after you

bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

Searching for good music of the world

カテゴリ: 西アフリカ

Cheikh Ibra Fam  Adouna
いやぁ、ほんとにいい声だなあ。
セネガル出身のシンガー・ソングライター、
シェイク・イブラ・ファムの新作を聴いて、感じ入っちゃいました。
前作でも伸びのあるヴォーカルが強い印象を残しましたが、
クンバンチャに移籍して出した今作、ますますその魅力が増していますよ。

クンバンチャのサイトにシェイク・イブラ・ファムの詳細なバイオが載っていて、
それを読むと彼はシェイクの称号をいただくとおり、案の定バイ・ファルで、
7歳から伝統宗教の合唱団に参加して、カシーダを歌っていたそうです。
最初にその名前を見た時、シェイク・イブラヒマ・ファルを連想しましたけれど、
やはりその名にちなんで父親が命名したんだそうです。

詩を書く父と絵を描く母のもとに生まれ、
オーティス・レディング、アリサ・フランクリンなどの北米ソウルや、
オルケスタ・アラゴーン、ジョニー・パチェーコなどのラテン音楽が
日常的に流れるという家庭環境に育ち、
本作にも参加している叔父のギタリスト、コリー・シセの影響もあって、
音楽の道へ進むのは自然のなりゆきだったようです。

ダカールの港町ムブールに生まれ、ティエス、ルフィスク、カオラックと
セネガル各地を転々としたあと、音楽家を志してからは
イタリアの音楽アカデミーで正規な音楽教育を受けたとのこと。
すんごいエリートなんですね。
そして前回の記事にも書いたように、ルディ・ゴミスの代役として
オーケストラ・バオバブのシンガーを務めて世界各国をツアーして回り、
現在はレユニオンに暮らしているという、
ノマドな人生を送っている人です。

バイ・ファルの精神に裏打ちされ、豊かな人生経験を映した歌を、
コンテンポラリーなサウンド・プロダクションが鮮やかに演出していて、
多彩な音楽を消化したイブラ・ファムの音楽性を余すことなく
披露しているプロデュースが見事です。

今作のプロデュースは、前作でアレンジとミックスに腕を振るっていた
ハキム・アブドゥルサマド。R&Bシーンで長く活躍してきた人なので、
キゾンバやアフロビーツといったアフロ・ポップの扱いも巧みですね。
イブラ・ファムの音楽性をよく理解しているからこそ、
楽器の起用やリズムの配置も適材適所で、
わかっているなあとウナる仕事ぶりを聞かせてくれます。

最後にこのCD、ブックレットが付いておらず、
クンバンチャのサイトのデジタル・ブックレットが案内されています。
配信時代のフィジカルの存在意義って、
ブックレットなどのテキスト情報と考えていただけに、
これには少々戸惑っております。

Cheikh Ibra Fam  "ADOUNA"  Cumbancha  CMBCD177  (2026)

Mariama & Vieux  NTÈRY
年明けに記事を書いたガンビアのコラ奏者スントゥ・スソが
ゲスト参加しているつながりで知った、セネガルの男女デュオ。

女性歌手マリアマ・クヤテとコラ奏者ヴィユー・シソコともに、
セネガル南部カザマンス地方のグリオ出身者とバンドキャンプには書かれているんですが、
彼らの公式サイトによると、ちょっと違うようですね。
Soundioulou Sissoko
86年生まれのマリアマ・クヤテは、カザマンスではなくダカールで生まれたそうです。
5歳からマンディンゴの古い歌を歌い始め、
母親のフェンダ・クヤテとともに結婚式や洗礼式などで歌ってきたといいます。
祖父のコラ奏者セク・クヤテは、スンジュール・シソコの弟というから名家の一門ですね。
ちなみにスンジュール・シソコは90年に来日しています。

ヴィユー・シソコは、カザマンスの中心都市ジガンショルの生まれ。
先のスンジュール・シソコも同じジガンショル出身でシソコ姓なのだから、
親戚縁者でしょう。

バンドはギター、ベース、ドラムス、パーカッションの4人で、
ベースはカメルーン出身のベンソン・イテ。ヴィユーのコラを中心に、
マンデ・ポップとンバラを折衷したサウンドにのせ、マリアマとヴィユーの二人が歌います。

