after you

bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

Searching for good music of the world

カテゴリ: 東アフリカ

Either Orchestra & Ethiopian Guests  ÉTHIOPIQUES 32
その昔、エチオピア黄金時代の音源をエチオピーク・シリーズで聴きながら
湧きあがった疑問に、これほど確立されたサウンドが
70年代に突如花開くはずがないということでした。
当然その前史となる時代があったはずで、
そこにはどういう歴史があったのだろうと、好奇心をかき立てられたものです。

その後知ることができたのは、のちのエチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世となる
ラス・タファリが1924年にエルサレムを訪れた際、
オスマン帝国の虐殺から逃れて疎開していた
アルメニア人孤児たちの楽隊を聴いて感激し、これら40名の孤児とともに
アルメニア人指揮者ケヴォルク・ナルバンディアンをエチオピアに招き入れたことが、
事の始まりだったということでした。

エチオピア音楽を近代化することとなったこのエピソードについては、
川瀬慈さんの『エチオジャズへの蛇行』(音楽之友社、2024)の
67~74ページに詳述されています。
エチオピア音楽の近代化にアルメニア人が深く関わったことは、
アフリカ大陸のどこの国にもなかったエチオピア唯一の出来事であり、
それがこれほどユニークな音楽を生み出す大きな要因になったことは間違いありません。

指揮にあたったケヴォルク・ナルバンディアンは、
甥のネルセスを含むアルメニア人音楽家の親族を
エチオピアに招いて学校や劇場で音楽の指導にあたらせ、
50年代にその後のエチオピア黄金時代の基礎を作っていきます。
アルメニア人孤児たちの楽隊が解散した後は、ネルセス・ナルバンディアンが
ハイレ・セラシエ1世皇帝劇場オーケストラをはじめ、
ポリス・オーケストラほか公立のオーケストラやバンドを指導し、
ゲタチュウ・メクリヤほか数多くの才能を育てたんですね。

ネルセスは教育者であるばかりでなく、マルチ奏者そして作編曲家として、
エチオピア固有の旋法を整理し、数多くの作曲を残しました。
ネルセスが指導した50年代のハイレ・セラシエ1世皇帝劇場オーケストラの音源は
ほとんど残されていないため、想像逞しくするしかなかったんですが、
04年にアディス・アベバを訪れてコンサートを開いた
アメリカのイーザー・オーケストラがネルセスの ‘Eyèyè’ をカヴァーしていましたね。
ライヴ盤のディスク2の1曲目で聴くことができます。

なんでもイーザーがアディスを初訪問したその時に、
ナルバンディアン家からネルセスの膨大な楽譜や
ラジオ放送の録音資料を託されたのだそうで、
以来イーザーは長年にわたって、ネルセスの作品に取り組んできたんですね。

その成果を示したのが本作で、ネルセスの作品を再構成しながら、
デューク・エリントンやギル・エヴァンスのジャズ・オーケストラのサウンドを
参照しつつ、現代化させています。
とりわけ11年のアディス・アベバを再訪問時のライヴ録音では、
メンバーのソロもたっぷり披露され、スリリングな演奏が楽しめます。

60年代に皇帝劇場オーケストラで歌手を務めたギルマ・ネガシュほか、
古いレパートリーも歌う若手女性歌手のベティ・Gなどエチオピア人ゲストも加え、
ネルセスの遺産を現代の息吹と共に蘇られせた意義深いアルバムです。

Either/Orchestra & Ethiopian Guests  "ÉTHIOPIQUES 32: NALBANDIAN L’ETHIOPIEN"  Buda Musique  860412  (2025)

Mulukèn Mèllèssè  ÉTHIOPIQUES 31
8年ぶりとなるエチオピーク・シリーズの新作は、
革命前のエチオピア黄金時代の名歌手ムルケン・メレセの録音集。

ついにファルセト、真打を出してきたか!というか、
なんでまた復刻にこれほど時間がかかったんでしょうね。
だってムルケン・メレセは、エチオピーク・シリーズ第1集の
どアタマ3曲にファルセトがわざわざ選曲したほどの歌手ですよ。
きっとなんらかの事情があったんでしょうねえ。
昨24年にムルケン・メレセが亡くなったことと関係があるのかな。知らんけど。

