after you

bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

『ミュージック・マガジン』7月号にディノ・ディサンティアゴのインタヴュー記事を寄稿しました。ぜひお読みください。

カテゴリ: 東南アジア

Salin  RAMMANA
タイの旋律打楽器コーンウォンのなかに座り、
女性が両手で別々の太鼓を叩いているジャケットに目を奪われました。
タイの伝統音楽のアルバムかと思いきや、
カナダ、モントリオール在住のタイ人女性ドラマーの作品で、
写真に写っているのがご本人だというのだから、
こりゃあ聞かないわけにはいかないでしょう。

バンコク出身のサリン・チーワパンスリは、19歳で夢を追って北米へと渡り、
ストリート・ライヴからキャリアをスタートさせたというドラマー。
ジャズ、ファンク、ヒップ・ホップ、メタル、ドラムンベースなど、
さまざまなアーティストと共演するまで成長し、
現在はスタジオ・ミュージシャンとして活躍。
カナダ各地のジャズ・フェスティヴァルにも出演しているそうです。

本作が2作目で、タイトルの「ラマナー」とは、
ジャケットでサリンが左手で叩いている平面太鼓のこと。
「ラムマナー」や「ランマーナ」と書いているテキストがありますが、その発音違います。
マレイシアのルバーナと同種の打楽器ですね。
右手で叩いている円錐形の打楽器トーンと対で演奏します。

サリンが使っているラマナーは、タイ南部の海洋民ウラク・ラウォイッのもので、
ウラク・ラウォイッがアフリカのリズムと音楽をタイにもたらしたのではないかと思いつき、
タイの先住民についてリサーチし始めるようになったといいます。
一方、フェラ・クティやミーターズを好むサリンは、
アフロビートとモーラムの融合を本作で試みたんですね。

これが本格的でスゴいんです。サリンのドラミングの腕前は一級品。
アフロビートのグルーヴにのせ、分厚いホーン・セクションが躍動するなか、
ケーンやピンにモーラムのこぶし回しがなんの違和感もなく
サウンドに溶け合っている ‘Ma’at (มา อัด…)’ もあれば、
アフロビートのパートから、いきなりケーンがモーラムを吹くパートにスイッチして、
ドキリとさせられる ‘Current’ と、アレンジのアイディアもいろいろ。
‘Egungun’ という曲名はヨルバ好きには気になるところだけれど、
なぜこのタイトル? 音楽はヨルバとはなんの関係もなさそうだけど。

全編アフロビートというわけではなく、
中盤にはエレピとギターが幻想的なサウンドスケープを描くインタールードに続き、
ネオ・ソウル調のジャジーなトラックもあり。
中盤の3曲は、マルチ奏者ルーカス・ザフィリスの作曲となっています。

そして後半はアフロビートのグルーヴがやや後退した、
アフロ・ジャズ・ファンク調のトラックとなっています。
‘Puaj’ でフィーチャーされるサイケデリックな楽器音は、
サリンがサンプリングした少数民族ニャークルの竹製口琴プアとのこと。
‘Being Here’ で演奏されている楽器はなんだろう? 弦楽器みたいだけど。

サリンの YouTube チャンネルの
“Behind the inspiration of Rammana”  を見ると、
イサーンの吊るし木琴ポンラーンや壺の打楽器ハイなども出てくるので、
これらもサンプリングで使われているのかもしれません。

ラストのタイトル曲はウラク・ラウォイッの民謡にインスパイアされて、
サリンとコンゴ系カナダ人パーカッショニストが作曲した曲。
「乾杯!」を意味する「マチャイヨ!(มาไชโย)」を連呼するキャッチーさがいい。
サリンがクリエイトしたタイ・アフロ・ファンク、これは世界にアピールしますよ。

Salin  "RAMMANA"  Salin  no number  (2025)

Lena  LEMONADE
コケティッシュな歌声にヤラれました。
アイドル的な発声に激しく拒否反応を示す当方ですけれど、
レナの小悪魔的な歌い口は、ノー・プロブレム。
澄んだ甘い歌声には、ジェネイ・アイコのラヴ・ソングに通じる
溜息のような官能がありますね。レナが幼児性を宿していない証しです。