ゲストには、先のガンビアのコラ奏者スントゥ・スソのほか、キーボード、ピアノ、
コーラスなどの名前が並びますが、要注目はパーカッション。
なんとユッスーのエトワール・ド・ダカールの名サバール奏者、
ババカル・フェイが参加していて、‘Mindef’ ではパパ・デンバ・シソコのタマと
丁々発止を繰り広げます。

演奏力の高いメンバーによるマンデ・ポップとンバラの
いいとこどりしたサウンドはフレッシュで、
カザマンス由来のマンディンゴの伝統をいきいきと伝えています。

Mariama & Vieux  "NTÈRY"  Korafola Prod  no number  (2025)
[EP] Soundioulou Sissoko "Soumanaro - Maki"  N'Dardisc  45-12  (1968)

Mama Sissoko  DIAMOND FINGERS
マリ音楽史に残る名バンド、シュペール・ビトンのギタリストで知られる
ママ・シソコの新作アルバムが、ワン・ワールドからリリースされました。
99年の “SOLEIL DE MINUIT” 以来だから、
四半世紀を超すインターヴァル。
とはいえ、新作といっても10年も前にレコーディングされていた音源で、
蔵出しと言った方が適切な気もしますね。

『ダイアモンド・フィンガーズ』というタイトルは、
ギネアの名門バンド、ベンベヤ・ジャズで活躍した天才ギタリスト、
セク・ジャバテを思い浮かべますけれど、ママ・シソコもまた、
そのニックネームに恥じないアフリカが誇る名ギタリストです。
Mama Sissoko Soleil De Minuit
“SOLEIL DE MINUIT” では、ママを含む3人のギタリストによる
アンサンブルで聞かせていましたけれど、リードもバッキングも多重録音で弾いた本作は、
ママの骨太で力強いギター・プレイが存分に味わえる、
タイトルにふさわしいギター・アルバムに仕上がっています。
Mama Sissoko Live
ちなみに昨年、ミエルバから “SOLEIL DE MINUIT” の録音メンバーによる
98年パリでの未発表ライヴが出たんですが、リード・ギターを別のメンバーに任せ、
ママはアクースティックの伴奏ギターを弾いていたので、ちょっとがっかりだったんです。
それにこのCD、曲間に不要なブランクがあるCDマスター不良なダメ盤でした。

本作のクレジットをみると、ママ・シソコのギターのほか、
ベースとコンガの名前がクレジットされていますが、
ドラムス、シンセ、ヴァイオリン、コーラスの名前の記載はなし。
録音データのクレジットもなく、10年前の録音というレーベルのインフォが、
いつのものなのかわかりません。
トラックごと音質のバラツキがかなりあり、編成もまちまちなので、
録音年にはかなり幅がありそうです。
Mama Sissoko AMOURS JARABI
オープニングの1曲目は “SOLEIL DE MINUIT” 収録の ‘Commissariat’ で、
“SOLEIL DE MINUIT” からは ‘Manssane Cisse’ も再演されています。
97年の第1作 “AMOURS JARABI” からは、
‘Douga’ ‘Silami Djama’ ‘Mari’ の3曲が再演されています。

エレクトリック、アクースティックの双方とも共通するのは、
いかにも握力の強そうな右手のピッキング。
こういう豪胆な弾き方をするギタリストは、すっかりいなくなりましたね。
流麗なフレージングや速弾きが主流となった今、
ソフトなピッキングでなめらかに弾くようになってしまったのは、
ギターもコラも同じ事情といえます。

でもねえ、こういう力強いピッキングでなければ、
表現できないニュアンスってもんがあるのよ。
50~60年代ブルースのギタリストと同じで、粗削りなヴォーカルも味があります。
シュペール・ビトンで発揮された、
バンバラ独特のじわじわと反復を繰り返しながら熱を帯びていく
泥臭いグルーヴの発火点は、いつもママ・シソコのギターでした。
バンバラ・ギターの英雄と呼びましょう。

【補足】
ナシオナル・バデマのギタリストで同名異人のママ・シソコがいます。
以前ぼくも勘違いしたんですが、主要サブスクもディコグスも
バデマのママ・シソコとビトンのママ・シソコの区別ができていないので、
ご注意ください。

