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bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

『ミュージック・マガジン』7月号にディノ・ディサンティアゴのインタヴュー記事を寄稿しました。ぜひお読みください。

カテゴリ: 中東・マグレブ

20241007 Gnawa 1.jpg

モロッコからグナーワの音楽家が3人来日して、
横浜元町でリラの夜を再現するというのだから、ちょっとびっくり。
イヴェント情報に疎くって、たいてい事後に知り地団駄踏むのが毎度なので、
事前に情報をキャッチできたのはラッキーでした。

来日するのは Younes Hadir、Karim Bazzi、Ahmed Baska という3人で、
知らない名前ばかり。ネット検索してみると、Younes Hadir のフェイスブックに、
ラッパーみたいなヒップ・ホップ・ファッションの兄ちゃんが出てきて、
別人かと思ったらどうやら本人らしい。メンバーで一番若そうにみえたが、
これでグナーワ名人マアレムの称号を持っているというんだから、わからないもんだなあ。

20241008_Gnawa Halwa.jpg

Karim Bazzi は、モロッコ文化をプロモートする非営利団体
アソシエーション・オヴ・ピュア・エナジー・モロッコ(APEM)の主宰者とのこと。
3人のうちゆいいつの黒人の Ahmed Baska を検索すると、
グナーワ・ハルワのCDジャケットが出てきた。
え!これ持ってるぞ、と棚から取り出したら、ジャケット写真の中央に
Ahmed Larfaoui "Baska" と書かれて映っているのが彼らしい。
イヴェント当日にCDを持参して確かめたら、間違いなくご本人。
「なんでこんな昔のCDを持ってるんだ!」とアフマドがめちゃ喜んで、
ほかの2人も「見せて、見せて!」と大騒ぎになりました。

イヴェントは、カリム・バジの短いMCで始まり、
ゲンブリを弾き歌うユネス・ハディールと、
カルカベとコーラスを受け持つカリム・バジとアフマド・バスカの3人に、
日本人グナーワ演奏家の山田一博と朝倉佳恵がカルカベでサポートします。
そこにサプライズ・ゲストで、セネガルの4人が参戦。
2週間前に日本ツアーを終えたばかりのグリオ・シンガー、サリウ・ニングに、
https://bunboni.livedoor.blog/2017-02-04
サリウのバンドでタマを演奏するママ・ンジャイとダンサーが2名。
サリウはジェンベを演奏していました。

20241007 Gnawa 2.jpg

エッサウィラのグナーワ・フェスティヴァルでドゥドゥ・ンジャイ・ローズと共演するのを
ヴィデオで観たことがあり、グナーワとセネガルの親和性を感じたものですけれど、
じっさいこのイヴェントでもゲンブリとタマが掛け合う即興は、見事なものでした。
あと気付いたのが、ゲンブリのフレーズに合わせて、
アフマド・バスカが足のステップをぴたり合わせてダンスしてみせたところ。
足を踏むリズムがゲンブリのフレーズと一緒だとは、これは生を観ないとわからない。
タップと違って、足をぎゅっと踏みつけるようなステップが興味深かったです。

会場のクリフサイドというハコも、秀逸でした。
終戦の翌46年に建設された山手舞踏場というダンスホールだったそうで、
風合いのある社交場というしつらえは、リラの夜の儀式の演出にぴったりでした。
横浜元町というロケーションも良かったなあ。

あえて苦言を呈するなら、
単にグナーワを演奏するだけのコンサートではなく、
「灌頂儀礼」という冠のあるイヴェントを企画したのにも関わらず、
リラの儀式の解説や紹介などがいっさいなかったこと。
楽しく踊って、ちょっと風変わりな国際交流の体験気分を味わうだけでいいの?
宗教儀礼をエキゾティックな興味だけで消費してしまう態度は、
異国文化への敬意を欠いてはいませんかね。

Gnawa Halwa "RHABAOUINE" Blanca Li 08662-2 (1994)

Mohamed Najem  JAFFA BLOSSOM.jpg

イスラエルのジャズは盛リ上がっているけれど、パレスチナのジャズというと、
ピアニストのファラジュ・スレイマンぐらいしか耳にしないなと思っていたところ、
クラリネットとネイを吹くムハンマド・ナジェムという人を知りました。