紹介が遅れましたが、レナはヴェトナムから登場したシンガー・ソングライター、
昨年11月にリリースした本作がデビュー作です。
少女のようなルックスですけれど、すでに20代後半。
96年中部ドンハ生まれ。13年からYouTube でカヴァー・ソングを歌い、
19年にソロ・デビュー。多数のデジタル・シングルをリリースして、
5年を経てようやくフル・アルバム・デビューとなったんですね。

いやあ、それにしても、V-POPのクオリティには驚嘆させられますね。
アンビエントR&B・モードのスロウ・ジャムをベースとしたプロダクションは、
めちゃくちゃハイブラウ。しかもプロデュースをリナ本人が手がけているというのだから、
スゴくないですか。ノスタルジックなスウィング・ナンバーもあったりして、
その演出の見事さは、手練れのプロデューサーの仕事を思わせますよ。

楽曲はフックが利いていて、ヴァラエティもある。
ソングライティングの才も確かですねえ。
ソングリストを見ると、全12曲は3曲ずつ4章に分かれていて、
レナの頭文字、L、E、N、Aを冠した章題が付けられています。
それを見ると恋物語のさまざまな局面を表わしているようです。

6面パネル仕様のCDには、ブックレット2種、カード5枚、
ミニ・カード2枚が添えられていて、フィジカル制作への情熱が伝わってきます。
CD制作がどんどん後退する東南アジアのなかで、
ヴェトナムは最後の砦ですね。

Lena  "LEMONADE"  Hãng Đĩa Thời Đại  no number  (2024)

Soobin  BẬT NÓ LÊN
「ヴェトナムの藤井風」という紹介に、聴く前は鼻白んだものでした。
藤井のケタ違いの才能を知る者からしたら、
藤井風を持ち出せるような才能がそうそういるわけないだろと。

案の定、藤井風と比べるような器じゃないことは一聴瞭然でしたが、
なるほど藤井を持ち出したくなる理由もわかるような気がしました。
ソングライティングやメロディー・センスに、
藤井風と共通する作風を感じさせます。

スービンはヴェトナムのポップ/R&Bシンガーで、昨年出した本作がデビュー作。
とはいえ、すでに10年以上のキャリアがある人だそうで、もう32歳とのこと。
Z世代かと思ったらそうじゃなく、ひとつ上の世代なんですね。
声が良くて、素直な伸びやかさのある歌声にまず魅せられます。
エモーショナルに歌いながらデリケートなヴォーカル表現もできる人で、
雄弁な感情表現に才能を感じます。

そして藤井を思わせる作風は、予想外の転調を挿入するあたり。
とりわけバラードで、せつなさの表現であったり、
哀しみを癒す力を伝えようとする場面での転調が効果的で、
テンション・コード使いなどにも、藤井に通じるセンスの持ち主といえそうです。
ヴェトナム語と英語が無理なく融合するヴォーカル・スタイルは、
藤井うんぬんよりも、この世代が共有するグローバル感覚なんでしょうね。

ヴェトナミーズ・シティ・ポップの ‘Sunset In The City’ や、
メロディアスなラップを聞かせるトリンをフィーチャーした
ヒップホップR&Bの ‘Ai Mà Biết Được’ などを聴いていると、
香港や台湾など東アジアに親和性を感じるデリカシーを感じます。

無頼な藤井風のヴォーカルとはまるで違い、
歌い口はかなりセンシティヴで、悪いけどナイーヴといってもいいかも。
そこが女子ウケしそうな、アイドル的雰囲気もある人ですね。

Soobin  "BẬT NÓ LÊN"  SpaceSpeakers/Hãng Đĩa Thời Đại  no number  (2024)

Dayang Nurfaizah  JANJI
マレイシアのR&Bシンガー、ダヤン・ヌールファイザが
マレイ伝統歌謡に挑戦したのは思いもよらず、驚かされました。
続編まで出したところにダヤンの本気度が表れていましたけれど、
その続編 “BELAGU II” が大力作で、ドギモを抜かれましたね。
マレイシアから伝統歌謡がすっかり聞こえなくなっていた時期だけに、
このアルバムにはカンゲキしました。
もちろんその年の個人ベスト10にも選びましたよ。

