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bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

『ミュージック・マガジン』7月号にディノ・ディサンティアゴのインタヴュー記事を寄稿しました。ぜひお読みください。

カテゴリ: ブラジル

Guilherme Neves  Pescador   Guilherme Neves  Afoxado
ブラジル音楽のメインストリームがすっかりオルタナティヴになってしまって、
MPBとずいぶん縁遠くなっちゃいました。
20年代に入ってからのデータベースを見たら、MPBはたった6枚しかなくて、
本当にぜんぜん聴いていないんだな。

そんなことに気付かされたのは、ひさしぶりにMPB王道といえそうな
シンガー・ソングライターのアルバムがまとめて3作日本に初入荷したから。
リオのニテロイに生まれバイーアで育ち、現在はサンパウロで活動する
ギリェルミ・ネヴィスの18・20・24年作がそれで、すべて自主制作盤です。

サンバ、ボサ・ノーヴァ、ショッチなどブラジル音楽の多彩なリズムをベースに、
セルジオ・サントスを思わせるボサ&ジャジーな作風の楽曲が素晴らしい。
特にぼくが気に入ったのが18・20年作。
24年最新作ではギタリストのジョアン・カマレロが音楽監督とアレンジを務めていましたが、
18・20年作では、ほとんどの曲のアレンジをフレッジ・マルチンスが手がけています。

フレッジ・マルチンスは、17年にリスボンへ渡ったブラジル人シンガー・ソングライター。
先日カーボ・ヴェルデのナンシー・ヴィエイラと共演したアルバムを制作し、
7月には来日も予定されているフレッジですが、
そのためこの2作はサン・パウロのほかリスボンでもレコーディングされています。
フレッジがアレンジした曲では、フレッジがギターも弾いています。

センシティヴな楽曲を少ない音数で引き立てるフレッジのアレンジが効果的で、
さりげないボサ・ノーヴァ気質のギリェルミの歌いぶりとベスト・マッチング。
ギリェルミの妹エレーナ・ネヴィスや娘のドーラ・ネヴィスとデュエットする曲もあって、
心があたたまります。

18年作にインスト演奏の曲が1曲あって、これがもうめちゃくちゃ泣ける曲。
なんてジェントルなメロディ。フィーチャーされるナイロール・プロヴェッタの
柔らかなクラリネットの音色が優美そのもの。
さらに弦楽5重奏が加わって夢見心地に誘います。
この曲はギリェルミとエドソン・アルヴィスの共作で、
エドソンがギターとアレンジをしています。
オーセンティックなMPBの良さをこれほど凝縮した作品は、いまや希少といえますね。

Guilherme Neves  "PESCADOR"  no label  GPN012018  (2018)
Guilherme Neves  "AFOXADO"  no label  GPN012020  (2020)

Laura Canabrava  AIYE
もう1作、聴き逃していたアフロ・ブラジレイロのCDを見つけました。
リオ出身のシンガー、ラウラ・カナブラーヴァの18年デビュー作です。
アフロ・ブラジレイロのジャズ的展開を示した音楽性は、
17年のシェニア・フランサのデビュー作と同じベクトルを持つ作品です。

シェニア・フランサのデビュー作は、
プロデュースを手掛けたのがロウレンソ・レベッチスだっただけに、
めちゃくちゃハイブリッドなジャズ最先端のサウンドでしたけれど、
ラウラ・カナブラーヴァのアルバムはシェニアほど尖ってはいないものの、
MPB路線のアルバムとしては、かなりジャズ濃度高めのサウンド。
プロデュースはピアニストのジョアン・ビッテンクールで、
バリトン・サックスとバス・フルートの起用が、
ユニークなジャズ・サウンドを生み出しています。

ヨルバ起源の宗教オルミラ・イファに入信したラウラ・カナブラーヴァは、
アフロ・ブラジレイロ文化の研究を通じて、
さまざまなプロジェクトやワークショップに携わっていて、
本作もそうしたプロジェクトでクラウンドファンディングで制作されたものだそう。
ラウラが書く曲は、キャッチーさもあってポップなところがいいですね。

本作では3種のアタバーキ(ルン、ルンピ、レ)を操る
カンドンブレの聖人ドフォノ・ジ・オモルが生み出すカンドンブレのリズムのほか、
バス・ドラムのアルファイアが活躍するマラカトゥやラベッカが絡むココなど、
豊かなアフロ・ブラジレイロ・リズムの饗宴が繰り広げられます。

