデスチとバイーアを繋ぐアフロ・ブラジリアン・ミュージックに、
アフリカ起源のカリブ音楽の要素も取り込んで、
ブラジル黒人音楽の伝統を再解釈した意欲的な力作です。

Lia De Itamaracá & Daúde  "PELOS OLHOS DO MAR"  SESC  CDSS0221/25  (2025)
Daúde  "DAÚDE"  Natasha  NAT1001-2  (1995)
Daúde  "#2"  Natasha  292.101  (1997)

Dave Stapleton  QUIET FIRE
エディション・レコーズの創設者デイヴ・ステープルトンの14年ぶりのアルバム。
ご本人にとっても、14年でエディション・レコーズが
これほど重要レーベルへと飛躍するとは、想像しなかったんじゃないでしょうか。

ステープルトンが弾くローズとシンセサイザーに、ジョン・グードのベース、
エリオット・ベネットのドラムスを中心に、アルト・サックス、トランペット、ギター、
ヴァイオリンが加わるという編成。
この冬 “KHMER LIVE IN BERGEN” をヘヴィロテしていたので、
ニルス・ペッテル・モルヴェルが参加しているのは嬉しい限りです。
これもエディションから出ていたんだよね。
https://bunboni.livedoor.blog/2025-10-26

UKらしいエレクトロニクスとアンビエント/ダウンビートを通過したサウンドは、
近年のエレクトロニック・ジャズというよりUKクラブ・ジャズの延長線上で、
エレクトロニック・ジャズとトリップ・ホップが同居している印象ですね。
ステープルトンがメンバーのスローリー・ローリング・カメラと近い音楽性かな。
都会の夜を演出するシャレオツな一枚ともいえます。

ドラムンベースを下敷きにしたひっかかりのあるビートを
軽快に叩く、エリオット・ベネットのドラムスが心地良い。
アルバム・タイトルを想起させる内省的なサウンドスケープはトリップ感に満ちていて、
抒情を誘うフックの利いたメロディやキャッチーなコード進行が、
静かにくゆらせる炎をかたどっています。

Dave Stapleton  "QUIET FIRE"  Edition  EDN1290  (2026)

David Ze 1975
アンゴラ独立闘争が最高潮に達した時代に録音された、
アンゴラ音楽の金字塔たるダヴィッド・ゼーの唯一のレコードがリイシュー!!!
フランスの新進リイシュー専門レーベル、ジャジーベルから、
LPとCDの両方のフォーマットで出すというビッグ・ニュースに、
昨年末から首を長くして待っていたんですが、
結局CDの発売は見送られてしまいました(シクシク)。

とはいえアンゴラ盤LPのリイシューは、世界初という画期的な出来事。
75年に出たオリジナルのCDA盤はシングル・ジャケットでしたが、
ゲートフォールド仕様にして往時の写真や簡単な解説を載せています。

ダヴィッド・ゼーことガブリエル・ダヴィッド・ジョゼ・フェレイラは、
44年ルアンダ生まれ。
3つ年上の歌手ウルバーノ・デ・カストロと出会って歌手を志し、
アンゴラ独立闘争時代に反植民地主義思想を打ち出す歌手として活動を始めます。
当時新進のグループだったジョーヴェンス・ド・プレンダに加入して、
72年にデビュー・シングルを出しました。

その後アンゴラ解放人民軍(FAPLA)兵士の士気高揚と、
アンゴラ改革のための労働運動を国民に広める役割を担った
アリアンサ・ファプラ=ポヴォに、ウルバーノ・デ・カストロや
アルトゥール・ヌネスらと共に加わり、多くの革命歌を歌います。

75年独立後は新大統領のアゴスティーニョ・ネトから厚遇され、
MPLA政権下で文化省の音楽局長という要職に就き、
モザンビーク、サントメ・プリンシペ、ギネア=ビサウの独立記念式典で歌い、
ネトの国内外のツアーにも同行しました。

しかし、77年5月27日に勃発したクーデター未遂事件の際、
ゼーは正体不明のグループによって誘拐され、ウルバーノ・デ・カストロや
アルトゥール・ヌネスらとともに殺害されてしまいました。
この時のクーデター失敗による報復の嵐で数千人が犠牲となりましたが、
犠牲者に関する公式な記録は存在せず、ゼーの遺体も発見されていません。