あれから2年、化粧箱ボックスに収められた豪華な新作が届きました。
封入された17枚のカードには、ダヤンがさまざまなポージングで収まっていて、
どれもジャケットにするのにふさわしいフォト揃いなのに、
化粧箱の表には、あえてブレた写真をチョイスするという、
ディレクションのセンスに脱帽。
そんな写真のムードが暗示するかのように、
本作はなんとバラード・アルバムです。

いかにもマレイシアン・ポップらしい、哀感のあるバラード・ナンバーが揃っていて、
ダヤンの確かな歌唱力が発揮されています。
ちょっとクセのあるダヤンの歌いぶりは、つぶやくような歌の表情がとても豊かで、
歌の説得力を増すのに役立っていますね。

1曲目の ‘Hakikat Cinta’ がまさにそれで、
切々としたダヤンの熱唱にグッときてしまったんですが、
なんとこの曲、99年のデビュー作のオープニング曲だったんですね。
セルフ・カヴァーで再演した今回も1曲目に置くあたり、
きっと思い入れのある曲なのでしょう。

こういう作風って聴き覚えがあるなあと思ったら、ファウジア・ラティフや
シティ・ヌールハリザに提供していた作曲家アドナン・アブ・ハッサンの曲なのですね。
アドナン・アブ・ハッサンはダヤンの99年のデビュー作のプロデューサーでもあっただけに、
16年に亡くなったアドナンへの追悼の意も込められていたんでしょうか。

デビュー作での同曲を YouTube で聴いてみたんですが、ういういしさ満点。
こういう曲を歌うには、まだつたなさを感じさせる歌いぶりで、
やはり円熟した現在ならではの再演でこそ、この曲の良さが引き出されたと感じます。
伝統歌謡ばかりでなくバラードもいける、いまやR&Bシンガーの域を超えた、
マレイシアを代表するポップ・シンガーとしての器の大きさを示した作品です。

Dayang Nurfaizah  "JANJI"  DN & AD Entertaintment  no number  (2024)

Dzung  DZANCA
おー、ヴェトナムにもこういうギタリストがいるのか。
インドネシアのトーパティ・エスノミッションを思わせるエスニック・ロック・サウンド。
民謡をモチーフにコンポーズされたオリジナル曲は、
ヴェトナム音階のペンタトックをふんだんに取り入れていて、
そのメロディをヘヴィメタなギターがぎゅわんぎゅわんと弾き倒すというアルバム。

ヴェトナム人ギタリストでこんなハードなギターも弾ける人といえば、
大御所のグエン・レがいますけれど、
グエン・レはジャズを出自とするギタリスト。
トーパティも出発点は、ジャズですね。

それに対してズンは、正真正銘のロック・ギタリストなんですね。
経歴をみると、ズンことファム・ヴィエット・ドゥンは89年ハノイ生まれ。
16歳でファイナル・ステージというデス・メタルのバンドに参加して、
のちにバンド・リーダーとなり、18歳の時デビューEPを出しています。
ファイナル・ステージの成功で自信を深めたズンは、
11年にホーチミンに移住してハック・サンという
新たなプログレッシヴ・メタル・バンドを結成し、
さらに大きな成功を呼びました。

ハック・サンの活動と並行して、18年からソロ・プロジェクトを行い、
プログレッシヴ・メタルでワールド・ミュージック的展開を試みた
3作目の本作は、ヴェトナムの評論家筋から絶賛を浴びたそうです。
このアルバムには、ダン・バウ(一弦琴)、ダン・チャン(筝)
ティエウ(笛)を演奏する奏者が参加するほか、
ヴェトナムのビッグ・バンド、イエロー・スター・ビッグ・バンドや
多くのセッションにひっぱりだこのタイのロック・ギタリスト、
ジャック・タマラットが参加しています。

1曲目のイントロとラストのリプライズは同じ曲で、
ラストの方では、ズンがギター・フィムロンを弾いているのが聴きもの。
アクースティック・サウンドのゆらぎ音を全面に押し出し、
アルバム・タイトルを「ザンカー」(本来のスペルは dân ca )
すなわち民歌としたズンの心意気を感じます。