ロウレンソ・ヴァスコンセロスのドラムスとミゲル・ディアスのベースが、
アフロ・ブラジレイロ・リズムを先導するパーカショニストと
見事なコンビネーションを聞かせ、
ジョアン・ビッテンクールのピアノがカラーリングするサウンドが
アフロ・ブラジレイロの野性を洗練させているのが感じられます。

話題にならなかったのが不思議なくらいの意欲作かつ力作ですけれど、
この後アルバムを出していないのが残念ですね。

Laura Canabrava  "AIYE"  no label  no number  (2018)

Orquestra Revelia  MÚSICAS PARA SAUDAR JORGE AMADO
ブラジルからラージ・アンサンブルの注目作が
続々出るようになったのって、いつ頃くらいからでしたっけ。
最近ではオルケストラ・アフロシンフォニカが話題を呼びましたけれど、
13年に自主制作で出たラージ・アンサンブルの作品を見つけました。
13年って、けっこう早い気がするよねえ。

パーティ仲間の12人によって結成されたという、オルケストラ・レヴェリアのデビュー作。
バイーアが生んだブラジルの偉大な詩人ジョルジ・アマードにオマージュを捧げた作品で、
表紙裏にはエグベルト・ジスモンティが長い賛辞を寄せています。
ジスモンティは、80年にジョルジ・アマードが出した朗読アルバムで演奏を務めていたので、
アマードにリスペクトを寄せた若き才能を喜んだんでしょう。

オルケストラ・レヴェリアの本作は、
ジョルジ・アマードの作品からインスピレーションを得た
メンバー作曲のオリジナル曲を演奏していて、
多くの曲を音楽監督のギタリスト、ルイス・ポッターが書いています。
ジョルジ・アマードの詩にドリヴァル・カイーミが曲をつけた
「海で死ぬのは幸せ É Doce Morrer No Mar」のカヴァーもあります。

オーケストラは管楽器にサックス3、フルート2、トランペット、クラリネットを擁し、
4人の歌手をフィーチャー。シンフォニックなサウンドがとても魅力的で、
ストーリー性のある楽曲が映画を観ているかのような気分になります。
ビリンバウが管楽器と絡み合ったり、サンフォーナをフィーチャーしたバイオーンなど、 
バイーアの豊かな音楽文化が表現されていきます。

ラスト・トラックは、教会の鐘の音に始まるミサの合唱から、
アタバーキ、アゴゴ、パンデイロほかのパーカッション・アンサンブルの演奏へと繋がり、
最後に教会の鐘の音が交叉するところに、アフロ・ブラジレイロ文化の象徴である
シンクレティズムが見事に表現されています。

オルケストラ・レヴェリアは、本作以降アルバムを出していなくて、
今も活動しているのかどうかは不明です。
このアルバムも日本に入って来た形跡がないので、
ブラジルのジャズを追っかけてるファンにも知られてなさそう。

Orquestra Revelia  "MÚSICAS PARA SAUDAR JORGE AMADO"  no label  HG001  (2013)

Ricardo Herz  SONHANDO O BRASIL
クラシックからジャズまでヴァーサタイルな才能を発揮する
ブラジルのヴァイオリン奏者、リカルド・エルスの新作。
前にこの人の12年の作品を取り上げたことがあります。

今作はピアニストとドラマーとのベースレスのトリオで、
曲によりフルートとパーカッション、
そしてタチアーナ・パーラのスキャットがゲストで加わります。
曲はすべてリカルド・エルスのオリジナル。
『ブラジルの夢』と題したとおり、ブラジルのさまざまなフォークロアを参照して、
リカルドの高い音楽教養で織り上げたコンポジションと演奏で楽しませてくれます。

1曲目の ‘Coco Embolado’ は、曲名のとおりココのリズムと
エンボラーダのメロディで、ノルデスチ・ムードを演出した曲。
ライナーノーツの解説によると、
リカルド・エルスはオリンダのグループ、ボンガールの大ファンだそうで、
ボンガールのリズム・ブレイクを使っているそうです。

