after you

bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

Searching for good music of the world

カテゴリ: 南ヨーロッパ

Matteo Mancuso  ROUTE 96
とてつもない才能のギタリストが登場しました!
96年シチリア島の州都パレルモに生まれた
ニュー・ギター・ヒーローの名は、マッテオ・マンクーゾ。
マッテオは、クラシックとフラメンコを折衷したようなフィンガー・ピッキングで
エレクトリック・ギターを弾くという、常識ハズレの奏法を編み出したのです。

YouTube で観て、わが目を疑いましたよ。こんなんアリかと。
デビュー作が出ていることを知ってすぐさま探したんですが、
まったく流通してないイタリア盤で、当然日本にも未入荷。
新作がまもなく出ることを本人のサイトで知り、さっそくイタリアにオーダーしました。

興奮しまくってネット検索しているうちに、なんと5月に来日するというニュースが。
ま・ぢ・か~~~とあわてて予約サイトにアクセスしたら、すでにソールド・アウト。
えぇ~? ひと月以上も前なのにい???
はぁ~。これほどの才能、みんな観たいよねえ。あぁ、情弱な自分が恨めしい。

すっかり落胆していたところに、プリ・オーダーしていた新作がイタリアから届きました。
来日記念で日本盤も出るみたいだけど。
ふん、ワタシャ、オリジナル盤しか買わんのだよと、誰に向かって八つ当たりしてるんだか。
新作が届くまで YouTube 観まくりましたけれど、
ベースのような構えの右手のフィンガリングで、
どうしてこれほど高速に弾けるんでしょうねえ。両手を使って縦横無尽に弾きまくる
トリッキーなプレイに、ただただ目が点になるばかり。

あまりにインパクト大な映像の後で音だけ聞くCDでは、印象が変わるかと思いきや、
そんなことは全然なくて、やはり驚異的と言うほかありません。
たっぷりとした太めの音色でフレットボードを駆け巡る高速プレイが、
ロック、プログレ、ジャズ、フュージョンが入れ替わり立ち代わりのトラックで全開。
この人のギターには、ジョー・サトリアーニもジェフ・ベックもジョン・マクラフリンも
アラン・ホールズワースもアル・ディメオラも、みんな詰まってるなと実感しますね。

そうしたギター・レジェンドたちのテクニックが消化されているうえで、
マッテオの個性がきちんと確立されているんだから、無敵ですよ。
なにより一音一音のクリアなトーンに、伸び盛りの才能が溢れ出ていますね。
圧倒的な指弾きのテクニックでリスナーを驚かせるばかりでなく、
メロディアスなテーマや、素晴らしくよく歌う即興のフレージングの美しさにも感動します。

パスクァーレ・グラッソといい、なんでイタリアからこんなユニークな才能が頻出するのか。
ギターの概念を塗り替えたマッテオの独創的な奏法は、
技術が音楽の表現を塗り替えるパラダイム・シフトそのものでしょう。
こんな事件を目の当たりにするのは何十年に一度の出来事で、興奮冷めやりません。

Matteo Mancuso  "ROUTE 96"  Music Theories Recordings  MTR77632  (2026)

Pasquale Grasso  PASQUALE PLAYS DUKE  Pasquale Grasso  BE-BOP!
21世紀も四半世紀を迎え、ジャズの風景がすっかり変わってしまった今になって、
40~50年代のスタンダートやビバップをレパートリーにしたジャズ・ギタリストだなんて、
聴く前は誰もがいぶかしく思いますよねえ、イマドキ。
はい、私もその一人でしたよ。で、聴いてみたら、
音楽性は超保守的といえるオーセンティックなジャズ・ギター。

ものすごいテクニックの持ち主だってことは、すぐさまわかるんだけど、
じっくり聴いてみると、なんかヘン。ダビングしているはずはないのに、
ソロに複数のラインや不可思議な音がいっぱい出てくる。
これ、いったいどうやって弾いてんだ???
初来日してくれたので、確かめに行ってきましたよ。
8月26日、ブルーノート東京セカンド・ショウ。

ご本人登場して、ギターを構えて、えっ!と思いました。
右腕の構え方が、クラシック・ギターのスタイルなんですよ。
指にはめたフィンガー・ピックで弾いていて、最初は目の前で出てくる音と、
左指・右指の動きが頭の中で同期しなくて、混乱しまくりました。