Dzung  "DZANCA"  Hãng Đĩa Thời Đại  no number  (2020)

Saigon Soul Revival  MỐI LƯƠNG DUYÊN
ついにこういうバンドが、ヴェトナムからも出てきましたか。
ホーチミンを拠点とするフランス人1名を含む5人組。
南ヴェトナム時代のサイゴンで流行したサイゴン・ロックをリヴァイヴァルさせようと、
バンド名まんまの企てを試みています。

ちょいとハスキーな女性歌手グエン・アン・ミンをフロントに立て、
ホーンズを含むタイトで引き締まったサウンドを聴かせていて、
なかなかに痛快なガレージ・ロックを繰り広げているんですよ。
19年にデビュー作を出していて、今作が2作目。
デビュー作もちょっと試聴してみたけど、今作の方が断然いいね。

仕掛人は、ホーチミンに12年以上在住するドイツ人DJのヤン・ハーゲンケッター。
サイゴン・スーパーサウンドから、戦前サイゴンのレアEPを
キュレーションしたコンピレを出していた人ですね。
一連のシリーズがお気に入りなら、サイゴン・ソウル・リヴァイヴァルはツボでしょう。

スカあり、ラテンあり、ロックンロールありのレパートリーで、
サウンドをローファイにするようなあざとい演出はなく、
クリーンな音質に仕上げたところは好感がもてます。
ヴェトナム民俗色をほのかに薫らせるダン・チャン(筝)、ダン・グエット(月琴)、
ダン・バウ(一弦琴)のさりげない使い方も嬉しいですね。

日本のカンボジアン・ロック・バンドのクマイルスや、
タイのハイ=ファイ・タイ・カントリーと対バン・ライヴやったら楽しそう。

Saigon Soul Revival  "MỐI LƯƠNG DUYÊN"  Saigon Supersound  no number  (2024)

Như Quỳnh  Yêu Anh Em Chẳng Còn Gì
ヴェトナムで1月4日に発売されたニュ・クインの新作。
前作は入手するまで2年もかかってしまいましたけれど、
今回は抜かりなく手はずを整え、発売9日後には手元に届きましたよ。

新作は3面パネルのデジパック仕様で、表紙裏には、
ニュ・クインのお姿を写した11ページにわたるミニ写真集とカードが付いています。
ヴェトナム盤らしい美麗な装丁ですね。

いやぁ、ニュ・クイン、ほんと素晴らしいですね。
声の落ち着きには円熟味を十分感じさせながらも、
透き通った発声の美しさは格別。
そして安定感のある丁寧な歌唱が、ヴェテランの風格を表わしています。
00年代の絶頂期を上回る完全復帰じゃないですか。

前作は、トゥン・チャウとハック・トゥアンの二人がアレンジしていましたが、
今作はトゥン・チャウ一人で、従来のトゥイ・ガのプロダクションに戻った感じ。
前作でサウンドに少し変化を感じたのは、
ハック・トゥアンという人のアレンジゆえか。トーイ・ダイの関係者でしょうか。

トゥン・チャウは、ニュ・クインの20年来の音楽監督とプロデューサーを務めてきた人。
クインの00年代のアルバムは、すべてこの人がプロデュースしていました。
トゥイ・ガ・センターの歌謡ショー、パリ・バイ・ナイトのメイン・アレンジャーです。

ダン・チャン(筝)と笛をたっぷりフィーチャーした1曲目のタイトル曲は、
トゥン・チャウ作の新曲。続く2曲目も新曲で、その後の8曲は
すべて旧南ヴェトナム時代(54-75年)に作曲された
黄色歌謡、あらためボレーロばかり。
相当の数のアルバムを聴いているぼくでも知らない曲ばかりで、
この時代にどれだけの数のラヴ・ソングが作られたのか、想像がつきません。
去年11月の入手以来、ヘヴィロテ中の前作ですけれど、
本作と連続聴きがしばらく続くことになりそうです。

ところで、本作も前作もヴェトナムのトーイ・ダイからのリリースで、
アメリカのトゥイ・ガからは出ていません。
トゥン・チャウのプロデュース作品なのだから、
トゥイ・ガから出ても不思議ないのに、なぜなんでしょうか。
アメリカのファンが置き去りにされちゃって、気の毒ですね。

Như Quỳnh "YÊU ANH EM CHẲNG CÒN GÌ"  Hãng Đĩa Thời Đại  no number  (2024)

May Thet Htar Swe, Banyar Han, Thoon (Thun)
もう1枚が、中央の女性歌手の後ろに、
男女の歌手が顔をのぞかせる構図のジャケットで、
真ん中に立っているのは、ひょっとしてメーテッタースウェ???