2018年に設立されたM27協会は、1977年5月27日の政治的粛清の犠牲者を
追悼する遺族団体で、政府に対して事件の真実と情報開示を求め、
犠牲者の詳細な調査や遺骨の身元確認を要求しています。
今回のリイシューはゼーの遺族のみならず、
M27協会の全面的な支援を受けて実現したもので、
解説には協会への謝辞が載せられています。

本作の伴奏はコンジュント・メレンゲ(オス・メレンゲス)が務めていて、
アンゴラ音楽黄金時代の頂点といえるセンバ、ラメントを聴くことができます。
ゼーが暗殺された後、ゼーの歌は長く発禁・放送禁止となっていましたが、
27年に及んだアンゴラ内戦終結後、再びゼーへの注目が集まり、
多くの歌手たちがゼーの曲をカヴァーするようになりました。
David Zé  Memorias 19
04年にはアンゴラ国営ラジオ局がアンゴラ音楽黄金時代のパイオニアたちの
録音をリイシューしたシリーズ “MEMÓRIAS” の一枚として、
ゼーの音源39曲が2枚組CDにまとめられました。
おそらくゼーのほぼすべての録音で、今回のCDA盤も全曲収録されています。

これまで欧米のディガーたちから無視され続けてきたアンゴラ盤が、
突如リイシューされることになったきっかけは、ダミアン・マーリーとナズが
本盤収録の ‘Undenge Uami’ を ‘Friends’ にサンプリングしたからでしょう
(“DISTANT RELATIVES” 所収)。
当時のアンゴラでリリースされていたのはもっぱらシングル盤で
LPは珍しかっただけに、ゼーの本作はその意味でも貴重な一作だったのです。

[LP] David Zé  "MUTUDI UA UFOLO / VIUVA DA LIBERDADE"  Jazzybelle  JB010  (1975)
David Zé  "MEMÓRIAS"  Rádio Nacional De Angola  RNAPQ19

Nas + DJ Premier  LIGHT-YEARS
うぉー、ナズとDJプレミアのジョイント・アルバムがついに!
20年越しの実現なんですか。感慨深いものがありますねえ。

ギャング・スターのリユニオン・アルバムでも告白しましたけれど、
90年代のイースト・コーストのヒップ・ホップで
ようやくヒップ・ホップに開眼できた当方なので、
この記念碑的アルバムのリリースは楽しみにしていましたよ。

巨匠の風格すら感じる仕上がりは、一時代の歴史を築いた両者だからでしょう。
本作で聴き取れるのはストリート感ではなく、成功者の自信であり貫禄。
プレミアが生み出す硬質で鋭利なサウンドと
ざらついたナズのフロウとライムのコンビネーションは、間違いなく最高峰です。

ウィルソン・ピケットの ‘Get Me Back on Time, Engine Number 9’ を
サンプリングした ‘GiT Ready’ なんて、プレミアの真骨頂じゃないですか。
これぞブーンバップといったチョップの職人技には、シビれるねえ。
重厚さと洗練を併せ持ったサウンドは、
2020年代の今もってヴィヴィッド。
オールド・スクールじゃなくって、レジェンダリーなクラシックですよ。

続く ‘NY State of Mind Pt. 3’ にもウナりました。
言わずと知れたナズのデビュー作のヒット曲ですけれど、
なんと今回は、誰もが知ってるビリー・ジョエルの ‘New York State of Mind’ の
冒頭パートを、切り刻むこともなしにまるごとサンプリングしています。
年齢を重ねたいまの二人だからできたことでしょうねえ。
Nas + DJ Premier  LIGHT-YEARS  Jewel Case
最後に嬉しいのが、CDのジュウェル・ケースに描かれたグラフィック。
このグラフィックはLPにはなく、CDとカセットのみ。
CDラヴァーにはたまらないプレゼントです。
ソフトケースへの入れ替え不可ですね。

Nas+DJ Premier  "LIGHT-YEARS"  Mass Appeal  MSAP186D2CD  (2026)

Jill Scott  TO WHOM THIS MAY CONCERN
圧倒的。
ストーリーテラーとして語るべきことのある人の確信に満ちたヴォイスの力。
てらいなく、淀みなく、あいまいさもない。
伝えるという一点に感情を凝縮したその歌いぶりに、
魂を揺さぶられぬ者などいないでしょう。

ですが。
正直に告白すれば、ジル・スコットは苦手としていたタイプでした。
彼女の強力なヴォイスを聴いていると、
自分の矮小な男のダメさ加減をグサグサ指摘されているようで、
いたたまれず穴にでも入りたくなる気分に陥るんですよね。