84年エルサレム生まれ、ベツレヘム近郊の村で育ったというムハンマド・ナジェムは、
ラマラのエドワード・サイード国立音楽院でクラリネットとネイを学び、
その後フランスへ音楽留学し、アンジェ地方音楽院を卒業した経歴の持ち主。
そんなキャリアを反映するかのように、
アラブ音楽とヨーロピアン・ジャズが溶け合った音楽を聞かせてくれます。

ナジェムはパレスチナ帰国後、青少年オーケストラで演奏活動をし、
05年にはパレスチナの音楽コンクールのアラブ音楽部門で優勝を獲得。
その後14年にパリへ渡って本格的なソロ活動をスタートさせ、
15年にデビュー作を出したようですね。

今年出た新作は、このデビュー作に収録された9曲のうち
6曲を再録音したもので、アルバムの半数を占めています。
メンバーは16年に結成したクレマン・プリオール(p)、アルテュール・エン(b)、
バティスト・カステ(ds)というフランス人ミュージシャンで固めたカルテットに、
数曲でパレスチナ人ウード奏者のユセフ・ザイードと、
ハーモニカのトマス・ローレンが演奏に加わっています。

タイトルのヤッファとは、テルアビブ南部の地中海に面した港町。
ヤッファはナジェムの祖父の生まれ故郷で、ナジェムはヤッファに行ったことはないもの、
祖父から古代都市の歴史物語を聞き、特別な存在の地になったそうです。

ナジェムのコンポジションは、とてもメロディアスで親しみやすいですね。
けっしてシリアスではないんだけれど、謎めいたところがあるのが魅力。
たとえば ‘If You Want’ なんて、スローでじっくりと始まるんだけど、
途中転調してフリーに暴れるかと思えば、その後急速調に盛り上がるなど、
1曲の中でくるくると楽曲の表情が変わっていく、不思議な構成を持った曲。
組曲というのとも違うし、独特の個性を示すコンポジションです。

アレンジも一筋縄じゃなくて、 ‘Bus’ ではピアノがラテン・タッチの
フレーズを差し込んでみたり、ユーモラスなエンディングを演出しています。
アラブ音楽とクラシックとジャズが交錯する ‘Jaffa Blossom’
'Few Steps Away’ も、すごく深みを感じさせる楽曲。
微分音を繰り出すクラリネットの吹奏に、ぐいぐいと引き込まれてしまいます。

物語を感じさせるコンポジション。
そこに惹きつけられるパレスチニアン・ジャズです。

Mohamed Najem "JAFFA BLOSSOM" Quest 304077.2 (2024)

Ibrahim Hesnawi  THE FATHER OF LIBYAN REGGAE.jpg

リビアにポピュラー音楽なんてあるのかしらん?
リビア人シンガーとかグループって聞いたことがないし、
急進的なアラブ民族主義を掲げたカダフィが69年から君臨して、
欧米諸国と敵対していた国だから、音楽産業もなさそうだしなあ。

Afmed Fakroun.jpg

長年そう思っていたので、アフマド・ファクルーンを知った時はドギモを抜かれました。
ぼくが聴いたのは83年のアルバムですけれど、中身はデュラン・デュランを思わす、
ニュー・ロマンティックなアラビック・シンセ・ポップ/ディスコ。
革命国家リビアでこんな音楽やって、無事でいられるのかといぶかしんだんですけど、
ハイ・スクール時代をイギリスで過ごして、ヨーロッパで活動を始め、
リビアに戻ってアラブ世界で成功を収めたという経歴の持ち主だから、
リビアのポップスというのとは違うんでしょうね。
アラブ世界でスターダムにのぼり、またすぐまたヨーロッパに戻った人だし。

そんなわけでやはりリビアといえば、
ティナリウェンを生んだトゥアレグ難民の国というイメージでしょうか。
難民キャンプで革命指導を受けたトゥアレグの若者を中心に
結成されたティナリウェンですけれど、
トゥアレグの若き戦士たちのサウンドトラックとなったという
ティナリウェンのカセットは、リビアで作られていたわけではありません。