歌声を聴いて、すぐにそうとわかったけれど、
ジャケットの写真はずいぶんオトナっぽくなりましたねえ。
メーテッタースウェのアルバムを最後に聴いたのは、もう7年も前なのかあ。
このアルバムは23年に出たもので、それならメーテッタースウェは21歳。
そりゃあオトナっぽくもなるわけです。

才能あふれるローティーンの少女歌手が
次々と登場するミャンマー伝統歌謡シーンに、胸をときめかせたのも今は昔。
クーデター後のミャンマー音楽はブラックアウト状態が続いていましたが、
23年に新作を出していたとは朗報です。

本作はメーテッタースウェのソロではなく、
男性歌手のバニャーハンとデュエットする曲や、
女性歌手のトゥンがソロで歌う曲や
バニャーハンとトゥンがデュエットする曲が収録された伝統ポップ作。
バニャーハンもトゥンも伝統ポップのシンガーで、
バニャーハンはソーサーダトンとよく共演している人です。

新作を出していると知って、メーテッタースウェのサブスクをチェックしたんですが、
このアルバムの収録曲はシングルとしてあがっているものの、
アルバムとしては載っていませんね。単独作品じゃないからなのかな。
かわりに、同じ23年に “TAYAR NAR KYWA TAW MU PAR” という新作が出ていて、
試聴するとサイン・ワインをたっぷりフィーチャーした伝統歌謡アルバムじゃないですか。
うわぁ、これCD出てるのかなあ。なんとしても手に入れねば。

May Thet Htar Swe, Banyar Han, Thoon (Thun)
"MYAW LINT NAY TONE PYO PHONE HLAN KHAE PAI"
Man Thiri  no number  (2023)

Thxa Soe and Dj Jay  YAW THA MA MHWE
21年2月のミャンマー軍事クーデターから、はや4年。
軍と民主派勢力の衝突がいまも断続的に続いていて、
戒厳令の対象地域とはなっていないヤンゴン市内でも、
きわめて不安定な治安情勢が続いているようです。

こんな状況下では、CD新作が途絶えるのも当然で、
去年の暮れにミャンマー帰りの人が買い付けたCDも、
見知ったものばかりだったのには落胆しましたが、
2枚だけ見たことのないCDがありました。

その1枚がラッパーのターソーのアルバム。
その昔 YouTube で観てぶっとんで注目するようになり、
14年の“YAW THA MA PAUNG CHOTE” で夢中になった人です。
https://bunboni.livedoor.blog/2018-01-26

伝統音楽とエレクトロ・ヒップ・ホップを融合した
ターソーのようなミュージシャンは、まっさきに軍の標的となりそうで、
こんな情勢下でどうやって活動しているんでしょうか。
見覚えのないジャケットに、ひょっとして新作かと思いきや、
なんとこれが06年のデビュー作。おぉ、これが記念すべきデビュー作なのかぁ。

ターソーは洋楽コピーばかりのミャンマー音楽のポップスに絶望し、
真のオリジナルな音楽を生み出そうと、
留学先のロンドンでナッ信仰の精霊祭で演奏される伝統音楽を研究して
格闘していたんですね。サイン・ワインの音楽家たちに教えを乞い、
たどり着いたアイディアに関心を示したDJ・ジェイの助力を得て
完成させた、ミャンマー初のエレクトロ・ヒップ・ポップ・アルバムです。

ミャンマー音楽を深掘りしているギタリストの村上巨樹さんが昨年出した
『ミャンマーCDディスクガイド』(ローラーズ、2004)をチェックしたら、
ジャケットが色違いですけれど、このアルバムが載っているじゃないですか。
デビュー作という記載がないので、
村上さんもこれがデビュー作だと気づかなかったのでしょう。

