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bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

Searching for good music of the world

カテゴリ: 日本

RIO.jpg

ウクレレの可能性って、まだまだあるんだなあ。
そんなことを痛感させられた、2000年代生まれの俊英の登場です。
00年代にジェイク・シマブクロの登場で、
<おもちゃ>のようなウクレレが、これほどカッコいい楽器だったのかという!
という驚きが世間で沸きあがりましたけれど、
RIOはさらに新たなウクレレの可能性を拡げる革命児ですよ。

今年ハタチというRIO、日本生まれの日本人ですけれど、
小学生の時にハワイに暮らしてウクレレと出会って弾き始め、
中学生になって日本に帰国した後も、海外に呼ばれて演奏するいう早熟な天才です。
ぼくがRIOに感じ入ったのは、彼の音楽性で、
いわゆるバカテクといった超絶技巧ではありません。

ウクレレの名手といえば、古くはロイ・スメック、
そして近年のジェイク・シマブクロに至るまで、
トリッキーなプレイなど、曲芸のような派手なパフォーマンスに目を奪われがち。
でも、RIOくんのウクレレの才能は、そこじゃないんだな。
高度なテクニックを持ちながらも、それが前面には出ず、
まず先に音色の美しさに耳を引き付けられるんですよ。
ウクレレの才能は、クラシック・ギター同様、
利き手のタッチに如実に表われることを、このアルバムを聴くと、強く実感します。

超絶技巧の持ち主にありがちな、バリバリと硬い音色になることなく、
甘いトーンを保っていることが、驚異的。
速弾きでこの柔らかなトーンを維持するタッチは、天才の証しです。
キレのあるカッティングも、ウクレレという楽器の特性が最大限に生かされていて、
カヴァキーニョやギターとの違いが、くっきり表われていますね。

本作はオリジナル曲のほか、
‘My Favorite Songs’ ‘This Nearly Was Mine’ のスタンダード・ナンバーに、
ルイス・ゴンザーガの‘Asa Branca’ と
エルメート・パスコアールの‘O Povo’ をメドレーにしています。
17歳の時、イタリアのウクレレ・フェスティヴァルに参加したさいに、
ブラジルのミュージシャンから教えてもらったというんだから、
2000年代生まれらしいインターナショナルな交流ぶりですねえ。
そんなキャリアの積み重ねによって、
ハワイ音楽を起点としながら、ジャズ、ファンク、ブラジル音楽など
多様な音楽を消化してきた軌跡がにじみ出ています。

プロデュースは、クラックラックスでも活躍する、ジャズ・ギタリストの井上銘。
RIOが15歳でデビュー作を出した当時から、井上銘は憧れの人だったとのこと。
井上とソロを応酬する場面でも、RIOは臆せずに渡り合っていて、
なおかつ、アンサンブルのなかで前に出たり、引いたりのバランスが絶妙で、
20歳とは思えぬ成熟したプレイに舌を巻きます。

ウクレレの可能性を拡げるタッチの天才、RIOの今後が楽しみです。

RIO 「RIO」 Twin Music TMCJ1002 (2021)

南佳孝 SOUTH OF THE BORDER.jpg

立秋を過ぎ、残暑の気配を感じられる頃になると、
毎年聴き始める、南佳孝の『SOUTH OF THE BORDER』。
40年以上も変わることのない、生涯の晩夏の定盤であります。
今年も、仕事帰りのウォーキングで汗を流しながら、聴いているのでありました。

このレコードが出たのは、大学2年の後期が始まった、たしか9月のこと。
先行シングルの「日付変更線/プールサイド」を聴いて、
アルバムを心待ちにしてたんでした。
7月21日に発売されたそのシングルは、
レコーディングを終えた後に買いに行ったから、
いまだにその日付をちゃんと記憶してますよ。
レコーディングってなんのこと?と思われるでしょうが、
まあ、そこは軽く受け流してくださいな。

前作の『忘れられた夏』では、まだ未完成だった南佳孝の世界観を、
当時気鋭の若手アレンジャーだった坂本龍一という才能を得て、
一気に拡張することに成功したアルバムでした。
『摩天楼のヒロイン』のノスタルジック路線とはまた意匠を変え、
南独自の虚構の歌世界を完成させた最高傑作です。
https://bunboni.livedoor.blog/2014-11-19