やはりリビアにはポップスは存在しないのかと思っていましたが、
リビアのレゲエのパイオニアだというイブラヒム・ヘスナウィの編集盤が
ハビービ・ファンクから出たので、これは注目しないわけにはおれません。
ライナーを読むと、54年にリビアの首都トリポリで生まれたイブラヒム・ヘスナウィは、
ロックやブルースに感化されてギターを弾いていたものの、
75年に電器店で働いていた友人からボブ・マーリーを聞かされてレゲエののめりこみ、
のちにリビアン・レゲエの代表的なシンガーとなったとあります。

80年に出したデビュー作はイタリアでレコーディングされ、
70~80年代はリビアのミュージシャンの多くが
イタリアでレコーディングをしたのだそうです。
先にハビービ・ファンクがリイシューしたリビアのグループ、
ザ・フリー・ミュージックもイタリアでレコーディングしていました。

イブラヒム・ヘスナウィは、80年のデビュー作と87年にハンガリーで録音した以外、
すべてリビアのローカル・スタジオでレコーディングし、
15作を超すカセットを発表したようです。

カダフィ時代、政治と音楽との関係は複雑だったようで、
85年にトリポリの広場で行われた音楽録音物と楽器の公開焼却がその象徴でした。
支援を受ける音楽家もある一方で、革命思想の政治目的と一致しない
ミュージシャンは投獄され、先に挙げたザ・フリー・ミュージックのバンド・リーダー、
ナジブ・アルフーシュは刑務所に送られ、カダフィを賞賛するアルバムに参加した後、
釈放されたといいます。

そうした情勢下でイブラヒム・ヘスナウィは、
カダフィの統治時代には何の障害にも直面しなかったそうで、
レゲエの汎アフリカ主義や自由や解放のメッセージが権力側に好ましいものと映り、
むしろ政府の支援も受けていたというのだから、わからないものです。
そういえば、ティナリウェンのメンバーは、リビアのキャンプで革命教育として
ボブ・ディラン、ジョン・レノン、ボブ・マーリーを聴かされていたというのだから、
単純に欧米の音楽が禁止されるというのではなく、
反体制、反植民地主義の音楽は受け入れられていたんですね。

イブラヒムが歌うのは、数曲を除きアラビア語リビア方言。
ルーツ・レゲエとダンスホールのスタイルを咀嚼したサウンドはこなれていて、
ギター・ソロなども堂に入っていて、感心しました。
リビアにレゲエが根付いたのは、レゲエがリビアの民俗音楽のジムザメットと
リズムが似ていたことや結婚式での聖歌の行進など、
レゲエと親和性の高い要素がいくつもあったことが、ライナーノーツで指摘されています。

Ibrahim Hesnawi "THE FATHER OF LIBYAN REGGAE" Habibi Funk HABIBI024
Ahmed Fakroun "MOTS D'AMOUR" Presch Media GmbH PMG005CD (1983)

Malik Adouane  AFTER RAÏ PARTY.jpg

マリクのコンピレーション? なんとまあ酔狂な。
日本でマリクを知ってる人がいたら、よほどのライ・マニアだけだろうなあ。
90年代からゼロ年代にかけて、ライにテクノやトランスを取り入れ、
フランスのアンダーグラウンドなクラブ・シーンを沸かせたライ・シンガーです。
登場した時はいかにも一発屋ぽいキャラと思ったけど、
けっこう息長く人気のあった人でしたね。

とはいえ、ハレドやシェブ・マミが世界的ヒットを出して、
華々しい活躍をしていたのに比べれば、
マリクの人気はもっとローカルな局所的なものにすぎませんでした。
ライの歴史からしても、いわば仇花的な存在だったので、
その彼に今スポットを当てるとは、なかなかに面白い現象です。
のちにライがR&Bと融合して流行したラインビーを予見した存在といえるのかも。

Malik  EXTRAVAGANCE RAÏ.jpg Malik  DAÏMEN.jpg

Malik  SHAFT.jpg Malik  DERWISH.jpg

当時聴いていたCDはすべてマリク名義だったので、
今回のコンピレーションが出るまで、
アドゥアンという名前も聞いたことがありませんでした。
マリクがノートルダム大聖堂で知られるフランス北部の都市ランスで、
アルジェリア人の父親とイタロ・ケルト系の母親のもとに生まれたという経歴も、
今回のライナーで初めて知りました。