村上さんのディスク・ガイドでは、アルバム名はサブ・タイトルの
“MYANMAR NAT DOE NINT ENGLISH ELECTRO PAUNG SAT MU”
と書かれていますが、タイトルはジャケット上部にでかでかと載っている
“YAW THA MA MHWE” で、Mixed という意味です。

ターソーがアルバムの曲を完成したものの、
アルバム・タイトルが決まらずに悩んでいたところ、火鍋を食べに行って、
さまざまな肉・魚介類・野菜を入れてかき混ぜるのを見て、
思いついたタイトルだそうです。
「ミックス」とはリミックスといった意味ではなく、
ガンボやチャンプルーと同義語の方だったんですね。

ミャンマー・レイヴ・カルチャーの起点となった記念作、
ようやく聴くことができました。

Thxa Soe and Dj Jay  "YAW THA MA MHWE"  Loop Hole  no number  (2006)

3月に母が亡くなり、今年はずっと遺品の処分に追われる日々でした。
母の遺品ばかりでなく、16年前に亡くなった父の遺品も残ったままなので、
その量は膨大。とりかかり始めは途方にくれました。

遺品整理業者にでも頼めば、あっという間に片づいてしまうんでしょうが、
やはり遺された者として、きちんと自分の目で確かめながら整理するのが、
最低限の弔いだろうと思ったんですよね。
可燃・不燃・粗大ごみを毎回限度いっぱいに出し続けるのも、
相当に骨の折れる肉体労働でしたけれど、
メンタルもけっこうやられるんだなという意外な気づきがありました。

両親が大事にしていた物を、片っ端から容赦なく捨てるのだから、
後ろ暗さがないといえばウソになります。
いずれ自分のコレクションも、なんていうことを考えると、
なんともやりきれなくて、気持ちが落ち込むんですよね。
なんとなく気が晴れなかったり、気分が滅入るのが、
遺品整理のせいだと気付くのには時間がかかりました。

もっとも遺品整理はそんなネガティヴな面ばかりでなく、
これまで知らなかった両親の生活や、
さらに祖父母や曾祖父について初めて知ることもたくさんあって、
懐かしい物から見たことのない物まで、
多くの物との再会や出会いによって、温かな気持ちにもなりました。
Toba statue 1979 slim size
北スマトラのトバ湖に浮かぶサモシール島で見つけた、
バタック人の祖先像もそのひとつ。
大学3年の時、江波戸昭先生の地域経済学ゼミで
トバ湖へ地域研究旅行に行ったさいに、
父へお土産として持ち帰ったものです。
この旅行については、前にも記事にしたことがありましたね。
当時サモシール島はまだ観光化されておらず、
この祖先像も古道具屋の真っ暗な倉庫の中から掘り出したんですよね。
すっかり忘れていたけれど、45年ぶりに見て
父が大事にしてくれていたことがわかりました。
なんだか懐かしくなって、
棚からトバのクリスマス・ソング集を取り出してきました。
Turman Sinaga  CHRISTMAS IN TOBA
インドネシアの伝統音楽レーベル、グマ・ナダ・プルティウィから出た企画アルバムです。
インドネシアでクリスマス・ソング?と不思議に思われるかもしれませんが、
トバに暮らすバタック人の多くは、
クリスチャン・バタック・プロテスタント教会(HKBP)に属する
プロテスタントのクリスチャンなのです。

ガラントゥン(木琴)、タガニン(太鼓のセット)、クルチャピ(2弦楽器)に
笛といったバタックの伝統楽器で、「ジングル・ベル」「サイレント・ナイト」ほか
数々のクリスマス・ソングを演奏するという珍品アルバムなんですよ、これが。
なんてほがらかで愛らしいクリスマス・ソングなんでしょうか。
コロコロとした響きや木笛の素朴な音色に、バタックの民族衣装が目に浮かぶます。

Turman Sinaga  "CHRISTMAS IN TOBA"  Gema Nada Pertiwi  CMNP192  (1995)

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