ムルケン・メレセは、わずか13ないし14歳でデビューし、17歳で初録音。
エチオピア音楽の黄金時代が終焉を迎える76年というギリギリのタイミングで、
カイファからLPを出しています。この時でもまだ22歳という若さだったんですね。
そのカイファ盤全曲と、エチオピーク第1集の冒頭に収められていた初録音曲を
含むシングル曲3曲を追加したのが本編集盤です。
まだ十代だった初録音曲のういういしさは格別ですけれど、
カイファ盤LPでも聞かれるムルケンのスムースな唱法は、
のちにアメリカへ渡ったディアスポラ・シンガーたちがこぞってお手本としたものでした。

カイファ盤LPの伴奏を務めたのがダフラク・バンドで、中心メンバーの
ティラエ・ゲブレ(サックス、フルート)、デヴィッド・カッサ(ギター)は、
前身となるエクエイターズ・バンドから引き継いで参加していました。
ダフラク・バンドは軍事政権時代スタート時の、
エチオピア音楽時代が終焉する直前のごく数年間しか活躍できず、
メンバーはアイベックス・バンド(のちのロハ・バンド)、エチオ・スター・バンド、
ワリアス・バンドへとバラバラになりました。

Muluken Melesse  VOLUME 1
本作未収録のダフラク・バンド時代の録音を、
アバガス・キブレワーク・シオタのリアレンジで、
バックをアドマス・バンドが差し替えたアルバムがあります。
97年にアフロ・ライフ・エンターテインメントから出たCDで、
ぼくは03年再発のAIT盤で持っています。
これを聴くと、エチオピアン・コンテンポラリー・ポップの時代に
ムルケンが蘇ったかのようで、ワシントンDCに暮らす亡命エチオピア人たちが
ズイキの涙を流したんじゃないですかね。

ムルケン・メレセは80年以降ペンテコスタ派へ改宗し、
世俗的な音楽活動から離れるようになり、84年にアメリカへ亡命したあとは、
85年のフィラデルフィアでのコンサートを最後に音楽活動を停止しました。
あらためて今ムルケンを聴き返すと、エチオピア音楽黄金時代の最終期に登場し、
ワシントンDCのディスポラ・コミュニティで育まれた
エチオピアン・コンテンポラリー・ポップの後進たちへ橋渡しした
シンガーだったんだなということがよくわかります。

Mulukèn Mèllèssè  "ÉTHIOPIQUES 31: MULUKÈN MÈLLÈSSÈ"  Buda Musique  860411

Kibrom Birhane  LISANÉ BAHIR
L.A.に移住したエチオピア人キーボード奏者カブロン・ベリャナの新作は、
アナログ・シンセのみで制作した異色作となりました。
前作は、エチオ・ジャズにアフロビートやソウル・ジャズ、ファンクなど
多彩な要素をミックスした作品でしたけれど、がらりと方向性を変えてきましたね。
https://bunboni.livedoor.blog/2022-06-26

なんでもカブロンは2年間にわたって、モジュラー・シンセサイザーを楽器のみならず、
サウンド・デザイン・ツールとして使用して、実験と作曲を重ねてきたのだそうです。
その結果、L.A.のフライング・カーペット・スタジオで1ヶ月間、
巨大なモジュラー・シンセサイザー、スタジオ110を使いレコーディングしたのが本作で、
言うまでもなく、ここにはいっさいのデジタル楽器は使用されていません。

サン・ラに通じるモジュラー・シンセ独特の宇宙的かつ未来的なテクスチャーが
エチオピア旋法と邂逅して、独特の世界観が立ち上っていますね。
ユーモラスにも聞こえるアナログ・シンセの温かな響きが、
機械的な質感とは対極といえるナマナマしさ、人間臭さを醸し出しているのが魅力。
こういう音楽にサイケデリックといった形容は使いたくないですね。

ティジータ独特の哀切のあるメロディーが奏でられる 'Winter Tezita' では、
かすかな虫の音が背景に流れ、エチオピア情歌というより、
祖先への祈りが静かに捧げられているかのように聞こえます。
ほかにも 'Elekish Eleka' など、エチオピア旋法が生まれた古代から現代、
そして未来へと連綿と連なっていることを実感させられずにはおれないトラックが満載。