アラブ古典音楽、ライ、北米のディスコ音楽などを
分け隔てなく聴いて育ったマリクにとって、
ジェイムズ・ブラウンの ‘Sex Machine’ のライ・ヴァージョン ‘Raï Machine’ も、
アイザック・ヘイズの ‘Shaft’ のアラビックなカヴァーも、
ネラったというより、ごく自然な試みだったのでしょう。

そんなマリク・アドゥアンの全盛期を知るにふさわしいコンピレーション。
10曲収録のLPより、17曲入りCDまたは配信で聴くのがオススメです。

Malik Adouane "AFTER RAÏ PARTY, 1992-2008" Elmir MIR09CD
Malik "EXTRAVAGANCE RAÏ" Mélodie 08091-2 (1998)
Malik "DAÏMEN" Culture Press CP5006 (1999)
(CD Single) Malik "SHAFT" Mercury 562190-2 (1999)
Malik "DERWISH" M10 322062 (2002)

Asma Lmnawar  SABIYET.jpg Asma Lmnawar  AWSAT EL NOUJOUM.jpg

昔のばかりじゃなく、近作のシャバービーも聴きたくなって、
いろいろチェックしてみたら、極上の聴き逃し案件を見つけました。
モロッコのアスマ・レムナワルが17年と19年に出した2作です。

アスマ・レムナワルといえば、10年作のハリージとグナーワのミクスチャーに
仰天させられた人ですけれど、それ以降のアルバムに気付かずじまい。
https://bunboni.livedoor.blog/2012-04-19

う~ん、こんなステキなアルバムを出していたとは。
もうこの時期は、アラブ方面がすでにCD生産を縮小していた頃なので、
メジャーのロターナですら入手困難となっていました。
時機を逸したいまになって入手できたのは、ラッキーだったなあ。
ただアスマもこの19年作を最後に、アルバムを出していませんね。
チュニジアのアマニ同様、シングルは出ているようなんですが。

17年作は楽曲が粒揃いですよ。
ジャラル・エル・ハムダウィやラシッド・ムハンマド・アリがアレンジした曲は、
パーカッシヴなノリを巧みに織り込んでいるところが聴きどころ。
泣きのバラードでもビートが立っていて、
リズムの合間を縫う色香漂うこぶし使いに、ウナらされます。
さすが「ヴォイス・オヴ・グルーヴ」の異名を持つアスマならではですね。

クウェートのマシャリ・アル=ヤティム、スハイブ・アル=アワディが
ルンバ・フラメンカにアレンジした曲も楽しいし、本作にはなんと1曲、
リシャール・ボナがゲスト参加してアスマとデュエットしている曲もあります。

19年作は、ハリージを前面に押し出したアルバム。
サウジ・アラビアやクウェートの作曲家の作品を多く取り上げていて、
アレンジには、新たにバーレーンのヒシャム・アル=サクラン、
エジプトのハイェム・ラーファット、ハレド・エズが参加しています。
ストリングスのアレンジには、エジプトのアレンジャーが多く起用されていますね。

どんがつっか、どんがつっかと、ギクシャクしたハリージのリズムにも、
柔らかなこぶし使いがあでやかに舞って、その歌唱力に感じ入るばかり。
晴れ晴れとした歌いぶりに胸がすきます
歌い口がより柔らかになったようで、ほんと、いいシンガーだよなあ。
スウィンギーなミュージカル調の曲などもあって、粋なムードが楽しめます。

17年作とはまた趣を変えて、2作とも甲乙つけがたい、
秀逸なシャバービー・アルバムに仕上がっています。

Asma Lmnawar "SABIYET" Rotana CDROT1978 (2017)
Asma Lmnawar "AWSAT EL NOUJOUM" Rotana CDROT2027 (2019)