Mama Sissoko  "DIAMOND FINGERS"  One World  MSONEDI26  (2026)
Mama Sissoko  "SOLEIL DE MINUIT"  Buda  82990-2  (1999)
Mama Sissoko  "AMOURS JARABI"  Buda  82940-2  (1997)
Mama Sissoko  "LIVE"  Mieruba  MRB-ML02-020

Lamisi  LET US CLAP
リアル・ワールドが発掘したガーナの新しい才能。
ラミシことレジーナ・ラミシ・アウィニマン・アナビラ・アクカは、
ガーナ北部のアッパー・イースト州、ゼビラ出身の家系に生まれた
シンガー・ソングライター。

ラミシは歌手であるとともに女性と少女の権利活動家で、
ラミシ・ファタ財団を設立して、家父長制が強固な社会構造の
セビラの少女たちのエンパワーメントに尽力しています。
ゼビラを地図で調べてみると、州都のボルガタンガの北東に位置する街で、
すぐ北はブルキナ・ファソの国境という場所ですね。

ガーナ北部、ボルガタンガの音楽といえば、
キング・アイソバやボラ・ナフォで有名になったフラフラ人のコロゴや、
新流行のゾロゴが知られています。
ラミシはフラフラではなくて、クサシ人なのですね。
クサシ人の言語クサール語と英語を織り交ぜて歌っています。

冒頭に聞こえる笛はクサシ人の伝統的な笛かなと思ったら、
ルーマニアの笛のティリンカとクレジットされています。
ティリンカを吹いているのが、
ルーマニア系ガーア人のワンラヴ・ザ・クボローとあり、ナットク。
ドローンのように流れる電子音もワンラヴが関与しているのでしょう。

ワンラヴはラミシとともにプロデュースを務め、
ティリンカのほか各種パーカッション(アカンのトーキング・ドラムのドンドや
指にはめるカスタネットのフリキイワ、カラバシなど)にゴジェ、バラフォンを演奏して
サウンドメイキングに大きな役割を果たしています。

ラミシのヴォーカルにヴォコーダーをかけたり、エレクトロニックに加工された音と
オーガニックな伝統楽器の響きを組み合わせたブレンド具合も絶妙なら、
音数少なく質感豊かなニュアンスを生み出しているプロデュース力に、
ワンラヴの力量が示されています。
いかにもデジタルなサウンドとならないよう、細心のエレクトリック処理が
施されていて、デリカシーを感じますね。

ミニマルな手拍子や、管楽器がおだやかに繰り返す反復フレーズが
催眠的なグルーヴにいざない、内に秘められたエネルギーが
徐々に増していくのを感じる楽曲が並びます。
静かなる躍動感が、本作最大の魅力です。

Lamisi  "LET US CLAP"  Real World  CDRW268  (2026)

Lucibela  MODA ANTIGA
カーボ・ヴェルデのごひいきシンガー、ルシベラの3作目となる新作です。
新作といっても1年以上も前に出ていて、
最近まで気付かなかったんだから、ヒドイもんです。
ファンにすらリリース・ニュースが伝わってこないパブリシティ、なんとかしてよ。

プロデュースはデビュー作から変わらず、今回もマルチ奏者のトイ・ヴィエイラ。
ギターにバウも参加していて、伴奏陣は前2作とほぼ同様ですが、
サックスにはヴェテランのトチーニョが起用されていて、えっ!
トチーニョは24年7月にプライアで急逝してしまったので、
おそらくこれがラスト・レコーディングだったんじゃないかな。

ルシベラの自然体の歌いぶりはこれまでと変わらないんですけれど、
一聴して、あれ、変わったなという印象。
声に張りが出て、歌声がキリッとしましたね。
ソフトに歌う人ですけれど、メリハリが出て歌の表情がぐっと豊かになりました。
和らいだ歌い口がまろやかなクレオール音楽の味わいを紡いでいて、
う~ん、ぼくが大好きなナンシー・ヴィエイラと甲乙つけがたい歌い手になったなあ。