ウェザー・リポート結成時にジョー・ザヴィヌルが目指した音楽って、
ひょっとしてこういうものだったんじゃないのかな。
人々のざわめきをカブせた 'Vortex' なんて、 'Black Market' を想起させるもんね。
そんな妄想も掻き立てられる、唯一無二のエチオピア電子音楽。
エチオ・ジャズを離れカブロンが新たな地平に立った音楽が、ここにはあります。

Kibrom Birhane  "LISANÉ BAHIR"  Flying Carpet  no number  (2025)

Melaku Belay_Addis Tradition  Melaku Belay_Birabiro
ついに東京にやって来たメラク・ベライ。
https://bunboni.livedoor.blog/2014-06-22
昨年今年と関西方面に二度来ていたのは知っていたけれど、
いずれエチオピア・アートクラブが東京に招聘してくれるものと信じてましたよ。
なんせメラク・ベライは、エチオピア・アートクラブの特別顧問ですからね。
エチオピア・アートクラブの「日本とエチオピアの民謡交換プロジェクト」が
スタートしてはや5年目。23年にマシンコ奏者のハディンコが来日し、
24年はハディンコが所属するモサブ・バンドがハディンコ抜きで来日。
そして今年はいよいよメラク・ベライがエチオカラーを率いてやって来てくれました。
Moseb Band Ethiocolor

来日メンバーを確かめたところ、エチオカラーの14年作のメンバーは一人もおらず、
マシンコ、ワシント、クラール、ベース・クラール、ドラムスは全員別人。
フェンディカのリード・ヴォーカルを務めるナルドス・テスファウだけが見つかりました。
エチオカラーとフェンディカをどう使い分けているのかはよくわかりませんが、
メンバー固定でなく、そのときどきにメンバーを選抜しているのでしょう。
IMG_2262
コンサートは一昨年、去年と同じ流れで、
1部日本、2部エチオピア、3部が日本・エチオピアの合同セッションの構成。
今年の2部は、出音イッパツ目からして違いましたよ。
さすがエチオカラーを名乗る面々、実力者揃いということが即わかりました。
IMG_2294
今回初めてベース・クラールという存在を知ったんですけれど、
やはりドラム・キットを取り入れると、ベースの役割が必要になるんでしょう。
マリのンゴニ奏者バセク・クヤテが
ベース・ンゴニをアンサンブルに導入したのと同じですね。
通常のクラールと同じ大きさながら、ベース弦を張っていました。
クラールの構え方も脇ではなく、ベースと同じように身体の前で弾くんですね。
IMG_2286
そして目を見張ったのがワシント。ヴォイスを交えたテクニックがスゴかった。
日本人とのセッションの場で披露したインタープレイが鮮やかで、
特に尺八奏者とのかけあいは聴きものでした。
2年前のマシンコ奏者ハディンコも、民謡歌いのこぶしにすぐさま反応して
リピートし返し、さらに即興する耳の良さに舌を巻いたんだけれど、
アズマリの即興能力をまざまざと見せつけられた思いでした。
コンサートの終盤で相撲甚句にマシンコ奏者が伴奏を付け、
続けてアズマリ・ソングに繋げて終える演出は、素晴らしい企画でした。
IMG_2342
そしてメラク・ベライのダンスですよ。
驚いたのは、かつての神がかり的なダンスが影を潜め、すっかり抑制されていたこと。
15年くらい前でしょうか。初めてメラクのダンスを見た時の衝撃が忘れられません。
両腕が肩からもげるんじゃないかと思わせる激しいエスケスタに象徴される
野性的なエネルギーと、テクニックをこれでもか誇示するギラギラのダンスを
完璧にコントロールしながら、冷徹にパフォーマンスを構成していく頭脳的なプレイに、
まさしく天才ダンサー、神が与えた天賦を見る思いがしました。
IMG_2325
あの当時から比べると、ダンスのスタイルがすっかり変化していて、
技術を誇示するのではなく、ストーリーテリング的なダンスにシフトして、
物語性を強く打ち出しているように思えました。
COVID-19を退治するお話や、想いを寄せ合っていた男女が
結ばれるまでのドラマなどで見せた足のステップは、
地面から浮いて踊っているかのような軽やかさでしたね。
重力を感じさせないほどの軽やかなステップは、やっぱりスゴイ。
IMG_2362

