after you

bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

Searching for good music of the world

カテゴリ: 日本

奄美シマ唄音源研究所会報.jpg 中山音女 奄美 湯湾シマ唄.jpg

まさか本当に実現するなんて!

12年前に奄美の中山音女のSP録音が復刻されたとき、
CD音源のピッチがあまりにもおかしく、速回しであることは歴然だったので、
戦前ブルース研究所の技術で音源を修復してもらいたいとボヤいたことがありました。
https://bunboni.livedoor.blog/2012-06-26
とはいえじっさいのところ、実現を期待などしていませんでした。
だって、戦前ブルース研究所はその名のとおり、戦前ブルースを対象としていて、
その他の音楽のSP録音などに興味はないでしょうからね。

ところが、戦前ブルース研究所員の菊池明さんが、
同じく戦前ブルース研究所員のブルース・ミュージシャン仲間とともに、
沖島基太さんが営む「奄美三味線」へ三味線体験で来店したのが事の始まり。
そこで中山音女のCDを聞かされた菊池さんは、
すぐに速回しであることを悟って指摘すると、
沖島さんから修正の相談を受けたというのです。

しかもなんという縁なのか、菊池明さんの母親がなんと奄美大島の出身で、
母方の祖母や伯父伯母などから、幼少期に奄美のシマ唄を聴いた記憶があったそうで、
めぐりめぐる縁の不思議さもあいまって、
沖島さんとともに中山音女のSP録音復元の旅が始まったといいます。

まず菊池さんがCDからピッチ修正をした仮音源をもとに、郷土研究者に聴いてもらい、
一次資料の収集にとりかかります。
宇検村教育委員会が保管していたSPの貸与を許され、
次いで本丸ともいえる、日本伝統文化財団のCD制作のもととなった
SP原盤を所有するシマ唄研究家の豊島澄雄さんからすべてのSPを譲り受け、
本格的な復元調査が始まったのでした。
その復元調査の一部始終が、
奄美シマ唄音源研究所会報第一号「とびら」にまとめられ、
2枚のCDが付属されて500部が制作され、「奄美三味線」で販売されています。

この冊子を読むと、研究調査はつくづく人の出会いだと
感じ入ってしまうエピソードが満載。
そもそも菊池さんに奄美とゆかりがあったところからしてそうですけれど、
さまざまな郷土研究家の協力や支援をもらい、
かのSPレコード・コレクター、岡田則夫さんとも出会って、SPを借り受けています。

冊子には、三味線弾きが直傅次郎であると特定するまでの謎解きや、
録音場所を特定するために、
昭和初期の奄美本島の電力供給事情まで調べ上げています。
それは供給電力の周波数がSP録音機器の回転数に影響するためで、
戦前ブルースのSP復元調査研究の知見によるものでした。
そうした調査の行方を読み進めていくと、まるで一緒に調査をしているかのような
冒険気分に陥って、ハラハラ・ドキドキがとまりません。

半世紀前の三味線ケースに入っていた調子笛の音程を調べ、
調律音程から正しい再生音を探る仮説を立てて検証を進めていったり、
音女と傅次郎の古い写真をみて、取りつかれたように道なき道の山中を冒険するなど、
これはもう、ロマンとしかいいようがないでしょう。
こういう情熱が物事を動かし、人の心を揺さぶるんです。

そしてついに完成した日本初のSP録音復元、それが奄美シマ唄で実現したのでした。
一聴して、あまりの違いにノック・アウトを食らいましたよ。
CD音源とはなんと200セント(=全音)をはるかに超える違いがあったというのだから、
ヒドイものです。ようやく落ち着きのある声でよみがえった音女の歌声。
そしてなにより傅次郎の三味線に、生々しさが戻りました。

SPの速回しに気付くのは、ヴォーカルよりも器楽音ですね。
人間の声だと違和感を気付きにくいですけれど、器楽音はすぐにヘンだとわかります。
CD2枚目のラストに収録されたアゲアゲのダンス・トラック、
六調の「天草踊り」「薩摩踊り」を聴けば、日本伝統文化財団CDとの音の違いは
誰でもわかるでしょう。これこそが三味線の音ですよね。

冊子には、復元したSPの写真が
レーベルの拡大写真とともにずらっと並べられていて、壮観の限り。
歌詞カードや当時の月刊誌に載ったレコード広告も転載されています。
ここ数年、こんなに興奮したことって、なかったなあ。
情熱と執念の賜物の復元CDです。