ぼくは、いまでも本作が、日本のポップスの金字塔であると確信しています。
生涯再生回数だって、ダントツのアルバムであることは間違いないし。
来生えつこ、三浦徳子、松任谷由実たちがペンをふるった
短編小説のような歌詞は、日本ではない、どこか仮想の国を舞台としていて、
まるで外国映画を観ているような映像が立ち上ってきます。
そのスクリーンに繰り広げられるロマンティシズムとダンディズムは、
日本のポップスとは思えぬ洋楽的洒脱さに溢れていたのでした。

のちに、「モンロー・ウォーク」(79)や
「スローなブギにしてくれ」(81)というヒット曲によって、
南の音楽は大衆化し、シティ・ポップの旗手扱いされますけれど、
そうしたヒット曲にありがちな俗受けする野暮ったさは、
『SOUTH OF THE BORDER』にはみじんもありませんでした。
池田満寿夫のリトグラフをジャケットに選んだのも、この名盤にふさわしく、
どこまでも上質で、気品とも呼べる風格が、このアルバムには備わっています。

細野晴臣のスティール・ドラム、佐藤博のラテン・ピアノ、南自身が弾くカリンバが、
幻想の熱帯を演出し、サンバやボサ・ノーヴァ、ボレーロを援用して、
仮想のトロピカル・ミュージックを組み立てた坂本龍一のアレンジは、
細野晴臣の『泰安洋行』のサウンド・プロダクションをホウフツさせます。
どれだけスコアを書いたのか、若き日の坂本の凄まじい熱気が伝わってくるかのようです。

40年以上聴き続けていても、いまだに感服してしまうのが、
アルバム・ラストの「終末(おわり)のサンバ」のコーダ部で、
坂本が施した弦楽オーケストラの編曲。
このオーケストレーションは、坂本龍一のベスト・ワークの一つじゃないですかね。

メロディ・メイカーとして、南が群を抜く才能であることは言うまでもないですけれど、
クルーナー・ヴォイスも、ちょっとフラットする音程にめちゃくちゃ色気があって、
誰にもマネのできない個性ですよね。

生涯聴き続けても、けっして色褪せることなく、
聴くたびにその世界に没入して官能を呼び覚ます、永遠の名作です。

南佳孝 「SOUTH OF THE BORDER」 GT MHC7 30006 (1978)

Itiberê Zwarg  ORQUESTA FAMÍLIA DO JAPÃO.jpg

イチベレ・ズヴァルギの18年作“INTUITIVO” は、
エルメート・パスコアールの未完成な音楽を高度に統合して、
ブラジル音楽史上、類を見ない器楽奏作品に仕上げた大傑作でした。
https://bunboni.livedoor.blog/2018-09-11
あのアルバムに驚嘆してまもなく、イチベレがたびたび来日して、
日本人音楽家向けにワークショップを開いていることを知りました。

エルメート・マジックならぬ、イチベレ・マジックの秘密を知りたくて、
ぼくもワークショップに参加しようと思ったんですが、気付いた時すでに遅しで、
予約が一杯で参加できなかったのは、残念でした。
これらのワークショップを通じて、日本人音楽家とイチベレとの交流が深まり、
イチベレの日本人オーケストラが結成され、
イチベレ・ズヴァルギ&オルケストラ・ファミリア・ド・ジャポンとして
19年に掛川のフェスティヴァルでお披露目されたんですね。

その時のライヴがディスク化されたんですが、
いやあ、スゴイですね、これ。
あ~、掛川まで観に行くべきだったなあ。
演奏は日本人だしなあ、なんて思って行くのをやめてしまった、愚かな自分。
全12曲、イチベレが書き下ろした新曲を、
イチベレほか総勢25人の日本人ミュージシャンとともに演奏しているんですが、
演奏しているのが日本人だということを忘れてしまうような、
見事なエルメート・ミュージックを展開しているのだから、オドロキです。

これだけの人数をリハーサルするだけでも、どんなに大変だったかと思うんですが、
イチベレと日本人ミュージシャンの情熱が実った、素晴らしいライヴ盤です。
なんでもイチベレはスコアを書かず、口伝でメロディやハーモニーを示して、
その場のメンバーとともにアレンジを組み立てていくというやり方をするのだそうです。
それを聞いて、あの複雑なコンポジションで、
ダイナミックな生命力あふれる演奏を可能とする秘密が理解できた気がしました。