IMG_2410

大衆演芸酒場のアズマリベットを、
コンテンポラリーなエチオピア・カルチュラル・センターに引き上げた
エチオピア伝統音楽の革新者、メラク・ベライの面目躍如たるコンサートでした。

Melaku’s Fendika  "ADDIS TRADITION"  no label  no number  (2013)
Fendika  "BIRABIRO"  Terp  AS27  (2016)
Moseb Cultural Music Band  "VOL.2: HAILE GIZE"  no label  no number  (2020)
Ethiocolor  "ETHIOCOLOR"  Selam Sounds  SSCD003  (2014)

Kin’Gongolo Kiniata  KINIATA
「押しつぶす音」というバンド名に、なんじゃそりゃと思ったら、
停電時に灯油を売る行商人が、灯りの代わりになる金属容器を
ガチャガチャ鳴らしながら、ストリートを歩く音に由来しているとのこと。
たぶんケロシン・ランプ(ジャケット右下にあり)のことなんでしょうね。

35年前にナイジェリアで体験したレゴスの夜を思い出します。
停電が日常のレゴスでは、夜に電気が点いているのは、
自家発が完備している高級住宅地のヴィクトリア島だけ。
レゴス島や本土側に渡れば、真っ暗な街並みの中に
ゆらゆらとケロシン・ランプが灯る脇に物売りがたたずんでいて、
車の中から眺めたその幻想的な光景が、目に焼き付いています。

キンシャサもまったく同じ状況なのでしょう。
キンゴンゴロ・キニアタは、ゴミの山からペットボトルや鍋やテレビなどの
ジャンク品を拾い出し、DIYで作った楽器を演奏する5人組。
なんだかかつてのスタッフ・ベンダ・ビリリを思い起こしてしまいますが、
あの当時からキンシャサの状況は改善していないどころか、悪化しているようです。

ジャケットには5人が演奏するハンドメイド楽器がイラスト化されていて、
バス・ドラムになったテレビや、洗剤のボトルを並べた木琴ならぬボトル琴が
描かれています。ライナーノーツのテキストに「アフロポップとコンゴリーズ・パンクと
実験的なエレクトロのミクスチャー」とあるとおり、
タフなストリート・ロッカーぶりがすがすがしい。
やぶれかぶれなパンキーな歌いっぷりも胸をすきます
2弦しかないベースがめちゃくちゃグルーヴィで、アフロ・ファンク濃度を上げていますよ。

ジュピテール&オクウェスに通じるオルタナティヴなセンスが好ましく、
ベブソン・ド・ラ・リュのタフな魅力に共通するのは、ゲットー育ちだからでしょうか。
ヨーロッパのプロデューサーがしゃしゃり出ずに、
バンドの個性を発揮した音作りが実現できているところもいいですね。

すでにヨーロッパ各国の音楽フェスに出演して話題をさらっているらしく、
スタッフ・ベンダ・ビリリのように成功に浮ついて
仲間割れを起こしたりしないよう、実直な活動ぶりを期待しています。

Kin’Gongolo Kiniata  "KINIATA"  Hélico  HWB58145  (2024)

Ukandanz  EVIL PLAN
向かうところ敵なしだな、ユーカンダンツ。
1曲目からエネルギッシュな音塊が飛び出してきて、圧倒されましたよ。
ホレボレしますねぇ、この轟音ロックぶりには。
ギミックなし、ストレートな剛腕が胸をすきます。

ユーカンダンツの新作は前作と同メンバー。ようやくこのメンバーに固定したようです。
アスナケ・ゲブレイエスのソウルフルなヴォイスに、鋼を思わせるこぶし回し、
狂おしくシャウトする歌いっぷりは、もうサイコー。
リオネル・マルタンのブチ切れサックスの咆哮も、あいかわらずキマってます。

今作のレパートリーも、エチオピア音楽黄金時代の
70年代クラシックスを中心にすえ、
テラフン・ゲセセが歌った ‘Yene Felagote’(エチオピーク第17集に収録)、
ゲタチュウ・カッサの ‘Liwsedsh Andken’ を取り上げています。
ムルケン・メセレの ‘Hedech Alu’ (エチオピーク第1集に収録)の前後には、
ダミアン・クリュゼルのオリジナルのインスト曲を2曲挟んでメドレーにしています。