[Book] 奄美シマ唄音源研究所会報第一号 「とびら」 奄美シマ唄音源研究所 (2023)
中山音女 「奄美 湯湾シマ唄-1-2」 Pan PAN2301, 2302

武田吉晴  ASPIRATION.jpg 武田吉晴  BEFORE THE BLESSING.jpg

1作目は19世紀末のビルマの僧侶、2作目は南インド、ケララ州コーチンの仮面舞踏。
ジャケットにセレクトしたフォトのシュミにいたく共感しつつも、
アンビエントだというので、自分にはあまり縁がないかと思っていたのです。

ところが、とある出会いから2作目の『BEFORE THE BLESSING』を聴いて、驚愕!
こんなにデリケイトで、心やさしい音楽、めったに聴けるもんじゃない。
つかみどころのないメロディをピアノやクラリネットがゆったりと紡ぎ、
時折風が吹き抜けるように、効果音のスティール・ギターが鳴ると、
陽炎のようなサウンドスケープが立ち上ります。

ほのかな温かみが胸に残る、控えめな楽曲のすばらしさといったら。
盛り上がりを作らない淡々とした音列が、身体にひたひたと染み渡っていきます。
ハングドラムやスティールパンがかすかに鳴らされたり、
ベース、チェロ、ドラムス、パーカッションも登場するものの、脇役に徹していて、
室内楽のようなアンビエントにすべての楽器が奉仕しています。

作曲にアレンジ、そして全ての楽器を演奏しているのは、武田吉晴ただ一人。
個人の美意識を透徹した音楽制作のありようは、
頑固なまでのこだわりがありそうですね。
デリカシーの塊ともいえる音楽で、スノッブな気取りをまとわない真摯さが、
この音楽に気品を宿らせているように感じます。

ベンディールのような響きの大型のフレームドラムや、
ガムランの音階を奏でるグロッケンシュピールが、
控えめに民俗的な香りをサウンドにまぶしていますが、
そのテクスチャがとても上品なのに感心します。

究極の西洋音楽ともいえる環境音楽が、
非西洋の伝統音楽の一部をつまみ食いすることに、
強い警戒心がはたらく当方ですけれども
武田の異文化へのアプローチには、不快な要素がみじんもありません。

2作目にすっかり心奪われて、5年前の1作目も買ってみたのですが、
こちらで使われているガムランの音色が本格的なのに、えっ!と驚いちゃいました。
ガムランの主旋律を担当する鉄琴のグンデルのように聞こえ、
2作目でグロッケンシュピールとぼくが思ったのも、
グンデルの倍音や雑音をミックスで抑えたのかもしれませんね。

1作目にして、すでにこの人の音楽世界はしっかり確立していますね。
ただ、トランペットや親指ピアノ、タブラなども使った楽器数の多さが、
サウンドをごちゃっとしたうらみがあり、
2作目ではそのあたりを整理して、完成度を上げたように思えます。
また、ミックスもグンと良くなりましたね。
グンデル(?)やスティールパンの金属的な響きを際立たせないようにしたおかげで、
楽器間がよくブレンドするようになり、より落ち着きのあるサウンドになっています。

この音楽を必要とする時や場面が、容易に想像つきますね。
あの時この音楽に出会えていたら、どんなに良かったろうなどと考えたりもしましたが、
きっとこれから、大切に聴いていくアルバムになりそうです。

武田吉晴 「ASPIRATION」 Metanesos MTNSS001 (2018)
武田吉晴 「BEFORE THE BLESSING」 Stella SLIP8512 (2022)

増尾好秋 Sunshine Avenue.jpg

今年の春の訪れは、早かったですねえ。
それを強く感じたのは、異例の早さだった桜の開花ではなくて、
増尾好秋の『SUNSHINE AVENUE』を、3月半ばに聴き始めたことでした。
このアルバムくらい、ぼくにとって Spring has come! を実感させるものはなく、
ぽかぽか陽気になるとヘヴィロテになる毎年の春の定番なんですが、
4月半ばころから聴き始めるのが常でした。

増尾好秋の異色作といえる『SUNSHINE AVENUE』が出た79年は、
まだフュージョンというタームのない、クロスオーヴァー全盛期でしたけれど、
本作はクロスオーヴァーの「ク」の字もない、ロック・アルバムなのでした。

冒頭、チャック・リーヴェルみたいなロック・ピアノのリフにのって、
増尾のストラトがうなりを上げる ‘Sunshine Avenue’ から悶絶。
♪ Hey! rock'roll! ♪という空耳シャウトが聞こえるかのような、
ゴギゲンなインスト・ロックンロールです。
最初聞いた時、これが増尾好秋の新作なのかと、度肝を抜かれましたよ。