Katia Harb QAD EL-HOB.jpg

アマニ・スウィッシを皮切りに、
昔さんざん楽しんだシャバービーをまたぞろ聴き返しています。

エジプトのアンガームが03年に出した名作 “OMRY MAAK” が象徴的でしたけれど、
2000年代に入って、若者向けのアラブ歌謡のサウンドががらっと変わりましたね。
それまで「アル・ジール」と呼ばれていた若者向けのアラブ・ポップスのジャンル名が
現地でほとんど使われなくなり、シャバービーと呼ばれるようになったことは、
日本では10年遅れくらいで知られるようになりました。

ジャンルの呼び名が変わった情報は、当時まだつかめませんでしたが、
プロダクションの質がぐんと上がり、多彩なサウンドを聞かせるようになったことは、
アラブ諸国から届くCDで十分実感できましたね。
ヴィデオ・クリップが進歩し、衛星放送局開設による
音楽ヴァラエティ番組がアラブ諸国で増えたことによって、
セクシー・アイドルが次々と登場するようになったのも、この頃だったなあ。

レバノンにその傾向が顕著で、
アラブ版スパイス・ガールズと呼ばれたフォー・キャッツを筆頭に、
歌唱力などまるでないお粗末な歌手も乱立することになりました。
そうしたセクシーだけが売りの歌手はやがて淘汰されていきましたけれど、
ヴィジュアルと歌唱力を兼ね備えたアイドルも登場するようになったのです。
その象徴がナンシー・アジュラムでしたね。

個人的には、アップテンポ中心のノリの良いアイドルにあまり興味がもてなかったので、
情感たっぷりにバラードを歌うシンガーをもっぱらひいきにしていました。
https://bunboni.livedoor.blog/2009-08-27
アンガームをはじめ前回記事のアマニ・スウィッシなど、
こうしたシンガーを「せつな系」とぼくは勝手に称していましたけれど、
現地ではこうした歌手たちが歌う曲のスタイルを、ロマンスィーと呼んでいたそうです。
ジャンル名ではないそうですが、なるほどその特徴を良く表していますね。

そんなロマンスィーな曲をたっぷり味わえるのが、
レバノンのカティア・ハーブの04年作です。
EMIミュージック・アラビアが出したこのアルバムは、
それまでカティア・ハーブが所属していたレバノンのレコード会社
ミュージック・ボックスのプロダクションとは段違いでした。

メジャーが出すとこうも違うかという、ゴージャスなプロダクションで、
冒頭のしとやかなバラードに胸がきゅんきゅん高鳴ります。
アンガームやアマニほどの歌唱力はないにせよ、
すがるような歌いっぷりに、ゾクゾクすることうけあいですよ。
ウチコミ強めのダンス・トラックでも、アダルト・オリエンテッドなムードが嬉しい。
ジャジーなトラックのクオリティは、今聴いてもぜんぜんオッケーですね。
エンハンスト仕様でヴィデオ・クリップが入っているのも、この当時らしいCDです。

Katia Harb "QAD EL-HOB" Capitol/EMI 07243-597381-0-9 (2004)

Amani Souissi  WAIN.jpg

寒さ厳しい冬に聴くシャバービーの定番。
チュニジアのアマニ・スウィッシの07年デビュー作です。
ほかの記事でちらっと触れたことはあるものの、
https://bunboni.livedoor.blog/2009-08-27
https://bunboni.livedoor.blog/2014-02-04
そういえばきちんと取り上げたことがなかったんだっけ。

ハイ・トーンを綿毛のような柔らかさで細やかにコブシを回す技巧。
吐息をもらすかのような息づかいで歌うその歌い口。
つぶやくように歌いながら、絶妙なブレス・コントロールに圧倒されました。
スタッカートの利いた活舌の良さが、バツグンのリズム感を示しています。

はじめてこのアルバムを聴いた時は、ビックリしましたよ。
ぼくの大好きなエジプトの歌手アンガームにもよく似た声質で、
その歌唱力の高さも、アンガームに迫るものがありました。
こんな人がチュニジアにいるのか!ってね。

シャバービーの本場といえば、やはりエジプトやレバノンで、
チュニジアはメインストリームではないので、
アマニも05年にレバノンのテレビ局LBCで放送された
スター・アカデミーに出演して、チャンスをつかんだ人でした。
その後、レバノンの詩人ハリール・ジブラーンに捧げられた戯曲に出演し、
その演劇の音楽はウサマ・ラハバーニが担当していたそうです。