‘War Pigs’ という英語のタイトル曲があるので、不思議に思ったら、
なんとブラック・サバスのカヴァーだと知り、ビックリ。
アスナケがアムハラ語で歌っているので、ぜんぜんわかりませんでした。
ブラック・サバスなんて聞いたことないので、オリジナル曲は知りませんけれども。

コンテンポラリーに洗練されていく現在のエチオピア音楽で、
ゆいいつ70年代の黄金時代のサウンドの質感を保って継承しているのが、
この轟音オルタナ・ロック・サウンドだというのが痛快ですね。

Ukandanz  "EVIL PLAN"  Compagnie 4000  CIE4018  (2025)

Mulatu Astatke and Hoodnna Orchestra
ムラトゥ・アスタトゥケの新作は、
テル・アヴィヴのアフロ・ファンク・コレクティヴ、フードナ・オーケストラとの共演。
メルボルンのエチオ・ジャズ・バンド、
ブラック・ジーザス・エクスペリエンスとの2作を経て、新たなるコラボレーションです。

イギリスのエクスペリメンタル・ファンク・バンド、ヘリオセントリックスや
マサチューセッツのビッグ・バンド、イーザー/オーケストラなど、
エチオ・ジャズに魅了された世界各地のミュージシャンたちとここ20年近く
共演を続けてきたムラトゥですけれど、
今回がもっとも往年のエチオ・ジャズをホウフツさせましたね。
演奏の熱量と完成度の高さは、過去のどのコラボも凌いでいますよ。

ホーン・セクションを前面に押し出して、
ドラムスを後方に追いやったミックスが功を奏して、
半世紀昔のムラトゥのエチオ・ジャズを、質感までも表現しているじゃないですか。
若いメンバーたちが新たに書き下ろしたオリジナル曲とアレンジで、
このサウンドをクリエイトしたのは、賞賛するに値しますよ。
再現や模倣といったレヴェルを超えたのは、
メンバーの真摯なアティチュードと情熱ゆえですね。

12年に結成されたフードナ・オーケストラは、
当初はアフロビートを演奏していたそうですが、
メンバーのギタリスト、イラン・スミランがサババ・5でエチオ・ジャズをやるなど、
徐々にエチオ・ジャズへと傾斜していった面々だそうです。

エチオピアのシンガー、デミシュ・ベレテを迎えてレコーディングするなどの助走を経て、
ムラトゥ・アスタトゥケとの共演を模索していたところ、
ムラトゥをテル・アヴィヴに招き、レコーディングとライヴを実現することに成功。
イラン・スミランとダプトーン・レコーズを主宰するニール・シュガーマンとの
共同プロデュースで、ニール・シュガーマンはサックスも演奏しています。

熱いブロウを聞かせるエイロン・トゥシナーのテナー・サックス、
グルーヴィなエイタン・ドラブキンのオルガン、
ディープなエラッド・ゲラートのバリトン・サックスなど、
フードナ・オーケストラのメンバーの熱いプレイとは好対照に、
アスタトゥケが演奏するヴァイブやピアノがめちゃめちゃクールで、
エチオ・ジャズ独特のオリエンタルな妖しさを醸し出しています。

ムラトゥ・アスタトゥケがエチオ・ジャズを生み出して半世紀。
国際的な評価を受けて以降の作品としては、
間違いなく本作が最高作ですね。

Mulatu Astatke and Hoodna Orchestra  "TENSION"  Batov  BTR103  (2024)

Orchestre Maquis Du Zaire & Orchestre Safari Sound  Zanzibara11
『ザンジバラ』シリーズもついに11集目かぁ。
アフリカ音楽のリイシューを地道に続けるのは、本当にたいへんなこと。
さほどセールスが上がるとは思えない分野だけに、
なおさらファンとしては感謝しかありません。

このシリーズを監修するのは、東アフリカ音楽研究家のウェルナー・グレブナー。
ブダで本シリーズがスタートする以前から、
グローブスタイルで多くのリイシュー名盤を手がけてきた人です。

東アフリカ音楽のリイシューでは、ダグラス(ダグ)・パターソンも
スターンズほか多くのレーベルから編集CDを出してきましたけれど、
おととし(22年)72歳で亡くなってしまったんですよね。
ダグラスのサイト East African Music  も閉鎖されてしまっただけに、
この方面の頼みの綱は、ウェルナーただ一人となってしまいました。