今作も佳曲揃い。マヌエル・デ・ノヴァスとエリダ・アルメイダが2曲ずつ、
ほかにアヌ・ノヴ、マリオ・ルシオ、ゼゼー・ジ・ニャ・レイナルダなど、
カーボ・ヴェルデの名ソングライターたちの曲がならび、
プロデューサーのトイ・ヴィエイラとルシベラのオリジナル曲もあります。

今回特に気に入ったのが、マリオ・ルシオ作の ‘Mcorre Mka Pega’。 
なんとバイオーンなんですけれど、メロディがまるでハワイ音楽みたいで、
コントラポントを弾くバウのギターはショーロそのものという、すごく面白い仕上がり。
さらに驚いたのが、 ‘Mãe Gracinda’。
こちらはアンゴラのセンバで、ファビオ・ラモスとカティア・セメードの二人を
ゲストに迎えて3人で歌っています。

モルナ、コラデイラなどカーボ・ヴェルデ伝統歌謡の粋を集め、
ラストをスローなフナナーで締めた本作、ルシベラの最高作に仕上がりました。

Lucibela  "MODA ANTIGA"  Lusafrica  863382  (2024)

Guitari Baro
これは通好みというか、マンデ音楽好きをウナらせるアルバムですね。
バラフォンとギター2台によるトリオというフォーマットが、まずレアじゃないですか。
歌なしのインスト演奏で聞かせるマンデ・ポップといえば、
古手のファンならギネアのアフリカン・ヴァーテュオーシズを思い浮かべるはず。
ハワイアンやクロンチョンを思わせるコード進行に、フラメンコのテクニックも取り入れた
斬新なギター・ミュージックが生み出す、心地良いトロピカルなムードが絶品の傑作でした。
African Virtuoses Bolibana African Virtuoses  Stern's
「ギターの対話」を称するギターリ・バロは、
ギネアとマリのグリオ出身者が集まったグループ。
アフリカン・ヴァーテュオーシズのような斬新さはないかわり、
よりマンデの伝統に沿った音楽性を聞かせます。

バラフォンは、トリオ・ダ・カリで注目を集めたラサナ・ジャバテですね。
ギネアの名門グリオの家系に生まれ、ギネアを代表するバラフォン奏者となった後、
90年代にアミ・コイタの招きでマリへ移住し、
トゥマニ・ジャバテのシンメトリック・オーケストラや
アフロキュビズムで活動しました。クロノス・カルテットとも共演して、
海外にもその名を知られるようになりましたね。

マリ出身のガウス・クヤテは8歳からギターを弾き始め、
レイル・バンドの名ギタリスト、ジェリマディ・トゥンカラに師事しました。
カセ・マディ・ジャバテのバンドやロビ・トラオレのバンドに参加するほか、
アリ・ファルカ・トゥーレに影響されてアリを生んだニアフンケへ赴き、
マンデ音楽とは異なるソンガイやトゥアレグのギター・スタイルを学んでいます。

ギネア南部に生まれ、家族とともに首都コナクリに移住した
「プティ」ことケルファラ・ジャバテは、このトリオの最年少メンバー。
幼い頃はバラフォンを演奏していましたが、10歳からギターを弾き始め、
ケルファラ・カンテやジャンカ・ジャバテなどの
ギネアを代表するアーティストたちと共演しました。
また名歌手セクーバ・バンビーノ・ジャバテのバンド・メンバーとしても活躍しています。

ギターリ・バロのプロジェクトは、
ユッスー・ンドゥールの長年のエージェントであるドゥドゥ・サールと、
マンデ音楽家のアルバムを数多く手がける
民族音楽学者ルーシー・デュランの二人の企画からスタートしました。
トリオ・ダ・カリの仕掛け人でもあるルーシーがまずラサナ・ジャバテを選抜し、
ラサナが共演経験のあるガウスを推薦し、最後に若く才能のあるギタリストとして
ケルファラ・ジャバテが呼ばれて、リハーサルがスタートしたといいます。

3人が作曲をしながら始められたリハーサルは、
ラサナが主導権を握って二人のギタリストに即興を促し、アイディアを交換しながら、
わずか2日間で終了。3日目にレコーディングに入り、
1日でセッションを終了したそうです。
オーヴァーダブなしで完成させた本作は、初顔合わせとは思えない完成度の高さで、
ジャズ・ミュージシャン顔負けの演奏力と即興能力が示されています。