クロスオーヴァー大流行の当時、キングが興したクロスオーヴァー専門レーベル、
エレクトリック・バードから出たレーベル第1弾が、
増尾好秋の『SAILING WONDER』でした。
当時大人気だったデイヴ・グルーシン、エリック・ゲイル、リチャード・ティー、
ゴードン・エドワーズ、スティーヴ・ガッドという錚々たるメンバーを集めた
レコーディングだったものの、増尾の個性が埋没してしまい、
力の入ったセッティングが完全に空回りしてましたね。

増尾自身もあのアルバムには納得がいかなかったらしく、
第2作は自分のバンドで制作しようと、当時まったく無名の新人だった
キーボードのヴィクター・ブルース・ガッジーと、
ベースのT・M・スティーヴンスを起用してレコーディングに臨んだのでした。

ヴィクター・ブルース・ガッジーが作曲し、ピアノのほか歌も歌った
‘Your Love Is Never Ending’ は、ヤンキー・ファンクとでも呼びたい痛快な1曲。
歌いっぷりがマジでイッていて、ファンキー・ヴォーカルの最たるものです。
ガンガン叩きつけるピアノがダイナミックで、めちゃロックしてるじゃないですか。
この曲は、サウンドの奥行きや広がりが素晴らしく、
エレクトリック・レディ・スタジオでの名レコーディングの一つでしょう。

続く3曲目の ‘A Threesome’ もヴィクターの作曲で、
増尾、ヴィクター、T・Mの3人によるソロ・バトルが圧巻。
T・M・スティーヴンスのソロが壮絶で、スタンリー・クラークをホウフツさせます。

A面3曲がハード・ロックなら、B面3曲はフォーク・ロックの趣で、
3曲ともパーカッションとして参加したチャールズ・タレラントの作曲。
ストリングスを配した ‘Look To Me (And See The Sun)’ では、
増尾が得意とするオクターヴ奏法を駆使して、
ソロ前半はウェス・モンゴメリーばりに親指1本で演奏しているんじゃないかな。
ソロ半ばで、♪とんで、とんで、とんで、とんで、とんで、とんで♪
(円広志の「夢想花」)のフレーズを拝借した後あたりから、
ピックに持ち替えて弾いているように聞こえますね。

続く ‘Someone’ は、マイケル・チャイムズの哀愁の漂うハーモニカを前面に、
ストリングスもフィーチャーした抒情フォーク・ナンバー。
増尾はナイロン弦ギターを弾いていますけれど、
アール・クルーのようなクロスオーヴァーのムードはいっさいありません。
疾走感あふれるサンバ・ロックのラストの ‘I Will Find A Place’ では、
増尾のロック・ギターが大暴れ。サウンドに厚みを加えるため、
ゲストのホルヘ・ダルトがピアノでトゥンバオを弾いています(サンバなんだけど)。

スピード感やタメなど、フレージングのニュアンスにこだわったギター・プレイや
フィードバック奏法などは、徹頭徹尾ロック・マナー。
ロック・ギタリスト増尾の最高作。44年来、春到来のお決まり盤です。

増尾好秋 「SUNSHINE AVENUE」 エレクトリック・バード KICJ92302 (1979)

Michiko Hamamura  WARAY WARAY.jpg Michiko Hamamura  WARAY WARAY Back.jpg

『鑽石之星』シリーズのカタログのなかで、
モナ・フォンの60年作があっただけでも、目ウルウルだったんですが、
浜村美智子の “WARAY WARAY” を見つけたのには、目ン玉飛び出ました。

30年以上探し続けるも、とうとう入手できなかったレコードです。
eBay で3度出くわしたことがあるんですけど、
300ドル超というトンデモ物件なんですよ。
一度、500ドル超えてたのを見たこともあるもんな。
音楽の内容による高値ではなく、
美人ジャケットの需要で取引されている、法外なレコードでした。

「幻の名盤」なんて手垢にまみれた形容、めったにぼくは使いませんけれど、
おそらくこのレコードくらい、その表現がぴったりくるものはないと思いますね。
なんせその存在じたいが知られていなくて、浜村美智子が香港ダイアモンドから
レコードを出していたのを知っている人は、ごく限られたマニアだけでしょう。

浜村美智子  カリプソ娘.jpg

浜村美智子の往年の録音を集大成した決定版『カリプソ娘』には、
ビクターというメジャー会社にしては珍しく、
しっかりとしたディスコグラフィが載っていましたけれど、
それでも、この香港ダイアモンド盤の記載はありません。
関係者にも知られていない、まさしく幻のレコードなんですよ。
最近ウィキペディアに載るようになったのは、さすがと言えますけれど、
「1958年?」の記載が残念。
まだその年では、香港ダイアモンドは設立されてません。