カリスマティックな指揮者の上意下達の統率で、譜面と首っ引きで演奏したら、
あんなスポンテイニアスな演奏ができるわけがありません。
メンバーの自発性を引き出し、ぴりっとした緊張感を演奏のすみずみまでに
行き渡らせることができるのも、そういうアンサンブルの組み立てにあったんですね。

昨年、イチベレの娘のマリアナ・ズヴァルギが、
セクステット編成でアルバムを出したんですけれど、
正直かなり物足りなかったんですよね。
イチベレも参加してエルメート・ミュージックを展開しているわけなんですけれど、
演奏の密度がまるで違うんですよ。

それだけに、今回の日本人オーケストラの充実したパフォーマンスは、
ぼくの想像のはるか上を行っていました。
音楽を生み出す喜びに溢れた演奏、素晴らしいの一語に尽きます。

Itiberê Zwarg "ORQUESTRA FAMÍLIA DO JAPÃO" Scubidu Music TORTO015 (2021)

返シドメ.jpg 一噌幸弘  東京ダルマガエル.jpg

一噌流笛方という能楽師の世界にとどまらず、
ジャズ、ロック、クラシックの音楽家たちと果敢に交流して、
今年でCDデビュー30周年を迎えた一噌幸弘。

思い起こせば、91年のデビュー作『東京ダルマガエル』は、衝撃でした。
山下洋輔、坂田明、渡辺香津美というゲストを向こうに回して、
丁々発止のインプロヴィゼーションを繰り広げる
即興演奏家としての実力は、ただならぬものがありました。

能管や篠笛に、これほどの表現力があるのかと、目を見開かされたアルバムで、
ぼくはこの1枚で一噌さんのファンになりました。
このアルバムは、その後ジャケットを変えて再発もされましたね。
一噌さんのプレイは、その後ライヴで何度も生体験してきましたけれど、
一番忘れられない記憶が、一噌さん本来の土俵である能舞台で聴いた演奏です。

妻が能の稽古を始めて、もう十年以上になるので、
妻の先生の能舞台を観る機会がちょくちょくあるんですけれど、
ある時、いつもと違う笛方の演奏に、聴き惚れたことがありました。
音色がもうバツグンに良くって、笛の豊かな響きを鼓舞するような
スピード感たっぷりの吹きっぷりに、圧倒されてしまったんでした。

いや~、今日の1部の笛の人、べらぼうに上手かったなあと思いながら、
終演後に番組(プログラム)をめくってみたら、「一噌幸弘」とあるじゃないですか!
えぇ~、あれ、一噌さんだったの!? うわぁ、どおりでねぇ、と、ようやくナットク。
吹き手によってあれほどの差があるものかと、その時あらためて実感したものです。

その一噌さんの新ユニット、返シドメのデビュー作が届きました。
吉田達也のドラムスとナスノミツルのベースのトリオ編成だったのが、
大友良英のギターが加わり4人編成となった返シドメ。満を持してのレコーディングですね。
プログレッシヴ・ロック的な変拍子を多用した楽曲がほとんどとはいえ、
抒情的なメロディが多く、存外に聴きやすいものとなっています。
能管メタルという触れ込みも、まさにですね。

大友のギターがもっとノイズを撒き散らしているかと思いきや、
バンド・アンサンブルのバランスを意識しながら、
慎重にサウンドへ色付けしているのが印象的です。
一噌さんは能管、篠笛のほか、
ヨーロッパ由来のリコーダーや角笛も吹いていますね。

リコーダーや角笛は音にブレがなく、ノイズ成分も少なくて、
表情豊かな邦楽器に比べれば、その音色はずいぶんと淡白です。
ところが一噌は、能管や篠笛の技巧を借りて、音を揺らしたり、切断したりと、
あらん限りのプレイを繰り広げていて、
リコーダーをこんな風に鳴らせるのかと、感嘆せずにはいられません。

吉田・ナスノ・大友が生み出すヘヴィな音圧にのせて、
さまざまな技巧を駆使し、笛の限界を突破せんとする一噌の演奏は、
まさに鬼気迫るものがあります。
それでいて聴後感のクールさが独特で、これこそが一噌の音楽世界でしょう。