ほかにも、トアーダの ‘Melodiemonos’、 
ショーロをプログレッシヴにした ‘Sombo Chambado’、 
フレーヴォの ‘Sonhando O Brasil No Frevo’、
カヴァーロ・マリーニョの ‘Cavalo Marinho’、
ショッチの ‘Pé Desliza’ など、ブラジルの豊かな音楽遺産をベースとした
精緻なリズム・アレンジを施した演奏には、舌を巻くほかありません。
エルメート・パスコアールとは異なるアプローチで、
ノルデスチの音楽を高密度な器楽演奏に仕上げていることに感嘆します。

7拍子のマラカトゥの ‘Siribobéia’ で聞かせる
ファビオ・レアンドロのピアノが生み出すハーモニーや
ペドロ・イトーのドラミングのリズム構築の斬新さに、心臓バクバクもの。
さらに終盤には、リカルドのヴァイオリンとタチアーナ・パーラのスキャットがユニゾンで
絡むパートもあって、アルバム最高の聴きものとなっていますね。

リカルドの音楽遍歴はブラジル以外にも発揮されていて、
5拍子の ‘Dicharachero (Alegre)’ はベネズエラのメレンゲ
(ドミニカ共和国のメレンゲではありません)、
‘Cenas do Magrebe’ ではアルゼンチン北西部のリズム、チャカレーラと
マグレブのシャアビをミックスしています。

まさしくブラジルからしか生まれえないインストゥルメンタル作品、脱帽です。

Ricardo Herz  "SONHANDO O BRASIL"  Maximus  5.071.863  (2024)

Mariana De Moraes  VINICIUS DE MARIANA.jpg

淡くぼやけた独特の色合いは、ポラロイドで撮ったからでしょうか。
ヴィニシウスおじいちゃんの膝にのった、少女時代のマリアーナ・ジ・モライス。
母親で女優のヴェラ・ヴァルデスがパリに亡命していた1970年代末に、
パリのホテルで撮影された写真だそうです。表紙写真からもわかるとおり、
マリアーナ・ジ・モライスのヴィニシウス・ジ・モライス曲集です。

初入荷時に買いそこねて、遅まきながらようやく手に入れました。
これまでマリアーナは、ヴィニシウスの曲を少ししか取り上げてきませんでしたが、
偉大すぎる祖父を前に、慎重になるのも無理からぬところです。
今回こうして真正面から取り組むことができるようになったのは、
マリアーナが十分なキャリアを積んだ自信の表れでしょう。

マリアーナ・ジ・モライスの才能に瞠目したのは、14年作の “DESEJO” がきっかけ。
https://bunboni.livedoor.blog/2014-11-07
あの作品でも、アフロ・ブラジル文化への視点の確かさに感じ入ったのですが、
今作は冒頭からバーデン・パウエルとヴィニシウス・ジ・モライスのアフロ・サンバ大名曲
‘Canto Do Caboclo Da Pedra Preta’ ‘Canto De Xangô’ の2曲を
立て続けにカヴァーして、巨人ヴィニシウスにがっぷり四つで取り組んでいます。

このほかにも、バーデンと共作した歴史的名盤“AFRO SAMBAS” から
上記2曲に加えて選曲した ‘Tristeza E Solidão’ に、
カルロス・リラ作の ‘Maria Moita’、
守護神オリシャーを歌ったエドゥ・ロボ作の ‘Arrastão’ と、
アフロ・サンバ名曲を数多く取り上げているところが、マリアーナの眼目。
そんなアフロ・ブラジル文化に対峙するマリアーナの歌声は、
見事に力が抜けていて、気負いなどまったくみせていないところが素晴らしい。

さらに素晴らしいのが伴奏です。
グート・ヴィルチ(ベース)とジョアン・ドナート(ピアノ)が半々ずつ編曲を受け持ち、
カルリーニョス・セッチ・コルダス(7弦ギター)、ゼー・マノエル(ピアノ)、
チアゴ・シルヴァ(ドラムス)、ジョアナ・ケイロス(クラリネット、クラロン)、
ロベルチーニョ・シルヴァ(アタバーキ、ビリンバウ、アゴゴほか)という実力者がすらり。