で、かんじんのレコードの内容なんですが、
美人ジャケとして取り沙汰される以前に、
スウィンギーなビッグ・バンドに男性コーラス・グループが付き、
浜村の気っ風のいい歌いっぷりが炸裂する、
奔放な彼女らしさを発揮した傑作じゃないですか。
これは浜村の代表作としてあげるべき最高作で、
掛け値なしの「幻の名盤」ですよ。

浜村が63年に結婚して一時引退する前に残したLPレコードは、
61年に出した10インチの『夜のラテン』1作しかなかったんですが
(先のCD『カリプソ娘』に全曲収録)、これはムード歌謡色が強いもので、
ダイアモンド盤のほうが、はるかに彼女の個性をよく引き出しています。

タイトル曲の‘Waray Waray’(「タフ・ガイ」の意)は、
フィリピンの人気歌手シルヴィア・ラ・トーレのヒット曲。
https://bunboni.livedoor.blog/2016-08-14
アーサ・キットもカヴァーした曲で、フィリピンのヴィサヤ諸島のヴィサヤ語で
歌われています。
ほかにもタガログ語で歌う‘Dahil Sa Yo’、スペイン語で歌う‘Flamenco’、
英語で歌う‘Mack The Knife’、日本語で歌う‘Sayonara’と、
国際色豊かな内容となっていて、「カリプソ娘」で売り出した浜村らしく
‘Day-O’、‘Jamaica Farewell’ もちゃんと歌っています。

男性コーラスは、日本からかけつけた
コーラス・グループのブライト・リズム・ボーイズ。
伴奏は、セザール・ヴェラスコ&ヒズ・ソサエティ・オーケストラとあるんですが、
この人たちがよくわからない。その名前からフィリピン人オーケストラかと思うんですが、
ぜんぜん情報がなくて、素性不明です。

そもそも、なぜ浜村が香港ダイアモンドにレコーディングしたのかもわからず、
このレコードがいつ出たのかも、よくわかりません。
CDの発行年表記では「1960年」とありますが、ジャケット裏に
「マニラのアラネタ・コロシアムでセンセーションを起こした」と
浜村を紹介しているあたり、そのコンサートが行われた
1961年以降であることは疑いようがありません。

レコード番号から類推すると、1002番の浜村美智子は1000番のコン・リン、
1001番のモン・ファンに次ぐレコードで、1000番・1001番はどちらも1960年。
そのあとの1004番のパン・ワン・チン『與世界名曲』が
1961年(発売は60年12月31日)なので、1002番の浜村美智子は
順番からすると1960年と考えられますけれど、
さきほどのジャケット裏の記載から考えて、レコード番号が先に決められ、
発売順が後になったケースと考えるのが自然で、やはり1961年でしょうか。
このあたりの件を含めて、このレコードのこと、
誰か浜村にインタヴューして聞き出してくれぬものか。

ともあれ、幻の名盤の奇跡の復活、
人知れずこんなひっそりとCD化されていたなんて、感無量であります。

Michiko Hamamura "WARAY WARAY" Diamond/Universal 0811568 (1961?)
浜村美智子 「カリプソ娘」 ビクター VICL61210

篠田昌已 COMPOSTELA.jpg Compostela  1の知らせ.jpg

篠田昌已 東京チンドン  VOL.1.jpg Compostela  歩く人.jpg

篠田昌已 西村卓也 DUO.jpg

『我方他方 サックス吹き・篠田昌已読本』
(大熊ワタル編、共和国、2022)を読み終えました。
篠田と活動を共にした多くの人びとが、篠田の思い出を語っているのを読みながら、
あらためてぼくにとっても、篠田昌已は、すごく大きな存在だったと痛感しました。

篠田昌已の音楽に引き付けられたのは、『コンポステラ』が最初です。
90年の年の暮れ、3か月にわたるアフリカ3か国単身出張から帰国して、
日本を不在にしていた間に出たCDを、数十枚まとめ買いしたんですが、
そのなかで『コンポステラ』と『1の知らせ』の2枚は、衝撃でした。

この時に初めて篠田の名前を知ったんですが、
実はそれ以前から、ぼくは篠田の演奏を聴いていたことがわかりました。
いちばん最初は、天注組のライヴで、痩身のメンバーの中に一人、
ぷくぷくとしたムーミンみたいなサックス吹きがいて、それが篠田だったんですね。
そのあと観たじゃがたらのライヴでも、篠田が参加していたようです。