最後に、この作品がクリサリスが新たに発足させたレーベル、
クリサリス・グローバルの第一弾だと聞いて、へぇー。
クリサリスって、自分と一番縁がなかったレーベルで、
たぶんいままで1枚もレコードを買ったことがなかったんじゃないかな。
とうの昔に消滅したレーベルだと思っていたんですが、存続してたんですね。

Guitari Baro  "GUITARI BARO"  Chrysalis Global  CRC2220  (2025)
African Virtuoses  "AFRICAN VIRTUOSES"  Bolibana  BIP156  (1983) 
African Virtuoses  "THE CLASSIC GUINEAN GUITAR GROUP"  Stern’s  STCD3024

Suntou Susso
バラケ・シソコのおゲージツなチェンバー・ミュージックにウンザリして、
すっかりコラ奏者のアルバムを敬遠するようになっていたことを反省。
派手なコラの響きより滋味なンゴニの方を好ましく思うようになっていたせいもあるけど、
新しく知るコラ奏者は避けず、ちゃんと聴こうと思っていた矢先に、
ガンビアのスントゥ・スソという若いコラ奏者と出会いました。

まず、「スソ」というグリオ姓に反応したんですよ。
ガンビアでスソといったら、偉大なるグリオのジャリ・ニャマ・スソじゃないですか。
ニャマ・スソは、65年のガンビア独立時にマンディンカの伝承曲
‘Foday Kaba Dumbuya’ をアレンジして国歌に制定されたことで知られる人。
ガンビア国営放送発足当初から音楽番組に出演して、
ガンビアを代表するグリオとして欧米をツアーし、数多くの録音を残しました。
そのニャマ・スソの子孫かと思ったんですが、スントゥ・スソは残念ながら違いました。

とはいえスソ姓なので、もちろんグリオの家系の生まれ。
父親マムドゥ・スソが有名なコラ奏者で、セネガルのカザマンス出身の
母親ファトゥ・ビントゥ・シソコも優れたグリオ歌手だったといいます。
母親はすでに他界していますが、父親のマムドゥとは、
昨年一緒にイギリス・ツアーをして、コラ二重奏を披露したとのこと。
マムドゥ・スソはイファン・ボンディに在籍していたことがあるというので、
手元のイファン・ボンディのCDをチェックしたら、98年作の “GIS GIS” に
参加していて、歌も歌った自作の2曲も収録されていました。 

スントゥにはコラ奏者の二人の兄がいて、一人は母方のシソコ姓を継ぐ
セネガル生まれのセク・ケイタ。90年代半ばから国際的に活躍をしていて、
セク・ケイタ・SKOの活動でも知られています。
もう一人の兄スラハタ ‘スラ’ スソは、セク・ケイタ・SKOにパーカッション奏者として
参加していましたが、11年にコラ奏者としてソロ・デビュー作を出し,
21年作の “TILI SABA” にはスントゥがコンガを叩いていました。
3人ともイギリスを拠点に演奏活動をしています。

といっても、セク・ケイタ、スラ・スソともにぼくは聴いたことがなく、
今回スントゥ・スソのバイオを調べるうちにわかったわけなんですが、
それくらいコラという楽器に飽きが来てたんだよね、自分。
というわけでコラ奏者のアルバムを聴くのは、ソナ・ジョバルテ以来。
ソナ・ジョバルテもコラ演奏はいいけど、歌に落胆していたので、
正直不安もありましたが、スントゥ・スソは楽しく聴けました。

本作は22年のデビュー作につぐ2作目で、
ドラムス、ベース、キーボード入りのバンド・サウンドによるマンデ・ポップ。
スピード感たっぷりの曲でのコラの速弾きは、手に汗握ります。
意表を突かれたのは、冒頭1曲目がンバラだったこと。
ドラマーがイギリス人のオリ・メイソンとガンビア人のシェイク・ティジャン・ジュークの
二人が起用されていて、ティジャン・ジュークが叩く3曲は、どれもンバラ。
なるほどガンビア人ドラマーなら、ンバラもありだよね。