何曲か凝視し続けて、だんだんわかってきたのが、
あの複数のラインの謎は、クラシックのフィンガリングを駆使してるからだということ。
右手のクラシック・スタイルのフィンガリングと、左手のジャズ・ギターの運指のフォームを
融合させるという、超ユニークな奏法を編み出したんですね、この人。
このスタイルでオルタネイト・ピッキングもやれば、スウィープも平然とやってのける。
フィンガー・ピックでこんなことできるんだ!と驚愕。

あと観ていて惚れ惚れしたのが、ながーい左指のアクロバティックな使い方。
小指がものすごく長くて、
どんだけ伸びるんだというくらい離れたフレットまで届くんですよ。
かつてタル・ファーロウの綽名だったタコは、
いまやパスクァーレ・グラッソにこそふさわしいと思いましたね。

革新的な奏法に比べて、ソロの組み立てはドミナント・モーションを中心とした
オールド・スクールなスタイル。ホール・トーン使いが特徴なのかな。
対位法のラインを同時に弾くのは、クラシックの技法ですよねえ。
弾き方もメロディ・ラインを美しく弾くクラシックなスタイルで、
パーカッシヴになったりすることがありません。

ちなみにギターはアンプ直結(フェンダーでした)。
トレブルを絞ってミドルを豊かにした音作りで、スモーキーなサウンドがたまりません。
 'These Foolish Things' の演奏前半で弾いたソロでのメロディの歌わせ方なんて、
ほんと素晴らしかったなあ。
あの夜のハイライトは、'Just One Of Those Things' で聴かせたソロ。
32分音符が連続する高速のロング・ソロは圧巻でした。

懐古趣味とも受け止められかねない、古いジャズの音楽性であっても、
これほど革新的な演奏法がクリエイトされているということに、ただただ驚いた夜でした。

Pasquale Grasso  "PASQUALE PLAYS DUKE"  Masterworks  19439907672  (2021)
Pasquale Grasso  "BE-BOP!"  Masterworks  19658721632  (2022)

Batida  Dance Mwangole
プリンシペのオムニバス2CD “NÃO ESTRAGOU NADA” を聴いているところに、
https://bunboni.livedoor.blog/2025-06-22
アフロ・ポルトゥギース・エレクトロニック・ミュージックの先駆けといえる
バティーダの09年デビュー作を発見するとは、なんか呼ばれてる気がしますねえ。

バティーダは、アンゴラ生まれリスボン郊外育ちの
DJムプラことペドロ・コクナーンのプロジェクト。
12年にUKのサウンドウェイから出たインターナショナル・デビュー作で
広く知られるようになりましたけれど、このポルトガル盤が
サウンドウェイ盤のベースとなった作品で、同じ曲も多数収録されています。

ちなみに、日本ではもっぱら「バチーダ」と表記されてますけれど、
'ti' 'tu' を「チ」「ツ」と書くのは、ブラジル語特有の発音です。
ポルトガル語圏では'ti' 'tu' は「ティ」「トゥ」と発音するので、「バティーダ」と書きましょう。

サウンドウェイ盤でインターナショナルに紹介されたものの、
新種のトロピカル・クラブ系ベース・サウンドといった受け止めで終わってしまったのは、
チープなアートワークが災いしたんじゃないのかな。
そんな風に思えるのも、ポルトガル盤のグラフィックはストリート感が強烈で、
デジパック内の写真には 'GHETTO' の文字がたっぷりと踊っていて、
アフロ・ポルトゥギース・コミュニティのメッセージがびんびんと伝わってくるからです。
Batida  Dance Mwangole  Inner
アンゴラ音楽のルーツが欠けているクドゥロに批判的だったペドロ・コクナーンは、
ブラカ・ソム・システマがアンゴラにも浸透していくのを横目にしながら、
よりシーンを豊かにするために、アンゴラの70年代クラシックを取り入れようと考えます。
ヴァレンティン・デ・カルヴァーリョのアーカイブから探し出した
70年代センバのサンプルを取り込んで制作したのが、本デビュー作なのですね。