そのどちらも、篠田自身のプレイの記憶はないんですが、
コンポステラで再会した篠田は、ジャズという領域をとうに飛び越えていました。
即興演奏家であることをやめ、音楽家に変わっていたのですね。
言うまでもなく、彼を変えたのはチンドンとの出会いだったわけですけれど、
リリース告知から発売が遅れて、まだかまだかと待ち焦がれた
『東京チンドン VOL.1』は、さらにぼくにとって衝撃でした。

その衝撃は、実は中身の音楽ではなく、
ブックレットに載せられた、篠田のインタヴューの発言なのでした。
少し長くなりますが、引用させてください。

* * * * * * * *

 演奏していて自分が自然になればなるほど、アドリブなんかとりたくなくなってしまう。でも何故飽きないかというと、いつも違う町、違う所、違う時間にいるからなの。町と日差しと人、もうすべてが違って、10分間同じ曲を吹いていても、陽の光だとか目の前を通りすぎるミニスカートだとか、あるいはもっと深いところのこととか、一瞬一瞬で気持ちがどんどん移り変わっていくことに気づいたんだ。
 「力を合わせる」ということって、そういった周囲のことをそのまま受け入れることかもしれない。例えば、雨が降るといやじゃない。いやだからって雨が降っていることを排除した気持ちでとらえると、とたんに力が合わせられなくなる。同様に自分が良くないと思っていることが起きたときにそれを排除してとらえるか、反対に良いものも良くないものもがすべて合わさってひとつと考えるかの違いなんだ。これまで僕は何時も力強くて揺るぎないものを求めてきたんだけど、それは「力を合わせる」ことと同義なのかもしれないね。

『東京チンドン VOL.1』ブックレット p.43-44より

* * * * * * * *

何事かをつかみ取った人の実感のこもった言葉に、ぼくは圧倒されてしまいました。
と同時に、この人は、ぼくがとても到達できそうにない境地に、
すでに立っているという、嫉妬の気持ちが入り混じっていたことも、
白状しなくてはなりません。
これを読んだとき、ぼくと誕生日が17日しか違わない同い年の篠田を、
仰ぎ見るような気持ちにさせられ、打ちのめされたのです。

篠田が言った「力を合わせる」ことを、ぼくもなんとしても学びとりたいと思いました。
管理職になりたての自席に、この言葉を長く掲げていたことを思い出します。
篠田の音楽に夢中になっていたのは、ちょうど初めての子供が生まれ、
夜泣きなどという生やさしいものじゃない、真夜中の大絶叫に夫婦翻弄されていた頃でした。
そのときは、まさしく妻と「力を合わせ」ていたわけですけれど、
その後、職場でも、仲間とともに達成感のある仕事をいくつもやり遂げ、
「力を合わせる」ことを体得したと過信するようになっていきました。

いつの日か、職場の自席から「力を合わせる」を記した紙片はなくなり、
ぼくもすっかりその言葉を忘れていました。
久しぶりに、篠田のインタヴューを読み返して、ぼくは絶句してしまいました。
ぼくは篠田の言葉の断片をスローガンのように切り取って、
もっとも大事な、「力を合わせる」ために「そのまま受け入れる」ことの方を、
いつしか見失っていたからです。

妻や子供との関係、そして職場でも、「力を合わせる」ことができたかのように
錯覚した成功体験の数々は、ぼくに慢心を招きました。
妻の遠慮や我慢、子供の言葉にならない思いをくみ取ることなく、
仕事で実績を上げ、いい気になっていたことを自覚できるまで、
あまりにも時間がかかりすぎました。

わずか34歳で天に上った篠田がつかみ取った真理を、
ぼくは彼が生きた年月の倍ほどの時間を弄してもなお、
その足元にさえ近づくことができていませんでした。
子供のころから死と隣り合わせで生きてきた篠田だったからこそ、あの若さで、
良いも悪いも受け入れて「力を合わせる」排除しない思想を、つかみ取ったんでしょう。
そう考えるのもまた、心の狭い人間の負け惜しみでしょうね。
イヤんなるくらい、人間できてないなあ、オレ。

篠田を知ってから、わずか2年足らずで亡くなってしまい、
篠田の音楽を咀嚼するには、あまりにも時間が足りませんでした。
そんな思いがあったからなのか、彼の音楽は折に触れ、聴き続けてきました。
一番よく聴いているのは、やっぱり『1の知らせ』かな。
妻も『1の知らせ』が好きで、iTunesへの取り込みを真っ先にリクエストされたっけ。
篠田の死後、少し間を置いて、コンポステラのライヴ録音『歩く人』や、
西村卓也との『DUO』が出たことも、
ずっと篠田を聴き続けることにつながったようです。