アクースティックが主流となったいま、
こういうエレクトリックなマンデ・ポップって、すごく新鮮。
スントゥのヴォーカルも悪くないし、コラのテクニックはもちろんバリバリ。
正月の華やいだ気分にピッタリのアルバムです。

Suntou Susso  "JALIYA SILOKANG"  Suntou Susso  FAKOLI2025  (2025)

Amadou & Mariam  L’AMOUR À LA FOLIE
世界的なスーパー・スターとなったマリの盲目夫婦デュオ、アマドゥ&マリアム。
夫でギタリストのアマドゥ・バガヨコの訃報が今年4月に届いて落胆していたところ、
思いがけずラスト・アルバムとなる遺作が届きました。
レコーディングがほぼ終了し、制作途上だった矢先のアマドゥの死去だったらしく、
マリアムがプロジェクトを継続して、アルバムの完成にこぎつけたのだそうです。

マヌ・チャオとの共演で一躍大ヒットとなった “DIMANCHE À BAMAKO” 以降、
正直にいえば、ぼくは彼らのアルバムを熱心に聴いてはいませんでした。
世界市場を意識したエレクトロ・ポップなプロダクションや、
ゲスト過多なプロデュースにあまり楽しめなかったというのが本音なんですよね。

とはいえ、アマドゥ&マリアムの音楽性が歪められたりはしておらず、
バンバラの泥臭い味わいをしっかりとキープしたまま、
ヨーロッパのプロデューサーやミュージシャンと実りあるコラボレーションが
繰り広げられていることは、十分アタマでは理解していましたよ。
でも個人的な趣味とはどうしても合わなくて、
99年の “TJE NI MOUSSO” がやっぱり最高などと思っていたんでした。

で、このラスト・アルバムもお付き合いのつもりで買ってみたんですが、
いや、びっくりしました。すごくイイ出来じゃないですか。 
“DIMANCHE À BAMAKO” 以降では、これ最高作じゃない?
ブルージーなアマドゥのギターを真ん中に据え、
凝った意匠をせずにシンプルにサウンドを組み立てたところが花丸もの。
エレクトロなプロダクションやオートチューンもあくまで補強という役割に徹していて、
しゃしゃり出ることがありません。

プロデュースは、ファトゥマタ・ジャワラの18年作 “FENFO : SOMETHING TO SAY” で
ファトゥマタと共同でプロデューサーを務めたピエール・ジュアレスが10曲を担当し、
ロンドン生まれのグローバル・エレクトロニック・サウンドのプロデューサー、
ビジー・ツイストことオリバー・ウィリアムズが3曲を担当しています。

余計なゲストがいないのも良かった。
コンゴ(キンシャサ)のシンガー、ファリー・イプパがゲストで歌っている曲もあるけれど、
アルバム最後にファリー・イプパが入らないヴァージョンも収録されていて、
こっちだけで良かったんだけども。

キャッチーなリフが効いた 'Mogolu' は、ひさしぶりのマヌ・チャオとの共作曲。
アフロビーツふうのビートメイキングも
自分たちのグル-ヴに取り込んでいるところがさすがだなあ。
アフロ・ポップ最前線に躍り出た彼らならではの咀嚼力ですね。
一方で、ソク、バラフォン、タマの生音を効果的にブレンドさせた曲( 'Kɛlɛ Kɔ ' )もあり、
曲ごとに趣向を凝らし、よく練られたプロダクションとなっています。

そしてなによりアマドゥのハリのあるヴォーカルが素晴らしいじゃないですか。
これほど元気な歌声を聴かせていたのにと悔やまれて仕方ありませんが、
マリアムは今後も歌い続け、ツアーもするとのこと。応援しています。

Amadou & Mariam  "L’AMOUR À LA FOLIE"  Because Music  BEC5616208  (2025)

Ata Kak  Batakari
アフリカ産カセットのリイシュー・レーベルとしてスタートした
オウサム・テープス・フロム・アフリカは、リイシューによって縁ができた
アーティストの新作の制作が最近増えてきましたね。

エチオピアのハイル・メルギア、マリのナハワ・ドゥンビアに次いで、
今度はガーナのアタ・カックが、オウサム・テープス・フロム・アフリカから
94年のデビュー・カセット “OBAA SIMA” 以来となる、
31年ぶりの新作を出しました。