いわば「ニュー・スクール・オヴ・クドゥロ」を目指したバティーダの試みは、
インターナショナル・シーンではダンス・ミュージックとして消費されるだけでしたけれど、
リスボン郊外ゲットー発アフロ・ポルトゥギース・エレクトロニック・ミュージックの
嚆矢だったといえるんじゃないでしょうか。
Batida  Neon Colonialismo
ペドロ・コクナーンがバティーダに込めた反植民地主義のメッセージは、
22年のクラムド・ディスク盤でよりクリアに示されましたね。
アンゴラばかりでなく、広くルゾフォニア圏に拡張して、
リア・ジ・イタマラカーまで登場するのには驚きました。
そしてブランコと組んだ 'Eléctrico' もあります。

ペドロ・コクナーンはバティーダの活動のほか、
ラジオの放送作家やヴィデオ制作の映像作家としても活躍していて、
21年には短編映画 “O Princípio, O Meio, O Fim e o Infinito” を
発表しています。

なかなか入手できなかったバティーダのデビュー作をいま発見できたのも、
デイノ・ディサンティアゴとブランコの取材に続き、プリンシペの新作リリースと、
アフロ・ポルトゥギース・エレクトロニック・ミュージックが
何か自分に示唆しているのを感じずにはおれません。

Batida  "DANCE MWANGOLÉ"  Farol Música  FAR91826  (2009)
Batida  "NEON COLONALISMO"  Crammed Discs  CRAM316  (2022)

NÃO ESTRAGOU NADA
リスボンのエレクトロニック・ミュージック・レーベル、プリンシペが珍しくCDリリース。
このレーベルは基本フィジカルを作らないので、これは貴重ですよ。
プリンシペに所属するさまざまなDJのトラックをコンパイルしたCDを
以前紹介したことがありましたが、本作はそれに次ぐ第2弾。

2枚組全38トラック。
2010年からの未発表曲を詰め込んだアーカイヴ集となっています。
全トラック、すべて違う名前のDJ名がクレジットされているので、
各アーティスト1曲ということになりますね。
それでいてこの統一感は、このレーベルに集うDJのサウンド志向が
いかに共通しているかを物語っています。

サウンドの特徴は、第一にパーカッション・ミュージックを
エレクトロニック・ミュージックにトレースしていること。
ビート・メイキングとウワモノといった二重構造になっていないところが、
ハウスとの大きな違い。パーカッシヴな音をレイヤーしているので、
鍵盤で押さえたコードのハーモニーをレイヤーさせるハウスとは違い、
音の隙間が多く、スカスカなサウンドにも聞こえます。

第二にポリリズムを追求していること。
ビート・メイキングがめちゃくちゃ手が込んでいて、
ハウスの四つ打ち的な単調さとは、まるで無縁。
どこまで作り込んでいるのかと呆れるばかりで、
凝りまくったビート・メイキングが生み出す、
つっかかるようなビートだったり、ギクシャクしたビートが、
生演奏と変わらないグルーヴを巻き起こします。

第三にパーカッションのサンプリングの執着。
ハウスやテクノのようにシンセ音をレイヤーするのではなくて、
低音から高音までさまざまな音域のパーカッションのサンプリングが出入りして
鳴らされて、そこにシンセ・ベースと絡みあうんですね。
ンンセ・ベースの音がバラフォンの低音板の音のように聞こえたりと、
どこまでもアフリカ音楽由来を感じさせる響きを持っています。

たとえば曲名にサンバが謳われている ‘Samba no Pé (Dedicação ao Lilocox)’ は、
フリジデイラやクイーカのようなパーカッションの音がサンプリングされて、
サンバぽいイメージを喚起させるものの、
リズムは4分の2拍子ではなく4分の4拍子で、脱構築したサンバといったもの。

生演奏をビート・メイキングにトレースするセンスで生み出される
プリンシペのアフロ・ポルトゥギース・エレクトロニック・ミュージックは、
パーカッション・ミュージックに目のない自分にとって、恰好の音楽。
クドゥロにまったくノレなかった当方ですけれど、これはドハマリでした。
Buraka Som Sistema Komba
そういえば、先月ディノ・ディサンティアゴをインタヴューした時に、
同席したブランコ(元ブラカ・ソム・システマのDJ)に
プリンシペについて聞いてみたんだけれど、なぜか反応は薄かったなあ。
マルフォックスのことは評価していたみたいだけど、
掘り下げた感想が聞けなかったのは残念でした。