アフロ・サンバの演出には、ロベルチーニョのアタバーキが効果をあげているほか、
柔らかなホーン・セクションを引き立てるジョアナ・ケイロスがクラリネットではなく、
バス・クラリネットのクラロンを主に演奏しているところが、白眉といえます。
さらにサウンドの柔らかさに一役を買っているのが女性コーラスで、
マルチナーリア、ジュサーラ・シルヴェイラ、クララ・ブアルキといった面々が参加。
男性もソフトな歌声使いの人選となっていて、ピアニストのゼー・マノエルに、
御大シコ・ブアルキの参加は、これ以上ないゲストといえます。

そして、アルバム・ラストを飾るのは、ピシンギーニャと共作した ‘Mundo Melhor’。
この曲で大団円を迎えるとは、これで胸を熱くしないサンバ・ファンなどいないでしょう。
こんなにソフトにアフロ・サンバを演出したところに、ぼくはマリアーナの慧眼を感じます。

Mariana De Moraes "VINICIUS DE MARIANA" SESC CDSS0187/23 (2023)

Hercules Gomes  No Tempo Da Chiquinha.jpg

リズムの鬼と呼びたくなる強靭なタッチに驚愕した、
サン・パウロの新進ピアニスト、エルクレス・ゴメスの13年のデビュー作。
聴けば聴くほど、打楽器的なエッジの立ったスタッカートと、
粒立ちの揃った正確な打鍵にホレボレとした一作でした。
https://bunboni.livedoor.blog/2016-03-13

その後2枚のアルバムを出していたというのに、
まったく気付かずにいたのは不覚の至り。
超遅まきながら、18年に出たシキーニャ・ゴンザーガ集を入手したんですが、
これがまた素晴らしい出来で、大カンゲキ。
あまたあるシキーニャ・ゴンザーガ集のなかでも、疑いなくトップ・クラスの作品です。

150年近く前のシキーニャ・ゴンザーガの曲を、
ショーロ神話時代の優雅なサロン・ミュージックの意匠のまま、
余計なアレンジを施さずに演奏しながら、
まぎれもなく21世紀現在でしかありえない
フィールで演奏しているところが素晴らしいんです。

2曲だけシキーニャ以外の曲を演奏していて、
1曲はショーロの始祖ともいえるフルート奏者ジョアキン・カラードが
シキーニャにオマージュを捧げた ‘Querida Por Todoa’。
シキーニョと同世代で友人だったジョアキンは、初の女流作曲家として
苦境していたシキーニャに、演奏のチャンスを与えた人でもありました。
この曲は、ジョアキンがシキーニャにオマージュを捧げた友情曲です。
そしてもう1曲は、サン・パウロのピアノ・マエストロ、
ラエルシオ・ジ・フレイタスの作で、アルバム・タイトルとなっている曲ですね。

前作でもナボール・ピリス・ジ・カマルゴの古典ショーロ曲を取り上げていましたが、
今日びショーロ・ミュージシャンでもなかなかカヴァーする機会の少ない
こうした古典ショーロに真正面から取り組んでいるのは、
エルクレスのミュージシャンシップの賜物でしょう。
1920年のシキーニャの録音と同期して演奏した ‘Argentina’ では、
ノイズの向こうから立ちあがってくるシキーニョのピアノが、
エルクレスのピアノへとシームレスに繋がって、
古典と現代の断絶のなさを証明してみせています。

今回はエルクレスのピアノ独奏ばかりでなく、
サン・パウロのショーロ/ジャズ・シーンで活躍するロドリゴ・イ・カストロのフルートと、
ヴァネッサ・モレーノの歌が客演する曲もあります。
高速パッセージを正確に吹き切るロドリゴ・イ・カストロの超絶技巧もオドロキなら、
マイクがなかったシキーニャの時代のオペラ調の歌唱とは真逆といえる、
ヴァネッサ・モレーノのナチュラルな歌いぶりにも、心癒されますねえ。

150年前の神話時代のショーロ演奏を原型のまま再現しながら、
躍動するリズム感やパーカッシヴな打鍵は、現代でしかなしえないピアノ演奏で、
鍵盤の上を舞い踊るようなエルクレスのプレイに、虜となるばかりです。

Hercules Gomes "NO TEMPO DA CHIQUINHA" Maximus 5.071.614 (2018)