黒人女性が置かれてきた歴史の積み重ねが、
ジルのソウルフルな歌声にはくっきりと刻印されていて、
日本人男性のこちらがおいそれとは近づけない距離の遠さをおぼえます。

そんなわけでジルのアルバムは、お気楽にサウンドだけ
エンジョイするのをずっとためらってきたんですが、
11年ぶりのアルバムというので、うっかり聴いてしまったからには、
買わずにはおれませんでした。

ニュー・オーリンズ・ファンク、スウィング・ジャズ、ゴーゴー、アフロビートなどなど、
目まぐるしいほど多彩なサウンドを詰め込みながら、それが散漫にならず、
ジルの歌声がしっかりとプロダクションを束ねているところがスゴイ。

そしてどこかざらっとした舌ざわりを残すのも、
表面ばかりきれいにつるつるとしたサウンドが主流な昨今、貴重ですね。
この圧倒的な存在感には、ただただこうべを垂れるだけです。

Jill Scott  "TO WHOM THIS MAY CONCERN"  Blues Babe  no number  (2026)

Granny’s Attic  COLD BLOWS THE WIND
こちらはピカピカの若きイングランドのトリオの新作。
コーエン・ブレイスウェイト=キルコインのコンサーティーナ兼メロディオン、
ルイス・ウッドのフィドル、ジョージ・サンサムのギター兼ブズーキに、
シド・ゴールドスミスがコントラバスでサポートしています。

かすかに濁りのある声でエネルギッシュに歌うコーエンと、
温かみのある柔らかなシンギングを聞かせるジョージの対比が絶妙で、
3人の演奏技術の高さにも目を見張ります。
ダンス・チューンの躍動感と、バラッドでの抑制の利いた繊細な演奏がその証。

コンサーティーナをドローンに使ったり、ギターとフィドルでハーモニーを奏でたり、
アレンジのアイディアがとにかく豊富。音使いにハッとさせられる瞬間が多く、
トラッド/フォークという音楽に似つかわしくない表現かもしれませんが、
この連中、クールですねえ。

1曲をのぞいてすべてイングランド伝承曲で、
各曲のチャイルドとラウドの番号がリファレンスで記載されています。
トラディッショナルと現代性を同時に響かせるグラニーズ・アティックの音楽性は
とても新鮮で、パンチが利いていますよ。

スティーヴ・ターナーの年輪を重ねたシンギングの素晴らしさに圧倒された後で、
若いグラニーズ・アティックを聴いても、まったくひけをとることなく、
イングリッシュ・フォークの伝統をみずみずしく受け継いでいるのが実感できて、
頼もしい限りです。

Granny’s Attic  "COLD BLOWS THE WIND"  Grimdon  GRICD010  (2025) 

Steve Turner  CURIOUS TIMES
これぞイングランド節!
深いバリトン・ヴォイスでゆるやかにこぶしを回しながら歌う、
旨味たっぷりの歌いぶりにやられました。
いかにもイングランドらしい、きりりとしたシンギングに背が伸びますよ。

理髪師で船乗りの祖父から受け継いだという
コンサーティーナ弾きのスティーヴ・ターナーの9作目を数えるという23年作。
冒頭のブロードサイド・バラッド ‘When Ladies Go A-Thieving’ で、
いきなり耳を鷲掴みにされました。
続いて歌われるのはチャイルド第20番の ‘The Cruel Mother’ で、
語り部たるバラッド歌いのお手本のような歌唱を聞かせてくれます。

スティーヴが弾くコンサーティーナに、独特のギターでアクセントをつけているのが
マーティン・カーシー。けっしてスティーヴの歌やコンサーティーナをジャマをせずに、
名手らしい存在感を示すところはさすがです。
このほかバリトン・ギター、シンセサイザー、チェロが控えめに加わり、
ハーモニー・ヴォーカリストの3人が彩を添えます。

伝統ど真ん中に位置する正統派の音楽に需要がなくなり、
聴く機会がますます減っているのは、イングリッシュ・バラッドに限った話ではなく、
多くの音楽の世界で見られる共通の現象のように思えます。
だからこそこんな頑固一徹、オーセンティックなアルバムを聞けるというのは、
いまやめちゃくちゃ貴重に思えてなりません。

Steve Turner  "CURIOUS TIMES"  The Tradition Bearers  LTCD1007  (2023)

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