余談ついでに、前回の記事でペドロ・コスタ監督の大傑作『ヴァンダの部屋』を
持ち出しましたが、奇しくもいまユーロスペースで、
ペドロ・コスタ監督の初期3作の4Kレストア版が公開中。

アフロ・ポルトゥギース・エレクトロニック・ミュージックの見本市ともいうべき2CD、
極上です。

v.a. "NÃO ESTRAGOU NADA"  Príncipe  P066  (2025)
Buraka Som Sistema  "KOMBA"  Enchufada  ENCD015  (2011)

Lucia Fumero FOLKLORE I & II
バルセロナから若い才能が続々と登場していて、
カタルニアのミュージック・シーンが活気づいているみたいです。
いろいろ聴いてはみたものの、アルゼンチンのネオ・フォルクローレに似た
芸術性の高いアーティストばかりで、どうもぼくの求めるタイプの音楽ではなさそう。
目ン玉飛び出る金額でスペインから取り寄せたのに、ガッカリなんですが、
これはイイかもという一枚に出会えたのが、かろうじての救いでした。

それがジャズ・ピアニスト/ヴォーカリスト、ルシア・フメロの作品。
アルゼンチン出身のジャズ・ベーシスト、オラシオ・フメロの娘さんだそうです。
ガトー・バルビエリとの共演をきっかけにヨーロッパへ渡ったオラシオ・フメロは、
ジュネーヴの音楽院で学んだあと、
バルセロナに定住してテテ・モントリューとともに活動し、
フレディー・ハバード、ジョニー・グリフィン、ウディ・ショウなどと共演してきました。

バルセロナで生まれたルシアもジャズを志して、バルセロナとロッテルダムで
ジャズとクラシックを学び、20年に父娘の共演でデビュー作を出したそうです。
それから4年を経て出した本作は、『フォルクローレ』と題した全16曲に及ぶ大作。
デジタル・リリースでは第1集と第2集に分かれていますが、
フィジカルはCD1枚にすべて収められています。

ルシアの音楽的ルーツと学び取ってきた音楽を、
作曲家、ピアニスト、歌手として具現化してみせた、
シンガー・ソングライター的作品なんですね。
ジャズとクラシックの基礎のうえに、アルゼンチン、ボリビアほか南米のフォルクローレ、
キューバのダンソーン、モロッコのグナーワなどの養分が溶け込んでいるのが聴き取れます。

フアン・R・ベルビンのドラムスとパーカッション、
マルティン・レイトンのベースのトリオを中心に、
クラリネット、サックス、トロンボーンが少し加わる程度の音数の少なさがいいですね。
シロウトぽいルシアの甘い歌声には素朴さがあって、肩がこりません。

さまざまな音楽要素をクロスオーヴァーしたり、ミクスチャーしているという感触はなく、
咀嚼した音楽を無理なく提示しているところに、感心させられます。
さまざまなアイディアが凝らされているのには違いないんですが、
アイディアが自己主張しないので、これ見よがしにならないんですね。
高度に知的な音楽なのにさりげなくって、軽やかさと風通しの良さがある。
才気が表に出ない、そんなところが気に入りました。

Lucia Fumero "FOLKLORE I & II" Seed Music  SEEDJAZZ006  (2024) 

TIVOLI 62
今年の初記事にしたアマリア・ロドリゲスのポルトガル初録音に続いて、
ライスが配給してくれたヴァレンティン・デ・カルヴァーリョの復刻作が、
62年11月29日に開催された記念式典のドキュメント。

それはリスボンの老舗劇場ティヴォーリで、
戦前ファドの大物フィリペ・ピント(1905-68)の功績を讃えた式典で、
そのコンサートのごく一部が復刻されたんですね。
CD化されるまでお蔵入りだった、初復刻の音源です。

それにしても、ポルトガル盤の配給事情の悪さは、絶句もんですね。
アマリア・ロドリゲスの “NO CHIADO” が出たのが14年で、
今回の “TIVOLI 62” は15年と、10年も前に出ていた作品。
今回ライスが配給するまで、まったく気付きませんでした。

当方がボンクラということを差し引いても、
いちおうアマリア・ロドリゲスの熱烈ファンにもかかわらず、
こんな作品がリリースされていたことが10年もアンテナに引っかからないほど、
ニュースにも話題にもなっていなかったのだから、
驚きを通り越して、呆れるほかありません。