返シドメ 「返シドメ」 Arcàngelo ARC1174 (2021)
一噌幸弘 「東京ダルマガエル」 ライジン KICP101  (1991)

沢村みつ子  沢村みつ子 スーパー・ベスト.jpg

江利チエミや雪村いづみに続く、
日本のポップス・シンガーの草分け的存在だったという、沢村みつ子。
恥ずかしながら、全盛期のコロムビア時代の録音を集大成した本2枚組が出るまで、
まったく知りませんでした。いやぁ、こんな人がいたんですねぇ、ビックリです。

11歳でコロムビア・レコードからデビューした時は、
同じくコロムビア専属の美空ひばりに続く豆スターと呼ばれ、脚光を浴びたといいます。
新たな天才少女歌手という評判も、けっして誇張でなかったことは、
54年から56年までのSP時代の録音をまとめたディスク1を聴けば、まるっとわかりますよ。

録音データと突き合わせると、11歳から14歳ということになるんですが、
その歌唱力は、とんでもない高さですね。
少女時代の美空ひばりが、
大人顔負けの表現力と、リズムのノリに天才ぶりを発揮していたのに対し、
沢村みつ子は、音程の確かさ、ディクションの良さなど、
音感にバツグンの能力を発揮していたことがよくわかります。

先輩の雪村いづみや江利チエミが歌った「ウシュカ・ダラ」は、その白眉。
1番をトルコ語の原詞で歌っているんですが、
チエミが歌った「ウスクダラ」のカタカナ発音とは大違いの堂の入った歌唱で、
美空ひばりが歌った英語・日本語交じりの「上海」に匹敵するスゴさです。

沢村は42年12月に大阪に生まれたあと、すぐに沖縄へ引っ越し、
48年の夏から母とともに、米軍キャンプの専属歌手となって将校クラブで歌い、
53年に日本コロムビア沖縄代表となったという経歴の持ち主。
幼い頃に英語をおぼえ、外国語の発音を習得する耳の良さがあったんでしょうね。

53年の8月には東京へ進出して日劇へ初出演し、
翌年54年の6月には渡米してMGMと契約、
ミュージカル『ラスヴェガスで逢いましょう』でフランキー・レインと共演し、
「ジュディ・ガーランド・ショー」にも出演するという、まさに破竹の勢いでした。

「沙漠の踊り子」「ジェシー・ジェームス」「パパはマンボがお好き」といった、
国際色豊かな当時の洋楽ヒット曲のカヴァーも楽しいんですけれど
(なんと「スコキアン」も歌っています!)、
ぼくが惹かれたのは、55年録音の「あの子南の島娘」「なはの踊り子」の2曲。
沖縄代表で東京に進出した沢村にとって、故郷に錦を飾った曲といえるご当地ソングで、
そのオリエンタルなメロディは、細野晴臣の『泰安洋行』ファンならシビレもの。

誰の作曲かと思いきや、なんと2曲とも服部良一。
うわー、さすがだねえ。このキャッチーなメロは、たしかに服部良一です。
ほかにも服部良一が作った曲は、これまで未発表だったという「テキサスのバンジョ弾き」
「ネェ、ネェ、ネェ」「東京ハイティーン」の3曲が収録されていて、
これまた聴きものとなっています。

デビュー当初の沢村の姿は、映画でも観ることができるのだとか。
日劇ダンシングチームの谷さゆりとのダブル主演で抜擢された
『ジャズ・スタア誕生』(東宝 監督:西村元男)は、54年1月21日に公開され、
沢村はクライマックスで主題歌の「星空を仰いで」を堂々と歌っているとのこと。
この映画には、南里文雄とホット・ペッパーズ、多忠修とビクター・オールスターズ、
ジョージ川口とビッグ・フォア、東京キューバン・ボーイズのほか、
日劇のトップシンガーだった柳澤真一やフランキー堺まで登場するという、
当時のジャズ・ブームを反映した豪華絢爛なもの。

54年1月公開といえば、雪村いづみが主演した『娘十六ジャズ祭り』(新東宝)と
同じ月じゃないですか。『娘十六ジャズ祭り』はDVDで持っていますけど、
『ジャズ・スタア誕生』はいまだDVDにはなっておらず、いや~、観てみたいですねえ。

