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bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

『ミュージック・マガジン』7月号にディノ・ディサンティアゴのインタヴュー記事を寄稿しました。ぜひお読みください。

カテゴリ: インド洋

René Lacaille  TI GALÉ
レユニオンのセガのヴェテラン・アコーディオニスト、ルネ・ラカイユが
70歳にして初のアコーディオン・ソロ・アルバムを出しました。
ルネの兄ルノー・ラカイユが作曲した ‘Séga Gingembre’を除き、
すべてルネの自作セガで、演奏はアコーディオン1台のみ、
歌なしのオール・インストゥルメンタルです。

ルネが子供時代に聴いていた音楽をオマージュした作品で、
レユニオンの音楽遺産であるセガを、
父親や兄たちと一緒に演奏していた時代を振り返ろうとしたとのこと。
ルネが子供時代に熱心に聴いていたのは、
レユニオンの名アコーディオニストである
ルル・ピトゥやクロード・ヴィン・サンだそうです。

アコーディオン1台だけで聞かせるセガ・アルバムというのはこれまでになく、
わずか25分ほどのアルバムながら、とても爽やかに聴くことができました。
これまでいろいろ聴いたルネ・ラカイユのアルバムでは、一番聴きやすいかも。

というのは、ルネ・ラカイユのアルバムって、かなりの数があるんですけれど、
正直気に入ったアルバムが、ひとつもないんですよね。
『ポップ・アフリカ800』にも、ルネ・ラカイユはセレクトしていないし。
身もふたもなく言ってしまうと、
ぶっきらぼうでシロウト丸出しなルネの歌が、台無しにしちゃっているんですよ。
なので、オール・インストの本作が聴きやすいのも当然なんですが。

またルネの音楽性についても、歌謡セガやダンス・ミュージックのセガといった
レユニオン音楽の伝統を踏襲したスタイルというのとは少し違い、
さまざまな文化圏の音楽家との共演を通じて、
いろいろな音楽要素を取り入れた作品が多いんですね。
ところがそうした音楽的成果が実らずに、雑然とした仕上りになってしまった
残念なものが多くて、そうしたところもぼくのなかでルネの評価が低かった理由。

ルネ・ラカイユは70年代前半にリュック・ドナットのグループ、アド=ホックで活動した後、
アラン・ペテルスとセガやマロヤをロックと融合させる実験的なグループ、
レ・カメレオンで演奏していたという人なので、
伝統的なセガを演奏するだけでは満足できず、
サイケデリックなロックやジャズなどにも果敢に挑戦してきたのでしょう。

ちなみに、レ・カメレオン時代の曲はエレクトリック・マロヤの編集盤
“OTE MALOYA” の1曲目で聴くことができ、
この曲ではルネはアコーディオンではなく、ギターを弾いています。

とまあ、ぼくのなかでは評価の低かったルネ・ラカイユですが、
手元にそれなりにCDが残っているのは、仕上りが不満でも、
意欲を買える作品が多かったから。
本作はそうした過去作とは打って変わった異色作ですね。

René Lacaille  "TI GALÉ"  Lamastrock/Dobwa  LAM114-389  (2024)

Damily & Toliara Tsapiky Band  FIHISA
ダミリ一座の来日でマダガスカルのツァピキが日本に初上陸して、はや9年。
18年に出たダミリの前作は、フランスのスタジオ録音のせいで
サウンドがクリーンになりすぎていて、ガッカリだったんですが、
今作はツァピキ本来の野性味をあらわにしたアルバムに仕上がりました。

いまはフランスに暮らすダミリとバンド・メンバーですが、
23年にマダガスカルに暮らすダミリの母親メロが亡くなったことから、
埋葬儀式に参列するためにメンバー全員で帰郷して、
あわせてレコーディングする計画がもたれようです。
今回はいつものメンバーに、アコーディオン奏者が新たに加わっています。
ジャケットのアンブレラの中央に掲げられている写真がメロのようです。

儀式の1ヶ月前にメンバーとエンジニアほかスタッフたちは
マダガスカルに到着してリハーサルを行い、トゥリアラでコンサートを開きました。
そして儀式が行われるトンゴボリに向かおうとしていたところ、
巨大サイクロンのフレディがマダガスカル南東部を直撃して、
未曽有の大混乱となってしまいます。

空路も道路も寸断され、トンゴボリで合流する予定のチームも
バラバラとなってしまい、それぞれが目的地を目指して、
洪水に見舞われ荒れ放題の陸路を向かうことになります。
葬儀の祝宴はすでに始まっていて、予定より5日遅れてようやく全員到着。
埋葬儀式で盛り上がる村の一角に、
藁葺き小屋の移動式レコーディング・スタジオが組み立てられました。

ヴォーカル・マイクとギターはインド製のラウド・スピーカーに、
ベースとアコーディオンは中国製のカラオケ・コンソールに接続するという、
現地マナーのツァピキのセッティングが整えられ、
当初録音に6日間を予定していたのに、わずか10数時間しかないという
最悪の条件下で3曲が録音されました。
そしてほうほうのていで全員がトゥリアラに戻り、
疲労困憊の末に残り3曲をワン・テイクでレコーディングし、
壮絶なプロジェクトが終了したといいます。

こうしてレコーディングされた本作は、
ツァピキの息吹をイキイキと伝える見事な録音となりました。
マダガスカルのみならず南部アフリカに甚大な被害をもたらした
巨大サイクロンと闘いの末にたどりついた埋葬儀礼という祝祭。

メンバーたちの緊迫感が伝わってくる激しい演奏と歌いぶり、
儀式に集まった人々のざわめきも聞こえる生々しさは、
この音楽が生きている現場の環境を
パッケージすることに成功した証左となっています。