さて、その式典に参列して歌ったのは、CDの収録順に挙げると、
フェルナンド・ファリーニャ、ルシーリア・ド・カルモ、アルフレード・マルセネイロ、
アマリア・ロドリゲスという錚々たる面々。
ほかにもアルトゥール・リベイロ、マックス、セレステ・ロドリゲス、
エウジェニア・リマ、マヌエル・フェルナンデスというファディスタも参加したそうですが、
CDには収録されていません。
Filipe Pinto  EP
フィリペ・ピント本人も1曲だけ歌っていて、
それが偶然にもぼくがゆいいつ持っているフィリペ・ピントのレコードで、
60年に出したEPに収録されていた ‘Desespero’。
フィリペ・ピントの歌は晩年のこのレコードしか聞いたことがなく、
往時の戦前録音がLPやCDにまとめられたことは一度もないようです。

ファド・ファンにとっては、ルシーリア・ド・カルモや
アルフレード・マルセネイロの歌声が聞けるのもたまらないんですが、
アマリア・ロドリゲスの歌いぶりはもう神がかりですね。
このコンサートは、アマリアの大名作で俗に『ブスト』と呼ばれる
アルバムがリリースされたのと同じ年。

このアルバムにも収録され、のちにアマリアの代表曲となった名曲
‘Estranha Forma De Vida’ を1曲目に歌うんですが、
歌い出しの一節で金縛りにあいました。
駆け上っていくハイ・トーンがもう圧倒的。
発声のエネルギーに、惚れ惚れとするばかりです。
アルバム後半はアマリアの独壇場。
これまで未発表だったというのが理解に苦しむ、珠玉の録音集です。

Fernando Farinha, Lucília Do Carmo, Alfredo Marceneiro, Filipe Pinnto, Amália Rodrigues
"TIVOLI 62: ESPECTÁCULO DE HOMENAGEM A FILIPE PINTO  29 DE NOVEMBRO DE 1962"  Edições Valentim De Carvalho  0355-2
[EP] Filipe Pinto  "FILIPE PINTO"  Columbia  SLEM2072  (1960)

Amália Rodrigues  NO CHIADO
アマリア・ロドリゲスのポルトガル本国での初録音!

アマリア・ファンにはよく知られているとおり、
アマリアのデビュー録音は45年にブラジル滞在中のリオで行われ、
その後も海外でレコーディングすることはあっても、
本国のポルトガルでは51年になるまで録音がありませんでした。

本国での録音が遅れた理由が、レコードを出してファド・ハウスに
聴きに来る客が減るのをおそれたという説がかつて流布していましたけれど、
当時すでに名門ファド・ハウスのカフェ・ルーゾにレギュラー出演して、
海外公演を行うほどの有名歌手となっていたアマリアにとっては不自然な話で、
じっさいは、ポルトガルには録音設備の整ったスタジオがなく、
レコード産業も貧弱だったというのが真実のようです。

リスボンの繁華街シアードにあった
ヴァレンティン・デ・カルヴァーリョのレコード店の2階に録音スタジオが作られ、
51年6月に録音したのが、アマリアのポルトガルでの初録音。
本2枚組アンソロジーには、この51年の初録音のほか、
53年と54年に録音された音源を含む
多数の未発表曲/ヴァージョンが収録されています。

60年代の全盛期の歌唱と比べるとだいぶ違った、
まさしく原石というべき、登り盛りの血気盛んな歌いぶりを楽しめます。
未発表録音ということで話題を呼びそうなのが、ピアフの「バラ色の人生」。
ディスク2の1曲目とリハーサル録音がラストに収録されています。
Amália Rodrigues  ABBEY ROAD
でも、ぼくが注目するのはシャンソンより、サンバ。
おっと思ったのが、アントニオ・アルメイダ作のサンバ ‘Ai, Ai, Ai Meu Irmão’ です。
この曲は52年のロンドン、アビー・ロード・スタジオでも録音していて、
92年にリイシューCD化された “ABBEY ROAD 1952” で初めて
サンバを歌うアマリアを聴いて、衝撃を受けたのが忘れられません。
このアビー・ロード録音ではルピシニオ・ロドリゲスの ‘Vingança’ も歌っていて、
アマリアの強く張りのある声で歌うサンバに、ノック・アウトを食らったものです。