沢村みつ子 「沢村みつ子 スーパー・ベスト」 日本コロムビア FJSP415

松丸契  NOTHING UNSPOKEN YNDER THE SUN.jpg

石若駿が昨年結成した新グループ、SMTKのアルバムを聴いて、
強烈に耳残りしたのがサックスのプレイでした。
石若がフック・アップした、松丸契という新人だと教えられ、
スゴイ人が出てきたなとは思っていましたけれど、
初リーダー作を聴いて、こりゃとんでもない逸材だと衝撃を受けました。

いきなり冒頭からマルチフォニックをかまして、リスナーを驚かせるんですけれど、
こういう若々しい気負いが、めちゃ好感持てるじゃなですか。
空気読んでばかりの大人しい若者がやたらと目についたひと昔と違って、
ここ数年、気骨を感じさせる若者がすごく増えてきたように思えて、
おとうさんは嬉しいよ。子世代に追い越される喜びは、
子育てを終えた親世代だからこそ持てる心持ちでありますね。

フリーに寄せるインプロもやれば、音響的なアプローチも聞かせる一方で、
美しく作曲されたメロディを色彩感のあるトーンで紡ぎもする。
いわゆる○○派だとか××系に属することを良しとしないというか、
どこにも属さない自由なポジションを獲得している強さが、
旧世代にないヴァーサタイルな新世代の開かれた魅力ですね。

バックは、松丸を見出した石若駿が07年以来活動してきたレギュラー・グループのBOYS。
ベースの金澤英明にピアノの石井彰の二人は、
日野皓正を長年支えてきたヴェテラン・プレイヤーで、
新旧世代の4人が組み合わさったことで、互いに触発し合う空間が生まれ、
刺激的なアイディアが散りばめられています。

いまや長老といった風格さえある金澤は、安定感あるプレイばかりでなく、
スピリチュアルなオリジナル曲を提供しているところも聴きどころ。
その曲「暮色の宴」は、ダウンロード・アルバム未収録で、
CDのみの収録ですけれど、こういうタイプの曲があることが、
アルバムに奥行きを生み出していますね。

コンテンポラリー、フリー、アヴァン、どこにも属さず、
いまのまま自由にはばたいて、才能をどんどん広げていってほしい、
期待の若手です。

松丸契 「NOTHING UNSPOKEN UNDER THE SUN」 Somethin’ Cool R2000191SO (2020)

米津玄師 Stray Sheep.jpg

米津玄師の『STRAY SHEEP』を、2020年のベスト・アルバムに選んでおきながら、
記事にしていなかったんだっけ?
あれれ、これはウカツだったなあ。
去年は、藤井風の無頼な歌いっぷりの生々しさにヤラれていたところに、
続いて、やるせない感情をさまざまな物語にのせてぶつけてくる、
米津の歌いぶりに、もう完全にノック・アウト。

普段歌詞などまったく頓着しないのに、
この二人の歌詞には、刺さること、刺さること。
人間の弱さや、男のだらしなさを露にした、
無頼漢のストーリーテラーぶりに、ココロ射抜かれました。

米津の場合は、その音楽性の豊かさにも圧倒されましたよ。
ぼくがロックやポップス全般に疎いからなのかもしれないけれど、
下敷きにしている音楽や、参照している音楽が、ぜんぜんわからないんだもの。
個々の楽曲の完成度とともに、そのオリジナルな表現力にうならされます。

曲作りも凝っていて、ヨナ抜き音階を意図的に使ったパートでは、
歌詞に古語のような古めかしい言葉遣いを選び、
日本情緒を押し出しているところに、感心させられました。
かつて小泉文夫が歌謡曲や和製ポップスのなかにも、
ヨナ抜き音階が使われていることを指摘しましたけれど、
米津は、そうした無意識下の日本人のテイストに訴えかけるのでなく、
「日本」をあえてわかるように強調しているんですね。

ヨナ抜き音階を使ったパートで、三味線や笛をフィーチャーしてみたり、
米津自身もこぶしを回しながら歌ったりしていて、
日本音楽の特徴を際立たせることによって、
和製ポップスに「ニッポン」を落とし込む新しい表現を生み出しています。

このほか、石若駿を起用した曲では、ジャズの快楽もたっぷり味わえるなど、
その底知れぬ音楽性の豊かさと、ソングライターの才能、
そしてずば抜けた表現力を持つ歌唱と、三拍子揃った大傑作です。