篠田昌已 「COMPOSTELA」パフ・アップ puf1 (1990)
Compostela 「1の知らせ」 パフ・アップ puf4 (1990)
篠田昌已 「東京チンドン VOL.1」パフ・アップ puf7 (1992)
Compostela 「歩く人」 オフノート ON4 (1995)
篠田昌已 西村卓也 「DUO」オフノート ON11 (1996)

和久井沙良  TIME WON’T STOP.jpg

なんすか、このカッコよさ!
爆走するドラミングにのせて、
吉田沙良をフィーチャーしたオープニングの「tietie」に続いて、
さらに強力な「Calming Influence」で辛抱たまらず、イス蹴って踊り出しましたよ。

Pecori というラッパーは初めて知ったけど、フロウがやべえ!
ドラムスが叩き込んでくるタイトなビートと絡み合って、腰を直撃。
これ聞いて、踊らないヤツなんていないだろ、64のジジイを踊らせるんだからさ。
うわー、これ、10分くらいのヴァージョンに延ばしたDJミックス、作ってくんないかなあ。

ブレイクでピアノがリズムを崩すところや、ヴォーカルを乗せてくるところ、
サックスがフリーキーに吹きまくるところ、などなど、
トラック・メイキングの巧みなことといったら、もう圧倒されるばかり。
スリリングでキャッチーな場面を次々と展開していって、
リスナーの耳を引き付け、一瞬たりとも離さない。

前半の3曲で、この人のトラック・メイカーとしての才能に感服したんですけど、
後半は和久井の本領発揮で、
クラシックとジャスを修得したピアニストとしての力量を示します。
和久井沙良は東京藝術大学出身で、小田朋美や石若駿、角銅真実の後輩。
藝大在籍時にMALTAにフックアップされ、
サポート・ミュージシャンとして活躍してきたのだそう。

新世代ジャズも、クラシックの技術もある。
ヒップ・ホップやネオ・ソウル、ビート・ミュージックも咀嚼している。
短い尺でツカミのある楽曲を作れるから、CM音楽の需要もありそうだし、
華麗なストリングスを配したアレンジを聞くと、オーケストレーションの可能性も感じる。
和久井の将来には、期待の二文字しか見当たりませんね。
クラックラックス以来の衝撃です。
https://bunboni.livedoor.blog/2019-11-05
https://bunboni.livedoor.blog/2020-01-12

和久井沙良 「TIME WON’T STOP」 アポロサウンズ APLS2211 (2022)

松丸契  THE MOON, ITS RECOLLECTIONS ABSTRACTED.jpg

スゴイ!
デビュー作で、その才能に舌を巻いた松丸契でしたけれど、
https://bunboni.livedoor.blog/2021-01-18
驚愕のデビュー作から、さらに表現力を深めた2作目を出しましたよ。
その成熟のスピードには、目を見張ります。

メンバーは第1作と同じ、石若駿(ds)、金澤英明(b)、石井彰(p) のBOYSの3人に、
石橋英子(electronics, syn, fl, vo)が参加。石橋は1曲、歌も歌っています。
今作の大きな変化は、エレクトロニクスの導入ですね。
石橋だけでなく、松丸もエレクトロニクスを担当していて、
松丸の表現世界が、これによってグッと広がった感じ。

松丸の楽曲は、曲ごとにカラーが違い、それぞれに表現しようとする世界観があって、
それぞれに応じた制作意図で作っていることが伝わってきます。
CDオビに、「即興と作曲の対比と融合」「具体化と抽象化」というコンセプトが
書かれていましたけれど、前者は楽曲の構成に、後者は演奏に示されていると
ぼくは聴き取りました。

松丸が目指している世界は、もはやジャズなどというジャンルを超越していて、
電子音楽やアンビエントなど、さらにジャンルとして認識されていない音楽まで
内包した世界を目指しているように思えます。というのも、前作と違って、
かなりポスト・プロダクションを作り込んで制作されたことが聴きとれるからです。
どの曲にも明確なヴィジョンがあって、演奏に偶発性を感じさせないというか、
松丸が事前に設計した音楽を、メンバーとともに構築しているという印象。