Michael Pipoquinha - Pedro Martins  CUMPLICIDADE.jpg

2023年のベスト・アルバムにも選んだ天才ベーシスト、ミシャル・ピポギーニャが
https://bunboni.livedoor.blog/2023-09-11
20年にギタリストのペドロ・マルチンスと共演作を出していたことを、
再入荷をきっかけに知りました。

ペドロ・マルチンスは、カート・ローゼンウィンケルやサンダーキャットに起用されて、
新世代ジャズ・クラスタの間で大きな話題を呼んだ 天才ギタリスト。
そんな若き天才二人のデュオならではの緊張感あふれる即興、
さらりと披露する速弾きに両者のドヤ顔が目に浮かぶようで、
若くなきゃできない演奏だなあと思わされますねえ。

二十代の天才ならばこその、切れ味鋭いインプロヴィゼーション。
円熟すると、こういうギラついたところは影を潜めちゃうもんねえ。
バンドリンの天才アミルトン・ジ・オランダが若き20代の時に、
クラシック・ギタリストのマルコ・ペレイラ相手に共演したデュオ作
“LUZ DAS CORDAS” を思い出しちゃいましたよ。

アルバムのラストで、アミルトン・ジ・オランダがもっともトガっていた時代のアルバム
“BRASILIANOS 2” 所収の ‘A Vida Tem Dessas Coisas’ の
カヴァーなんて、まさにこの二人にハマるマテリアルですよ。
https://bunboni.livedoor.blog/2010-04-22

レパートリーは、アラバム冒頭のエルメート・パスコアールから、
カルトーラ、ドミンギーニョス、ドリ・カイミ、ギンガと、
ブラジル音楽のマスターピースがずらり。
トニーニョ・オルタとモニカ・サウマーゾをゲストに迎え、デュオ演奏とは思えぬ
厚みのあるアンサンブルを聞かせます。

ピポキーニャは6弦ベースの低音弦でベース音を弾くと同時に高音弦でコードを鳴らし、
ペドロはピポキーニャがソロを取る間、ベース音とコードを同時に弾いたり、
フィンガリングで分散和音を生み出していくんですね。
二人のタッチ、リズム・フィールが絶妙で、ぐうの音も出ません。カンペキです。

Michael Pipoquinha - Pedro Martins "CUMPLICIDADE" no label no number (2020)

Alex Kautz WHERE WE BEGIN.jpg

ニュー・ヨークでセッション・ドラマーとして活動するブラジル人ドラマー、
アレックス・カウツが、サニーサイドから出した初ソロ・アルバム。
ギターにシコ・ピニェイロが参加していると知って、触手が伸びました。
シコ・ピニェイロも、ロメロ・ルバンボとのデュオ作を
サニーサイドから出したばかりでしたね。
https://bunboni.livedoor.blog/2024-01-25

1曲目がライル・メイズ作の ‘Chorinho’。
ライル・メイズの88年作 “ STREET DREAMS” に収録された
ショーロをモチーフにした曲で、ライルがこんな曲を書いたことに、
当時仰天したことを思い出しました。
ジョン・エリスのクラリネットとシコ・ピニェイロのギターが
高速テーマをユニゾンでピタリと演奏する快感に酔います。

こんな選曲からもうかがい知れるとおり、
全体にショーロを感じさせるジャズ・アルバムとなっていて、
ショーロ/ジャズ双方のファンにアピールできるんじゃないでしょうか。

カルロス・アギーレ作の ‘Milonga Gris’ もショーロをベースにした曲。
タチアーナ・パーラが高速スキャットでカヴァーしたヴァージョンが有名ですけれど、
ここではジョン・エリスのクラリネットが、
ショーロらしいテーマ・メロディを軽やかに奏でます。
ソロになると完全にジャズの語法に変わって、
コンテンポラリー・ジャズに変貌します。
このアルバムは、そんなブラジルとジャズを行ったり来たりが楽しめます。

メキシコ人シンガーのマゴス・エレーラをフィーチャーした歌ものもあって、
シコ・ブアルキの ‘A Ostra E O Vento’ を取り上げているんだけど、
これはしんねり歌いすぎ。ブラジルのフィールがないなあ。
こういう曲は、もっとそっけないくらいあっさり歌わなきゃ、ダメだって。