米津玄師 「STRAY SHEEP」 ソニー SECL2598 (2020)

藤井郷子/田村夏樹  PENTAS.jpg

真摯。

藤井郷子くらい、この言葉がふさわしいジャズ演奏家はいないんじゃないでしょうか。
その昔は、ビリー・ハーパーにも、同様の真摯さを感じたものですけれど、
ビリー・ハーパーの場合は、スタイルを変えない、求道者のイメージが強くありました。
藤井郷子の場合、ソロ、デュオ、トリオ、カルテット、オーケストラと、
フォーマットもさまざまなら、作品ごとに振れ幅の大きな演奏を聞かせるので、
求道とは違う、もっとしなやかな真摯さをおぼえます。
https://bunboni.livedoor.blog/2010-04-30

藤井のジャズには、クリシェがない。
そこにぼくはとても信頼を置いているんですね。
どんなフォーマットであろうと、自分の求める音を真剣に追いかけていて、
毎回心新たに音楽に向きあっているから、クリシェなど現れようもない。

自分の音を探求することに、どこまでも貪欲で、妥協を許せないところは、
言い換えれてみれば、融通が利かず、
大概の人が諦めてしまうところにも挫けず続ける、
「しつこさ」のようなものを感じます。
ぼくも、しつこさにかけては人後に落ちないので、親しみを覚えるんですよね。

彼女は、手癖を禁忌としているんじゃないのかな。
さもなくば、凝りに凝りまくった構成を持つ曲を書いて、
手癖など現れるべくもないようにしているのではとさえ思ってしまいます。
フリー・ジャズといいながら、
あらかじめ用意した型で演奏をする音楽家が少なくないなかで、
藤井はホンモノのインプロヴァイザーといえる即興を聞かせてくれる人です。

がっちりとした建造物のような曲も書けば、
自由に即興する完全フリー・インプロのような演奏もするので、
題材を変えることで、音楽へのアティチュードの鮮度を保っているようにも思えますね。

そんな信頼の音楽家、藤井郷子と田村夏樹とのデュオ新作がスゴイ。
この二人でなければできない境地を仰ぎ見るかのようで、
聴き終えて、しばし身体の芯がジーンとしびれる感動を覚えました。
これまでこの夫婦デュオを何度となく聴いてきましたけれど、
これほどまでに集中力を高めた演奏は、初めて聴いた気がします。

メロディがあってないような曲のなかで、二人が互いの音に反応しながら、
自分のボキャブラリーで音列を紡いでいくのですけれど、
生み出されるサウンドの透明感がすごくって、その美しさに陶然とします。
二人のエネルギーがぶつかりあって、硬質な感触を残すものの、
心拍も血圧も上がらない落ち着きを保っている、そんなところもシビれます。

奔流を生み出す藤井のピアノを、
ひょうひょうとした田村のトランペットがユーモアでくるんでみたり、
そのやりとりは、昨日今日結ばれた二人にはできない、
長年連れ添って、酸いも甘いも知り尽くした夫婦ならではの通じ合いを聴くようで、
う~ん、人生はフリー・ジャズだなあと感じ入ってしまいますね。

藤井郷子/田村夏樹 “PENTAS” Not Two MW999-2 (2020)

ヨルシカ 盗作.jpg

藤井風と一緒に買ったこちらも、試聴していてブッとんだアルバム。
平成生まれ世代が、日本の音楽を更新していることを、
まざまざと実感させてくれる作品でした。

ヨルシカというのは、n-buna(ナブナ)という作編曲家と、
suis(スイ)という女性ヴォーカリストによる男女ユニット。
当人たちは「バンド」を称しているんだそうですけど、
二人でバンドというのはピンときませんね。ユニットじゃいけないのかな。
水曜日のカンパネラみたいなプロジェクトですね。

このアルバムは、音楽の盗作をする男というテーマの物語となっていて、
初回盤にはこの物語の「小説」が付いているんだそう。
文学はぼくの興味とするところではないので、小説なしの通常盤を買いましたが、
ぼくには彼らの音楽性だけで、十分ヨルシカに惹かれました。

冒頭ベートーヴェンの「月光」がさらっと顔を出して、
そこからいきなりキザイア・ジョーンズばりの、
アクースティック・ギターをスラップでかき鳴らすファンク・チューンが
飛び出すという展開で、もう完全に引き込まれました。
複数のギターをオーヴァー・ダブして、
立体的なギター・サウンドをかたどったプロダクションがカッコイイですねえ。