クレジットを見て気になったのが、
7曲目に松丸によるフィールド・レコーディングと書かれているんだけれど、
7曲目を聴いても、どこにその音があるのか、さっぱりわからなかったこと。
フィールド・レコーディングされたのが音楽なのか、自然音なのか、
人工音なのかももわからない。本作に松丸が込めた企みは、
ぼくにはまだまだ解明できていないという感触が残ります。

それを理解するには、次作の登場までかかるかもしれないなあ。
でも次作が出たら、またこちらの想像を超えた世界を生み出していそう。
そんな底知れぬ可能性を感じさせる才能の持ち主です。

松丸契 「THE MOON, ITS RECOLLECTIONS ABSTRACTED」 Somethin’ Cool R2000191SO (2022)

日野元彦カルテット+2 FLYING CLOUDS.jpg 日野元彦カルテット+1 流氷+2.jpg

うわぁ、これ、『流氷』の続編じゃないですか。
76年2月7日根室市民会館で録られた、トコさんこと日野元彦のライヴ盤『流氷』。
高校3年の時にリアルタイムで聴いた、日本の70年代ジャズを代表する名盤です。
近年の和ジャズ・ブームのおかげか、LP未収録の2曲を追加して、
当日の演奏順でCD化された時は、嬉しかったなあ。
で、今度は『流氷』の3か月後、5月27日に東京のヤマハホールで録音された
未発表音源が出るっていうんだから、こりゃあ聴かないわけにはいかないよねえ。

東京のライヴは、根室と同じ、トコ、山口真文、清水靖晃、渡辺香津美、井野信義に、
パーカッションの今村祐司を加えたセクステット。
どちらのライヴも、「流氷」が1曲目に演奏されていますけれど、
東京のライヴは、根室のより8分も長い。トコが弾くミュージック・ソウに始まり、
井野の弓弾きによるベース・ソロが7分半ほどあり、
山口と清水の2テナーによるテーマが始まるまでの前奏が長くなっています。

やっぱスゴいのは、香津美のギター。
ソロの組み立てが、すさまじくイマジネイティヴで、オリジナリティに富んでいます。
根室の時とぜんぜん違うリックを繰り出してて、
アイディアがいくらでも溢れ出ていたんだなあ。
香津美がトコを挑発するようなギター・ソロを繰り広げると、
トコが激しくシンバルを乱打するドラミングで迎え撃ち、
もう完全に二人の対決試合。聴いてるうちに金縛りにあって、心臓バックバクです。

この時、まだ香津美は、22歳なんだよなあ。
いや、むしろその若さゆえ、プレイがトガりまくっているわけだけど。
なんせ香津美とトコさんのコンビは、香津美17歳のデビュー作『INFINITE』(71)から
始まっているんだもんねえ。十分、相手の手の内を知ったインタープレイなんだよね。

あと、根室のライヴでびっくりしたのが、わずか20歳だった清水靖晃のテナー。
山口真文との2サックスで、ぜんぜん山口に負けていないどころか、
凌駕するプレイに、ドギモを抜かれました。
東京のライヴでは、のちのマイケル・ブレッカー・スタイルを
予感させるシーツ・オヴ・サウンドを聞かせています。

ぼくは『流氷』で初めて清水靖晃の名前を知りましたが、
この2年後にフュージョンのデビュー作を出し、マライヤで活躍することになるんだから、
当時の日本のジャズ・ミュージシャンの進化のスピードは、ほんと日進月歩だった。
香津美だってこの3年後は、YMOのサポート・メンバーだもんね。
当時の日本のジャズが、いかにイキオイがあったかってことなんだけど、
これをリアルタイムで体験できたのは、恵まれていたなあ。

トコさんのドラミングも、大好きなんですよ。
うっるせえなあ、と笑っちゃうくらい派手にトップ・シンバルを叩きまくるんだけど、
アンサンブルのバランスの取り方が絶妙なんだよね。
あと、明るいんだ、トコさんのドラミングは。陽性でカラッとしていて、爽快。

東京のライヴでは、香津美のオリジナル「オリーヴス・ステップ」での
ドラムス・ソロが最高です。この曲、翌年にベター・デイズから出た
香津美のソロ作のアルバム・タイトル曲だけれど、
ソロ作ではフュージョンだったのが、こちらでは完全モーダル・ジャズのスタイルで
演奏されていて、ジャズ・ギタリスト時代を知らない香津美ファンに聞かせたい。

日野元彦カルテット+2 「FLYING CLOUDS」 Days Of Delight DOD030
日野元彦カルテット+1 「流氷+2」 スリー・ブラインド・マイス CMRS0045  (1976)