King Kiki
今回は、ザイール(当時)からやってきてタンザニアに定住した二つのバンド、
オルケストル・マキ・デュ・ザイールとオルケストル・サファリ・サウンドの編集盤で、
両バンドの音源をこれだけまとめて聞けるのは、今回が初。
これまでオルケストル・マキが聞けるのは、『ポップ・アフリカ800』に選盤した
ヴォーカリストのキング・キキの編集盤しかありませんでした。

Ndala Kasheba With International Orchestra Safari Sound
オルケストル・サファリ・サウンドは、
ぼくが持っているタンザニア盤LP(TFC (タンザニア映画公社)盤)に
収録されている ‘Garba’  ‘Dunia Msongamano’ 2曲が選曲されていて、
嬉しくなっちゃいました。

レコード・タイトル曲の ‘Dunia Msongamano’ は、コーラスの美しいハーモニーが絶品で、
リーダーのンダラ・カシェバが弾く12弦ギターのほか、複数台のギターが絡み合うなかで、
わん!わん!と犬が吠えるかのようなトリッキーな音を出すギターが耳残りする曲。
ぼくが大好きだった曲なので、選曲されたのは嬉しい限り。
このレコードは、タンザニア映画公社にとって
初LP(レコード番号が1番)だったことからも、
当時のサファリ・サウンドの人気ぶりがよくわかりますね。

Ndala Kasheba
余談ですけれど、リーダーのギタリスト、ンダラ・カシェバが晩年に残した名作
“YELLOW CARD” も『ポップ・アフリカ800』に選盤しました。

本編集盤は、タンザニア国営ラジオで録音されたマスター・テープを使用しているので、
音質も極上。
分厚いホーン・セクションに数多くのギタリストを擁した、
ぜいたくなオーケストラ・サウンドによる
80年代のムジキ・ワ・ダンシの充実ぶりを伝える名編集盤となっています。

Orchestre Maquis Du Zaire & Orchestre Safari Sound
"ZANZIBARA 11: CONGO IN DAR - DANCE NO SWEAT / 1982-1986"  Buda Musique  860400
Maestro King Kiki  "MAESTRO OF TANZANIA: ZILIZOPENDIWA 70s TO 80s"  Ujamaa  URKIKI01
[LP] Ndala Kasheba With International Orchestra Safari Sound  "DUNIA MSONGAMANO"  TFC  TFCLP001  (1984)
Ndala Kasheba  "YELLOW CARD"  Limitless Sky  no number  (2002)

Muluu Baqqalaa  DAMMAA SHOOLEE KIYYAA.jpg Muluu Baqqalaa  AKKANA DUBBIIN.jpg

こちらも在外エチオピア人の新作。
オーストラリア、メルボルン郊外フィッツロイに居を移した
オロモ人シンガー・ソングライター、ムル・バッカラの
デビュー作 “DAMMAA SHOOLEE KIYYAA” と、
2作目の “AKKANA DUBBIIN” を2イン1CD化した作品です。

注目はムル・バッカラがオロモ人だということ。
これまで在外エチオピア人歌手というとアムハラ人ばかりで、
オロモ人歌手とは初めての出会いなんじゃないかしらん。
オロモ人シンガー・ソグライターといえば、記憶に新しいのは、
20年に暗殺されたハチャル・フンデサでしょう。
https://bunboni.livedoor.blog/2021-10-19

オロモ人はエチオピア人口の3分の1を占める最大の民族でありながら、
長年抑圧され、迫害を受けてきた民族です。
ムル自身も幼少期に家族や親戚が拷問を受けたり、
死刑に処された隣人がいたりという過酷な体験をしていて、
そうしたトラウマが彼女に音楽表現へと向かわせたそうです。
YouTubeで観ることのできるムルのヴィデオには、
銃を手にして歌っている姿もあり、その歌の内容が察せられます。