主役のカウツはしなやかなスティックさばきで、
ショーロの楽想にぴったりといえる、軽やかなドラミングを聞かせます。
変拍子をそうと感じさせないプレイに、カウツの個性が良く表れていますね。
カウツのオリジナル曲はいずれもコンテンポラリー・ジャズ色の濃いもので、
ショーロの要素はなく、ブリックスストリームのような
サン・パウロのジャズ・シーンと親和性を感じさせます。

ラストの ‘Elvin Da Bahia’ も、ゆるやかなグルーヴのなかで
テナー・サックスがリードし、ギターがハーモニーを付けていくオーソドックスな曲ながら、
変拍子使いとリズムが複雑に変化する曲で、さりげなく演奏しているので、
気づきにくいですけれど、相当に高度なことをさらっとやってますね。

Alex Kautz "WHERE WE BEGIN" Sunnyside SSC1733 (2024)

Marco Pereira e Rogério Caetano  FOLIA DAS CINCO.jpg

マイ・フェバリットのショーロ/クラシック系ギタリスト、マルコ・ペレイラと
7弦ギタリストのロジェリオ・カエターノのデュオ作が出ましたよ。
二人については以前記事を書きましたね。
https://bunboni.livedoor.blog/2023-04-10
https://bunboni.livedoor.blog/2022-03-20
二人がオリジナル曲を4曲づつ持ち寄り、
他にモレイラ・ダ・シルヴァの59年のサンバ・ジ・ブレッキ ‘Cidade Lagoa’ と
‘Amigo É Casa’ をゲストのゼリア・ダンカンが歌っています。
パーカッショニストがサポートで加わる4曲もあります。

クリアなトーンのマルコのギターと好対照な、
ロジェリオの低音弦のビビり音が独特の響きで、
とてもいい組み合わせのサウンドになっています。
けっしてこれみよがしとはならないけれど、
スリリングなテクニックの応酬で、手に汗握り引き込まれます。

二人が自分のオリジナルでソロ演奏をする曲も1曲づつあって、
マルコがソロ演奏する ‘Choro Em Dó Menor’ にはトロけました。
甘いギターの音色とシャープなピッキングに、もうメロメロ。
マルコの魅力が詰まった美しい佳曲です。

Marco Pereira e Rogério Caetano "FOLIA DAS CINCO" Kyrios 275.2024-01 (2024)

Adriana Gennari  SOBRE A COR DAS HARMONIAS.jpg

サン・パウロで活躍するシンガーだというアドリアーナ・ジェンナリ。
初めてその名を知りましたけれど、
いやぁ、実力派のジャズ・ヴォーカリストじゃないですか。
「ジャジーMPB」というお店のコピーに誘われて買ったんですけれど、
MPBじゃなくて、正統派のジャズ・ヴォーカリストですね、この人は。

これまでに6枚のCDを出しているといいますが、知るチャンスがなかったなあ。
すでに25年を数えるキャリアがあり、
いくつもの合唱団で歌唱指導や指揮をしてきたそうで、
ヴォーカル・コーチの経験が豊富というのもナットクできる歌唱力ですね。

エラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンといった
名ジャズ・ヴォーカリストたちから学んだのが聴き取れるアドリアーナの歌は、
音程がとてもしっかりしているのが美点で、
特にスキャットで聞かせる音程の正確さに、実力のほどがうかがえます。
語尾につくヴィブラートの過不足ない表現も、すごくいいですねえ。

Pó De Café Quarteto  AMÉRIKA.jpg

伴奏を務めるのは、
サックス、トランペットの2管を擁するセクステットのポー・ジ・カフェ。
サン・パウロの敏腕ミュージシャンが集い、08年に結成されたグループで、
トランペットにぼくが買っているルビーニョ・アントゥネスが参加しています。
https://bunboni.livedoor.blog/2018-09-13

ポー・ジ・カフェのメンバーによるオリジナル曲を歌い、
ピアニストのムリロ・バルボーザがアレンジし、
プロデュースと音楽監督はアドリアーナ自身が行っています。
ラストの英語曲はアドリアーナとロベルト・メネスカルとの共作で、
メネスカルもギターで参加しています。
この曲で聞かせるバラード表現も見事なものです。

ブラジルのジャズ・ヴォーカリストで、これほど本格派の人はマレですよ。

Adriana Gennari "SOBRE A COR DAS HARMONIAS" no label no number (2023)
Pó De Café Quarteto "AMÉRIKA" no label no number (2015)

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