そうしたキャリアを経て、07年にロターナからデビューしたわけですが、
これほど歌える人なのに、その後10年に2作目を出したのみで、
その後アルバムは出ていません。
シングルは最近も出しているようなんですが、
アラブ歌謡のシーンは競争がキビしいなあ。

飛行場の搭乗アナウンスをコラージュしたオープニングのタイトル曲から、
失意のヒロインが旅立つシーンが眼前に立ち上るかのようで、
アマニが歌うドラマに引き込まれます。
ちなみに、サブスクは曲順が変わってしまっているので、ご注意のほど。

全曲失恋ソングかと思うようなせつない曲が満載で、
アマニの歌いぶりがそれに見事にハマった名作。
これほど楽曲が粒揃いのシャバービーはなかなかありませんよ。
シャバービー傑作10選に確実に入るアルバムです。

Amani Souissi "WAIN" Rotana CDROT1315 (2007)

Fadela  MAHLALI NOUM.jpg Fadela  TOUT SIMPLEMENT RAÏ.jpg

MLPの傘下で新発足した中東・マグレブ音楽のリイシュー専門レーベル、
エルミールから、ポップ・ライのファデラの06年録音作が出ましたね。

ファデラ(当時はシェバ・ファデラ)といえば、
ポップ・ライの帝王シェブ・ハレドに先んじて、
わずか17歳にしてポップ・ライの初ヒット曲を飛ばした人。
これが79年のことで、80年代半ばにはシェブ・サハラウイと結婚して歌ったデュエット曲
‘N'sel Fik’ がライ初の国際的なヒット曲になって、その名を轟かせました。
その勢いでアイランドと契約してアルバムを出したのだから、当時の人気はスゴかった。

それからだいぶ年月が流れた06年、
R&Bと結びついたラインビーがシーンを賑わせていた頃に、
ファデラがひょっこり出したアルバムが “TOUT SIMPLEMENT RAÏ” でした。
ダンス・ミュージックへとシフトしつつあったライを、
もとの歌謡ジャンルに揺り戻すかのような快作で、
当時まったく話題になりませんでしたが、ぼくはけっこう愛聴しました。

その時と同じ録音作だというので、曲目をチェックしてみると、
‘Dabazte Omri’ の1曲を除いてダブリはないので、
これは未発表録音かと喜び勇んで買ってみたら、なんと全曲同じ。
ただの再発盤ということが判明して、ガックリ。
なんだ、それ。9曲の曲名がすべてまるで違うって、どういうこと?

まぁ、自分的にはかなりガックリきたんですが、
ポップ・ライのオーセンティックなサウンドが聞ける傑作には違いないので、
これを機会に書いておこうと思った次第であります。
当時はぜんぜん話題にならなかったしね。
アズテック盤のサエないジャケットとは段違いだし、
曲順がまったく違っているけれど、レゲエ・アレンジの曲から始まるアズテック盤より、
木笛ガスバで始まるエルミール盤の曲の並びの方が断然いいですよ。

ポップ・ライがオートチューン使いになる時代以前の録音で、
オールド・スクールなライながら、ラテン風味に仕上げたトラックもあるなど、
多彩なポップ・ライ・サウンドと脂ののったファデラの歌声が楽しめる快作です。

Fadela "MAHLALI NOUM" Elmir MIR06CD (2006)
Fadela "TOUT SIMPLEMENT RAÏ" Aztec CM2076 (2006)

Tikoubaouine  AHANEY.jpg

タマンラセットは、トゥアレグ人にとってアルジェリア側の中心都市。
そのタマンラセットを拠点にインターナショナルな活動をするバンドも、
数多くなってきましたね。

これまでもイムザード、トゥマスト・テネレ、イマルハンを紹介してきましたが、
https://bunboni.livedoor.blog/2013-08-30
https://bunboni.livedoor.blog/2014-07-28
https://bunboni.livedoor.blog/2016-05-16
https://bunboni.livedoor.blog/2017-02-24
https://bunboni.livedoor.blog/2018-12-02
ティクバウィンというバンドは、初めて知りました。