19歳で学業を離れて音楽界入りし、07年にデビュー・シングルをリリース。
以後22枚のシングルを出しているというくらいだから、
エチオピア時代にオロモ・コミュニティで確固とした人気を築いたようです。
17年にオロモ・コミュニティの招きで、オーストラリアでコンサートを行い、
オロモ・ディアスポラの集まりで演奏するうちに、
多くの友人が政治犯として投獄されたことを聞き、
帰国するのはあまりに危険と、そのままオーストラリアに残ることにしたのですね。

デビュー作の “DAMMAA SHOOLEE KIYYAA”、
2作目の “AKKANA DUBBIIN” ともに、
エチオピア時代に残したシングルをまとめたアルバムらしく、
クレジットがないので詳細は不明ですが、YouTube のクレジットを参照すると、
おおむねクロノロジカルに並べられていると思われます。

過去15年近くにリリースした曲を集めてCD化することができたのも。
安全なオーストラリアという地に移ったからこそなのかもしれません。
CDリリースしたのは、「亡命中の音楽」を名乗る非営利レーベルで、
スーダン、中国、ケニヤ、エリトリアといったアーティストを手がけていて、
多文化主義を掲げたオーストラリアのレーベルならではでしょうか。

デビュー当初と思われる “DAMMAA SHOOLEE KIYYAA” の前半などは、
オロモらしいずんどこビートの似たような曲調が続き、
プロダクションの貧弱さは否定できません。
しかし “AKKANA DUBBIIN” になると、サウンドにヴァラエティが出て、
ギターやサックスが印象的な場面も多く出てきます。

そしてなんといっても、ムルのキレのある歌いっぷりがいいんです。
若さ溢れるデビュー時から、力量のある歌いぶりで、
コブシ回しの固さも歌にグルーヴを与えていて、聴きごたえがあります。

オーストラリアでの新録音も期待したい、オロモ・ディアスポラの逸材です。

Muluu Baqqalaa "DAMMAA SHOOLEE KIYYAA / AKKANA DUBBIIN" Music In Exile MIE028 (2023)

Minyeshu  Netsa.jpg

聞き逃していました。アムステルダム在住エチオピア人歌手ミニシュの新作。
2年も前に出ていたのかあ。
ジャケに見覚えがあるから、気付かなかったんじゃなく、
チェックを怠っていたみたい(反省)。

今作も充実していますねえ。鍵盤/ドラムス担当の
エリック・ファン・デ・レストが音楽監督を務めていて、
前作同様この人がサウンドのカナメとなっています。
https://bunboni.livedoor.blog/2018-12-20

冒頭、聞いたことのない楽器の不思議な音色に、
なんじゃこれ!?と、思わずジャケットのクレジットをチェックしました。
chechezeya とあるこの楽器、ダブル・リードの笛のような管楽器にも、
胡弓のような擦弦楽器にも聞こえます。

なんでも、エチオピアの北部と南部にある民俗楽器だそうで、
10年前にバンドのギタリストが田舎のお祭りで録音した音源を使っているそう。
インターネットにも情報がない謎の楽器で、
エチオピア研究の第一人者、川瀬慈さんに訊いてみても、
知らないというくらいだから、レア中のレアな楽器ですね。

この楽器が演奏する反覆フレーズが曲が進行するにつれ、
ホーン・セクションの演奏へとシームレスに繋がる演出も巧みで、
1曲目からいきなり引き込まれます。
地方のフォークロアを巧みにブレンドさせたハイブラウなサウンドで、
エリック・ファン・デ・レスト、いい仕事してます。
ウチコミをまったく使わない生演奏で、このクオリティはさすがです。

グラゲのリズムを使った ‘Erta Ale’ でのグルーヴィなベースとギターの絡みや、
ジャジーなオルガンの使い方、分厚いホーン・セクションの合間を
ワシントが縫うアンサンブルの組み立てなど、ウナりました。
バリトン・サックスも使い方も効果的だよなあ。

今作の新しい試みとしては、
南アの女性コーラス・グループ、アフリカ・ママスが2曲でゲスト参加したこと。
ズールー語で歌っているんですが、アムハラ語で歌うミニシュとまったく違和感はなく、
旋法はティジータ、リズムはレゲエの ‘Qhakaza Thando’ など、
見事な仕上がりを聞かせます。

在外エチオピア人音楽ではトップ・レヴェルというべき、
ミニシュの6作目でありました。

Minyeshu "NETSA" ARC Music EUCD2945 (2022)

↑このページのトップヘ