平成生まれの音楽家にシンパシーが持てるのは、音楽を幅広く聴いていること。
自分の夢中になったジャンルの音楽を深掘りもしているから、
血肉化した音楽から参照して、自分の音楽をクリエイトする筋力が
しっかりと備わっています。

楽曲の作りも巧みで、メロディを大きく動かして盛り上がりを作るのがうまい。
題材がダークで作品主義な曲が並んでいながら、頭でっかちな印象を与えないのは、
高揚感に満ちたメロディゆえですね。

無差別殺人をしでかす犯罪者心理の自己不全感を描いた「思想犯」など、
歌詞の説明的なコトバがやたらと耳に刺さってくるのがウットウしいんだけど、
suis の切れた歌いっぷりに、音楽的快楽が得られます。

冒頭の「月光」といい、サティの「ジムノペディ」が引用されるインスト・チューンを
途中に挟むのも粋な構成で、どんなリファレンスをしようが気負いがないから、
スノッブ臭が漂わないところも、いいよなあ。
平成生まれらしいポップ体質が溢れ出ていて、お爺世代にはまぶしいよ。

ヨルシカ 「盗作」 ユニバーサル UPCH2209 (2020)

藤井風  HELP EVER HURT NEVER.jpg

とてつもない天才が、また出てきましたよ!
YouTube で注目され、いま話題沸騰中の新人シンガー・ソングライター、藤井風。
この声にヤラれない人なんているのか?と口走りたくなるほど魅力的なシンガーで、
ぼくは一聴、金縛りにあい、即、カヴァー集付き2枚組の初回限定盤を買いました。

なんといっても、藤井の声の色彩感がスゴい。
田島貴男や久保田利伸といった、さまざまな先達の声が思い浮かぶだけでなく、
誰でもない藤井自身の声を、いく通りも持っているんですね。
豊かな声色を、さまざまなタイプの楽曲に対応して繰り出してくるところは、
まるで球種の多彩なピッチャーを見るかのようです。

そしてその歌いっぷりが、また圧巻なんだな。
ソウルフルな歌声に、リズムのノリがバツグンで、キレッキレ。
R&B系のシンガーにありがちな、スカしたところがまったくなくて、実に自然体。
アフリカン・アメリカンな歌唱表現が、見事に咀嚼されていて、舌を巻きます。
おそるべし、90年代生まれ。

さらに、そこに無頼な雰囲気が漂ってくるところが、またカッコいい。
カッコつけのポーズなどではなく、この人の地金から、無頼の色気が匂い立ちます。
22歳にして、このムードが出てくるのって、ただもんじゃないよな。
それには、この人が書く歌詞の影響もありますね。
一人称は「わし」で、二人称は「あんた」。ほかにも「〇〇じゃった」など、
方言で歌う歌詞は日常感がたっぷりで、一片の気取りもない率直さがすがすがしい。

歌詞に一番マイったのは、「死ぬのがいいわ」。
「三度の飯よりあんたがいいのよ/あんたとこのままおサラバするよか/死ぬのがいいわ」
こねくるようなメロディに、コトバをぶっこんでくるビート感は圧巻です。
こんなラヴ・ソングありかよと、最初聴いた時にノック・アウトを食らい、
その生々しい愛情表現に、ドキドキしてしまいました。
めったに歌詞に頓着しないぼくですけれど、これにはヤラれましたねえ。

さらにさらに驚くべきは、ソングライティングの才能。
全曲ヒット性のあるマテリアル揃いで、
どの曲にもフックの利いたメロディが出てくるクオリティの高さには、もう脱帽です。

なにより感心したのが、天性としかいいようがない、藤井が持つコード感。
ここでこのハーモニーを使うかという、
意外性のあるコード使いが、メチャクチャ上手いんです。
特異なコード・センスで抜群の才能を発揮した人に、
ロッド・テンパートンがいましたけれど、
グルーヴィでメロウなポップ・ソングを書く才能では、
藤井はロッドと肩を並べるんじゃないですかね。

デビュー作にして、はや名盤誕生の風格あるジャケットも最高の、今年のベスト作です。

藤井風 「HELP EVER HURT NEVER」 ユニバーサル UMCK7064/5 (2020)

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