それにしても発売当初たった3本しか売れなかったという
デビュー・カセットは痛快でした。
オウサムが再発するとカルト的な人気を呼んで、
累計1万枚以上のセールスとなったというのだから、ビックリです。

なによりビックリしたのはご本人だったはず。
突如世界各地の音楽祭に招かれて、イングランドのグラストンベリー、
バルセロナのソナー、カナダのポップ・モントリオールという大きなフェスティヴァルで、
ハイ・エナジーのパフォーマンスを繰り広げ、何千人もの観衆を熱狂させたそうです。

ローファイなハウス・ビートとボガ・ハイライフを融合させた
「ど・チープ」なプロダクションに、トゥイ語のラップをのせた型破りなヒップ・ホップが、
ガーナ現地のヒップライフですら獲得できなかった
国際的な人気を博すのだから、痛快じゃないですか。

そして、考えもしなかった海外からの再評価で、
国際舞台に躍り出ることになったアタ・カックの新作というかカムバック作は、
モノマネを嫌い、みずからがクリエイトしたトゥイ・ラップに磨きをかけた作品。
驚かされたのは、アカ・タックの声です。
60半ばというのがとても信じられない若々しさで、
20代と言われても、信じちゃいそう。

リズミカルな言葉選びのセンス抜群なトゥイ語の早口ラップが冴えまくり。
単調なウチコミのビートをとてつもなくグルーヴさせてしまう
アタのフロウは、もはやマジックといえます。

ところで、最近ボガ・ハイライフがレア・グルーヴ扱いされるようになって、
10年前の記事の予言が大当たりになったんですが、
もっぱらバーガー・ハイライフと書かれるようになったみたいですね。

「ボガ」とは、80年代の経済危機で職を求めてドイツへ渡った
ガーナ人たちのことを指した言葉で、
語源はドイツ語なので、ドイツ語発音の「ボガ」と表記していましたが、
いまではガーナでも英語で「バーガー」と発音しているらしいです。

Ata Kak  "BATAKARI"  Awesome Tapes From Africa  ATFA053  (2025)

Noura Mint Seymali  YENBETT
ヌーラ・ミント・セイマリ、9年ぶりの新作!
8年前にヌーラが来日した時の取材で、
ドラマーでプロデューサーのマシュー・ティナリが
「次のアルバムは、モーリタニアでのライヴ作を考えている。来年には出したいね」
(ミュージック・マガジン2017年11月号掲載のインタヴュー記事より)と言ってたのに、
そんな気配もないまま活動の様子が伝わってこなくなり、どうしたのかと思っていました。

でも、待たされた甲斐がありましたねえ。
ライヴ作ではありませんが、たいへんな力作が届きました。
日本盤に書かれた「ムーアの血脈が放つデザート・サイケの新たな地平」というコピーが、
今作の本質と魅力を的確に言い表していますよ。

メンバーはこれまでの2作同様、ヌーラと夫のジェイシュ・ウルド・シガリのギター、
ウスマン・トゥーレのベースに、マシュー・ティナリのドラムスの4人。
今回マシュー・ティナリに加えて、トゥアレグのエムドゥ・モクタールのバンドの
アメリカ人ベーシスト、マイキー・コルタンがプロデュースに名を連ねています。
レコーディングはヌーラのヌアクショットの自宅で行われたそうで、
マイキーはエンジニアとしてプロデュースに関わったようにクレジットから汲み取れます。

短い序章に始まって続く 'Bidayett Lehjibb' のオープニングではや、
過去2作とはスケールの違うエネルギーに圧倒されました。
ムーア社会の語り部イガウィンが伝えてきた詩の伝統と音楽を継承しながら、
伝統楽器の編成アザワンにベースとドラムスを加えてリズムを強化し、
現代的なグルーヴを備える方向性が、より高いレヴェルに引き上げられていて、
日本盤のコピーが示すとおり、新たな地平を切り開いています。