その前年となる51年の録音では、がらっと雰囲気が違っていて、
軽くスウィングするようなリズムで歌っているんですね。
ささやくように歌ったりするパートもあって、
アマリアが録音のたびにさまざまな表情を試していたことがよくわかります。

そして瞠目したのが、ジェラルド・ペレイラの ‘Falsa Baiana’ です。
この曲はアマリアが45年にリオで録音しているんですが、
この曲だけ未復刻でずっと聴くことができなかっただけに、快哉を叫びました。

51年にもこの曲を再録音していたんですね。
‘Ai, Ai, Ai Meu Irmão’ は、ラウール・ネリの伴奏でしたけれど、
‘Falsa Baiana’ はマデイラ出身のピアニスト、ソニー・アマラルのラテン楽団の伴奏で、
ピアノ、ベース、エレクトリック・ギター、パンデイロという編成。
サンバのリズムへのノリもバツグンで、やっぱりさすがアマリアです。

Amália Rodrigues  "NO CHIADO"  Edições Valentim De Carvalho  SPA0349-2
Amália Rodrigues  "ABBEY ROAD 1952"  EMI  077778119524

Jorge Reis.jpg

リスボンのCDショップからルゾフォニアのCDをいろいろ取り寄せた中で、
一枚だけポルトガルのジャズがありました。
アルト/ソプラノ・サックス奏者ジョルジェ・ルイスという人のリーダー作で、
ギター、ベース、ドラムスとのカルテット編成によるモーダル・ジャズ。
地味な作品なんですけれど、これがなかなか聞かせるんです。

曲がすごくいいんですよ。ジョルジェ・ルイスのオリジナルを中心に、
メンバーのギタリスト、アンドレ・フェルナンデスの曲に、
ジャズ、ポップス、映画音楽と多方面で活躍するポルトガルの実力派ピアニスト、
ジョアン・パウロ・エステヴェス・ダ・シルヴァの曲、
デイヴ・ダグラスの曲を1曲づつ取り上げています。

全曲穏やかなテンポの曲ばかりで、派手さのない控えめなメロディには、
独特の余韻があります。どの曲も謎めいたムードがあって、
ひそやかに紡がれるジョルジェ・レイスのソロは、
そんなに才気を感じさせないものの、妙に耳残りします。
むしろハッとするプレイを聞かせるのは、ギタリストのアンドレ・フェルナンデス。

アンドレ・フェルナンデスは、ポルトガルのジャズ・レーベル、
トーン・オヴ・ア・ピッチを主宰し、16年にエディションからリーダー作も出すなど、
100作を超す作品に名を残すポルトガルのジャズを代表する人とのこと。
ふわふわと浮遊するサックスのソロと、くぐもったトーンのギターが
絶妙な相性を示して、アルバムのサウンドに統一感をもたらしています。

ジョルジェ・レイスは、クラシック畑からジャズへ転向したプレイヤーだそう。
14年に55歳で亡くなっていて、リーダー作はこのアルバム1作のほかは、
死後に出たもう1枚があるだけのようです。
20年以上も前の作品ですけれど、すでに当時から
ポルトガルのジャズ・シーンの質が高かったことを知れる一枚です。

Jorge Reis "PUEBLOS" Tone Of A Pitch TOAP004 (2003)

Hiram Salsano  BUCOLICA.jpg

緑豊かな丘の上で、ダンス・ポーズをキメた女性。
曲の最後なのか、両手を高く上げ、
左手にタンバリン(タンブーリ・ア・コルニーチェ)を掲げています。
後ろのすみっこに小さく写っているのは犬かと思ったら、
歌詞カードを見ると、どうやら羊のよう。

南イタリア、カンパーニャ州チレントから登場したイーラム・サルサーノは、
故郷の山岳地帯に伝わる伝統音楽を今に継承する人。
チレント地方は同じ南イタリアでも、ピッツィカやタランテッラが盛んな
サレント半島とは反対側の南西部にあり、ピッツィカやタランテッラ以外に、
さまざまな土地のリズムがあることを、このデビュー作が教えてくれます。

全曲伝承歌で、イーラム自身がアレンジしているんですけれど、
みずからのヴォイスをループさせてドローンにしたり、
ヴォイスを使ってさまざまなビート・メイキングしているところが聴きどころ。
現代のテクノロジーを駆使して、伝統音楽を現代の音楽として
受け継ごうとする彼女の意志を感じます。