中西レモン  ひなのいえづと.jpg

民謡クルセイダーズや俚謡山脈に続く、民謡の新解釈派でしょうか。
中西レモンは、初代桜川唯丸流の江州音頭を学び、
関東に広めようと活動している人とのこと。
若い頃から東北の民謡や越後の瞽女唄に興味を持ち、
各地を訪ねて人と出会い、フィールドワークしながら歌ってきたんだそうです。

家元という制度に与しなかった、一匹狼の無頼派たる心意気が、
中西の歌いぶりからビンビンと伝わってくるようじゃないですか。
こぶし回しに、しっかりとした鍛錬を感じさせる一方で、
技巧に溺れない歌への情熱が、野趣な味わいとなって
しっかり溢れ出ているところが、頼もしいですよ。

そしてそんな中西をバックアップする、伴奏のアレンジのたくらみが、またスゴイ。
昭和歌謡な「ホーハイ節」、インドのタブラとイランのダフが伴奏する「斎太郎節」、
キューバのトローバに変貌する「とらじょさま」など、どんだけ引き出し持ってんだと驚嘆。
シンガー・ソングライターのあがさという人がアレンジをしているんですけれど、
レゲエやアフロビート、はたまたクンビアといった、ワールド・ミュージック的音楽要素を、
いっさい援用していないところが、この人、わかってるというか、知識の深みを感じます。

ジャズのコードやテンション・ノートといった、
日本民謡にない和声の使用を慎重に避けているようで、そこにもめちゃ好感が持てます。
日本民謡に限った話じゃないですけど、伝統音楽の現代化にあたって、
ジャズぽくアレンジするのとかって、凡庸なアイディアで、ダサイじゃないですか。
おそらくこのあがさという人は、そのあたりをちゃんと意識してアレンジしていますね。

アイディアは豊かだけれど、奇をてらっていない。
日本民謡の演奏に、アジア、アラブ、アフリカの楽器を使っても、
その響きが浮くことなく、しっくりと溶け合っている。
あがさのプロデュースの手腕、見事なもんです。

そしてジャケットのカヴァー・アートを描いたのは、中西レモン本人だそう。
え~! 画家としての才能もスゴイじゃないですか。
大学で絵画表現を専攻したそうで、パフォーマンス・アートや舞踏にも関心をもち
04年から14年までショーケース形式の舞台企画を運営していたというのだから、
多才ですねえ。

中西レモン 「ひなのいえづと」 ドヤサ! DYS005 (2022)

ぷにぷに電機.jpg

YouTube で「君はQueen」を観て、惹き込まれました。
ネット世代のシティ・ポップといえばいいんでしょうか。
クセのあるディクションで歌う、女性シンガー・ソングライターなんですけれど、
それが気取った感じに響いてこない。こういうタイプって、スカしたイヤミな感じに
聞こえることがほとんどなのに、それがまったくないのは得難い個性です。

ヴォーカルにすごい訴求力があって、YouTube を流し聴きしている耳をグイッとつかまえ、
PC画面に振り向かせて、最後まで視聴させるパワーがあります。
がぜん興味が沸いて、「ずるくない?」というMVも観てみたら、
以前から注目していた kan Sano とのコラボで、これまたエモい仕上がり。

やるせない雰囲気で、流し歌いしているような風情を装いながら、
その歌には意志の強さをうかがわせる芯があり、コシの強さが魅力です。
ストレイトなジャズ・ヴォーカルを歌っても、イケるんじゃないのと思ったら、
じっさい出自はジャズなんだそう。あぁ、やっぱり。

ぷにぷに電機というお名前は、あいみょんとかものんくるとか、
21世紀日本らしい脱力ぶりですけれど、研ぎ澄まされたセンスに、
上質なサウンド・プロダクションで、申し分ないデビュー作じゃないですか。

サウンド・メイキングしている人たちは、若手の俊英揃いとのこと。
まったく疎いために、 kan Sano 以外はどなたも存じ上げませんが、
Mikeneko Homeless、PARKGOLF、80KIDZ、Shin Sakiura といった人たちが、
デリカシーに富んだサウンドを施しています。
ゆいいつの難は、「Deeper」のYohji Igarashi のハウス・ビート。
音色の選択が凡庸すぎて、デリカシーに富んだ音像が、これじゃぶち壊し。

今後、エレクトロなラップトップ・ミュージックに向かうのか、
生演奏に寄せてくのか、まだまだわからない未知な才能ですけれど、
新世代ジャズ・ミュージシャンとのコラボを聴いてみたい気がします。

ぷにぷに電機 「創業」 Tsubame Production/PARK PNDN010 (2022)

↑このページのトップヘ