この強力なグルーヴを獲得するのに、マイキー・コルタンが一役買ったようですね。
ジェイシュのギターにうっすらとエレクトロニックなトリートメントをしたり、
ダブ処理をしているのはこれまでになかった試みで、
マシューが叩くスネアに深めのエコーをかけているのも、マイキーの仕事でしょう。
マイキーが1曲だけベースを弾いた 'Hagala Geyeul' では、
ぐっと重心を下げて地を這うようなベース・ラインと
シンドラム(懐かしい!)が鳴らす高音とが絶妙な効果を上げています。

本作は短いインタールードがいくつも挟まれた構成になっています。
インタールード的なインスト演奏には、ムーアの旋法名が記されているのですが、
それを見るとヌーラがインタヴューで教えてくれた旋法を演奏する順序とは
だいぶ異なっていることがわかります。

ヌーラの解説では、ブハールと呼ばれるムーア音楽の5つの旋法は、
それぞれが人生のライフステージと対応しているため、
演奏する旋法の順番が厳格に決められているとのことでした。
カル、ヴァフォ、リカル、リビヤル、レブテイトの順で演奏すると
ヌーラは説明してくれましたが、今作ではその順序どおりとはなっていません。
こうしたところにも、ヌーラが伝統を逸脱しても、
ムーア音楽を現代と共振させるために、
イノヴェイターとしての役割を果たそうとしている強い意志を感じます。

本作の先行シングルとして6月にリリースされた 'Guéreh' は、
モーリアニア北西部の都市アタール出身の盲目のティディニート奏者
ジェイク・ウルド・アッバが歌った伝統曲で、
結婚式で新郎新婦の到着を祝うダンス・ソングだといいます。
70年代にモーリタニア全土に広まったこの曲も、いまでは忘れられかけていて、
ヌーラは新たな息吹を与えて曲を再解釈し、蘇らせたのですね。

そしてこの曲を歌ったジェイク・ウルド・アッバの叔父が誰あろう、
ヌーラの祖父シダティ・ウルド・アッバなのでした。
祖母ムニナについては、インタヴューでヌーラが饒舌に語ってくれましたが、
そのとき祖父シダティ・ウルド・アッバについては、話題にのぼりませんでした。
しかしインタヴューのあと、マシューからもらったメールで、
祖父のシダディもたいへんな人物であることを教わりました。

シダティ・ウルド・アッバは、1924年タガニット州ラシードの町近くの
遊牧民の野営地で、サハラ砂漠の偉大なグリオ家のもとに生まれました。
セドゥム・ウルド・ンジャルトゥの詩と音楽の伝統を受け継ぎ、
モーリタニア国営ラジオの前身となる植民地のラジオ局時代から
全国に知られる名歌手となります。

モーリタニア国歌の作曲を依頼され、モーリタニア初の国歌の作曲者となります。
ヌーラの父セイマリ・ウルド・アフメド・ヴァルが作曲者であるという誤まった情報が
ウィキペデイアによって広まってしまっていますが、
実は作曲者は父でなく祖父だったんですね。
しかしマシューによれば、シダティが作曲者ということになっているものの、
じっさいにメロディを書いたのは
フランス人民族音楽学者で作曲家のトリア・ニキプロウェツキーで、
シダティは歌詞を書き、ティディニート用に編曲したというのが本当のところだそうです。

そしてシダティとムニナは、71年にモロッコのカサブランカを訪れ、音楽業界の大物
ムハンマド・ブシフの招きで、ブシフのレーベルのブシフォンにレコーディングを行います。
この時ブシフォンからリリースされたEPが、上に挙げたブログ記事に載せたもので、
このとき7インチ盤16枚とLP5枚が制作されますが、LPは未発売で終わりました。
半世紀の時を経て白ジャケットに収められたテスト・プレスが
ブシフォン・アーカイヴから発見され、23年にベルギーのラジオ・マルティコが
ボックス・セットとしてリイシューしたことは、
ひとつ前のブログ記事に追記したとおりです。

ヌーラの輝かしい新作を聴きながら、
8年前の取材後のあれこれを書き連ねていたら、話が長くなってしまいました。
スケール・アップした作品を聴いていると、
生命力が溢れんばかりのヌーラの生声を、また聴きたくなって仕方なくなります。
また来てくれないかなあ。

Noura Mint Seymali  "YENBETT"  Glitterbeat  GBCD177  (2025)

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