1曲目の ‘Otreviva’ では、口笛による鳥のさえずりに始まり、
イーラムのヴォイスをループさせたドローンのうえでイーラムが歌い、
タンバリンが三連リズムを刻み、アコーディオンがリズム楽器として重奏して、
厚みのあるピッツィカのグルーヴを生み出しています。

演奏はタンバリンを叩くイーラムと、
アコーディオン兼マランツァーノ(口琴)奏者の二人が中心となり、
曲によって、サンポーニャ(バグパイプ)、チャルメラ、キタラ・バッテンテ
(複弦5コースの古楽器)を操る奏者とウード奏者とドラマーが加わります。
2拍3連のダンス曲もあれば、ゆったりとした3拍子あり、
ドラムスが入ってレゲエ的なアクセントを強調する曲もあって、
多彩なリズムが聴き手を飽きさせません。

ハリのあるイーラムの歌いぶりに飾り気がなく、土臭さのあるところが花丸もの。
アイヌのウコウクやリムセを思わせる歌もあり、
口琴まで伴奏に加わると、ますますアイヌ音楽みたいに聞こえて、
とても楽しいです。

Hiram Salsano "BUCOLICA" no label HS001/23 (2023)

CGS Canzoniere.jpg CGS Meridiana.jpg

カンツォニエレ・グレカーニコ・サレンティーノを日本で観れるとは!

以前カンツォニエレ・グレカーニコ・サレンティーノ
(以降CGSと略します)の記事を書いたとき、
山岸伸一さんが「今一番ナマで聴きたいグループです」とおっしゃっていましたが、
よくぞ呼んでくれました。MIN-ONとか労音じゃないところが、拍手喝采もんだな。
https://bunboni.livedoor.blog/2018-01-24
https://bunboni.livedoor.blog/2022-01-31
関東は三鷹と所沢の2公演で、どちらも家からの所要時間は変わりないので、
初体験の所沢市民文化センターミューズで観てきたんですが、立派な会場で驚きました。

幕が開いて、いきなりタンブレッロ(タンバリン)から叩き出される、
重低音の高速ビートにシビれましたよ。
マルコス・スザーノの重戦車と形容されるパンデイロをホウフツさせます。
ピッツィカやタランテッラのスタッカートの利いた三連2拍子に、
シートでじっとなんかしておれず、身体がずっと揺れ続けました。

CGSは、南イタリア、サレント半島の伝統音楽ピッツィカを伝承してきた
古参グループですけれど、そのステージに土俗性は存外に薄く、
しっかりアレンジされているし、曲のサイズもコンパクトなんですね。
海外の観客向けに、自分たちの音楽の魅力をアピールする構成を作り上げていて、
海外公演やフェスティヴァルでの経験の豊富さがうかがえるパフォーマンスでした。

音響の良さも彼らのライヴ・パフォーマンスを引き立てていましたね。
ヴォーカルにエフェクトがかけられた場面があって、あれっ?と思いましたが、
ステージ上で操作している様子がなかったので、PA卓での操作でしょう。
サンプラー使いをする場面もあったので、PAによる音出しであることは間違いありません。
コンサート最後に、リーダーのマウロ・ドゥランテ(写真中央)が
エンジニアの名前もあげて紹介していたので、
ステージを作る重要メンバーの一人だということがわかります。

ヴォーカルは男性3人、女性1人が担っていましたが、
各人それぞれの声のカラーが異なっていて、グループの彩りを豊かなものにしていました。
明るく晴れ晴れと歌うブズーキ兼ギター奏者エマヌエーレ・リット(写真一番右)と
土臭さたっぷりの野趣なノドを聞かせるジャンカルロ・パリャルンガ(写真一番左)の
対照的な歌声が交互に歌われる場面が聴きもので、
アレッシア・トンド(写真右から3人目)の、
近所のお姉さん的な親しみのわく庶民的な歌いっぷりも良かったなあ。

ローカルな民俗音楽の本質を歪めることなく、コンテンポラリーな感覚も取り入れて、
インターナショナルへと伝えるCGS、楽しかったぁ!

CGS @ Tokorozawa.jpg

CGS (Canzoniere Grecanico Salentino) "CANZONIERE" Ponderosa Music CD142 (2017)
CGS (Canzoniere Grecanico Salentino) "MERIDIANA" Ponderosa Music CD151 (2021)

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