16年にアルジェリアでデビュー作を出していたようで、それは未聴ですが、
フランスからディストリビュートされた19年作を聴くことができました。
メンバーにドラムスがいることで、アンサンブルがタイトに引き締まっていて、
シャープなサウンドが気持ちいいこと、この上なしです。

歌手でギタリストのサイード・ベン・キラとホセイン・ダガーの二人が作曲していて、
耳残りするメロディを書けるのが強みですね。
イマルハンも曲づくりが巧みだったけれど、
親しみのあるキャッチーなメロディが耳残りします。
3・7曲目のレゲエもすごくこなれているんだよなあ。
ボンビーノが「トゥアレゲエ」と称して、よくレゲエをやるけれど、
トゥアレグ人バンドのレゲエでいいと思えたのは、ティクバウィンが初めてだな。

三人のギタリストの絡みも音色、フレージングとも絶妙の相性で、
遠景で砂漠の蜃気楼のような使い方をするスライド・ギターも効果的。
サイード・ベン・キラとホセイン・ダガーの二人の歌が若々しくフレッシュで、
十代のメンバーがいたトゥマスト・テネレを思い起こしました。

Tikoubaouine "AHANEY" Labalme Music no number (2019)

Praed  DOOMSDAY SURVIVAL KIT.jpg Praed  KAF AFRIT.jpg

エレクトロニカでシャアビをやるというユニークな二人組、プラエド。
新作を試聴してぶったまげ、前作と合わせてオーダーしました。

シャアビ・エレクトロニカと勝手に命名しちゃいましたけれど、
ひたすらループする催眠的なフレーズが
トランシーなサウンドスケープを繰り広げるプラエドは、
純度の高い即興音楽を繰り広げています。

ジャケットのチープなヴィジュアルがナカミの音楽とずいぶんかけ離れていて、
ソンしてるような気がしますけれど、サイケデリック・ロックとも
親和性のあるサウンドだから、こういうヴィジュアルにしてるのかなあ。

プラエドは、67年スイス、ベルン生まれのパエド・コンカと
79年レバノン、ベイルート生まれのラエド・ヤシンの二人組。
二人とも作曲家でエレクトロとサンプラーを扱いますが、
パエド・コンガはクラリネットとベースを
ラエド・ヤシンはシンセサイザーを演奏します。

パエド・コンカは、89年から音楽活動を始め、
演劇、映画、ダンス・パフォーマンスのための音楽を作曲して
数多くのプロジェクトに参加し、日本にもたびたび来日しているようです。
オランダのアヴァン・ロック・グループ、ブラストではベースをプレイしていました。

ラエド・ヤシンは、インスティテュート・オブ・ファイン・アーツの演劇科を卒業後、
世界各国のミュージアムやフェスティヴァルで作品を発表してきたというキャリアの持ち主。
プラエドとして19年に来日もしていて、JAZZ ART せんがわに出演しています。
なるほど、むしろお二人の音楽性は、実験音楽やアヴァン・ジャズに近いわけね。

19年作 “DOOMSDAY SURVIVAL KIT” 収録の4曲は、
17分33秒、6分5秒、11分42秒、15分26秒というサイズで、
リズムが一定のままでこの長さを飽かさずに聞かせるのは、
圧倒的な即興演奏の力ですね。
サンプリングされたダルブッカのビートなど、リズムはシャアビの伝統に忠実で、
延々と続くグルーヴにのせて繰り広げられるインプロヴィゼーションの集中力に、
惹きつけられます。

最新作 “KAF AFRIT” も19年作同様の内容。
バス・クラリネット兼テナー兼ソプラノ・サックス、キーボード、パーカッションの
アディショナル・ミュージシャンの顔触れも同じ。
電子音楽らしからぬ肉感的なグルーヴと前衛的な即興演奏が同居していて、
ハードコアなシャアビ・エレクトロニカを堪能できます。

Praed "DOOMSDAY SURVIVAL KIT" Akuphone AKUCD1011 (2019)
Praed "KAF AFRIT" Akuphone AKUCD1042 (2023)

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