Damily & Toliara Tsapiky Band  "FIHISA"  no label  DAMILY01  (2025)

Lindigo  Oye Maloya.jpg

マロヤの奴隷文化の残照と混血性という、二つの根源的な側面を拡張してきたランディゴ。
https://bunboni.livedoor.blog/2012-04-17
https://bunboni.livedoor.blog/2012-08-01
https://bunboni.livedoor.blog/2015-01-22

17年作の “KOMSA GAYAR” では、ロス・ムニェキートス・デ・マタンサスと共演した
キューバ録音でマロヤにルンバのエキスを注入し、
前作では自分たちでルンバに挑戦をしていましたね。
今回冒頭1曲目で再びロス・ムニェキートス・デ・マタンサスと共演しているんですが、
バタのベーシックなリズムのうえで、さまざまなマロヤのパーカッションが
突っ込むようなリズムで挑みかかるアンサンブルを構築しています。

いまやレユニオンのマロヤは、伝統派からエレクトロに至るまで、
さまざまなヴァリエーションで存在していますが、
そのなかでランディゴは、伝統派に位置づけられるのは疑いないところでしょう。
伝統にしっかりと軸足を置きつつ、旧来のリズムやサウンドに閉じこもることなく、
アーバナイズされたサウンド・プロダクションも活用しながら伝統を拡張していて、
リーダー、オリヴィエ・アラストの確かな視点と情熱に頭が下がります。

グループにゲストとして迎えているのは、フランス人アコーディオン奏者のフィクシや、
オランダ人シンガーでマルチ奏者のジノ・ボンブリーニなど、
これまでのアルバムにも参加して、ランディゴの音楽性を熟知する面々。
ソフィー・ナティエンベとルキア・アダムという女性二人をコーラスに迎えたのは、
今作が初めてじゃないかな。

アルバムのフックは、オリヴィエがギターを弾き歌ったセガの ‘Sakén’。
ランディゴのアルバムでセガを歌ったのって、これが初めてじゃない?
オリヴィエのスピリチュアルな同志だという、
セガ・シンガーのトゥルーことシリル・モインベをゲストに迎え、
アコーディオン、エレクトリック・ギター、ベース、コンガ、ジェンベを伴奏に
朗らかに歌っています。ゆったりとした歌謡性がすごくいい感じ。
この曲でオリヴィエはドラムスも叩いているんですね。

これまで以上に打ち解けた親密さを増した歌や演奏が、
ディープなトランス感に傾きがちなマロヤに、軽やかさをもたらしているように思えます。

Lindigo "OYÉ MALOYA" Hélico HWB58144 (2024)

20240731_Justin Vali.jpg

『ギターマダガスカル』を製作した亀井岳監督による、
マダガスカルを舞台にしたロード・ムーヴィー第2弾
『ヴァタ~箱あるいは体』が、明日から全国で順次ロードショーとなります。

ついに!という感慨で胸がイッパイになりますよ。
2年前にオンライン試写を観て大カンゲキして、
この映画はゼッタイ劇場公開すべきだ!と力こぶを入れてしまいましたからねえ。

『ギターマダガスカル』では、
日本人がマダガスカルを舞台にロード・ムーヴィーを作るという、
破天荒な偉業にドギモを抜かれましたけれど、
https://bunboni.livedoor.blog/2015-07-19
あの作品からさらにマダガスカルの死生観というディープな世界へ分け入った今作は、
マダガスカルと日本という距離を忘れさせる、
深い感動が湧きあがる普遍的な名画となりました。
ぜひ多くの人に劇場へ足を運んで、観ていただきたい作品です。
https://vata-movie.com/

劇場公開を記念して各種イヴェントが予定されています。
折しもタイミングよく来日していた
マダガスカルのヴァリハのレジェンド、ジュスタン・ヴァリを迎えたイヴェントが
7月31日、吉祥寺のワールドキッチン バオバブで開かれました。
これまでに何度か来日しているジュスタンですけれど、
こんな間近でヴァリハやマルヴァニを演奏するのを観たのは初めてで、
ジュスタンの至芸を堪能できる一夜でした。

Justin Vali 2.jpg Justin Vali 1.jpg

弦をはじくアタックの強さ、緩急をつけた即興の自在ぶり、
超絶技巧を超越した滋味のある演奏に、
まさしくこの楽器のヴァーチュオーゾだということを実感しました。

拙著『ポップ・アフリカ800』では、ジュスタンのソロ作ではなく、
人間国宝のラコト・フラー翁やコモロのナワールなどを迎えたプロジェクト、
マラガシュ・コネクションをセレクトしましたが、
ジュスタンのソロ作では、レジズ・ジザヴのアコーディオンなどを含む
バンド編成のライヴ盤がぼくは一番好きです。

ジュスタンの至芸は、4日渋谷ユーロスペースの映画上映後の
ミニ・ライヴで披露される予定なので、
映画とともにぜひ行かれることをオススメします。
なお、10日の上映後には、私もお邪魔して亀井監督と
少しおしゃべりをする予定です。
もし4日の都合がつかない方は、こちらもぜひ。

Justin Vali "LIVE AT GT’S IN PARIS" Editions Levallois 79657.2 (2000)

Davy Sicard  BAL KABAR.jpg Davy Sicard  MON ZANFAN.jpg

しっかりとした重みのある濃厚な味わい。コクが深くなりましたねえ。
レユニオンのシンガー・ソングライター、ダヴィ・シカールの20年新作。
その前作となる16年作も見つけたので、一緒に書いておきましょう。

ダヴィ・シカールは、伝統マロヤの音楽家ではなく、
マロヤをベースにフォーク・ロックのサウンドで聞かせる人。
10年前に紹介したファブリース・ルグロと同じタイプの人ですね。
https://bunboni.livedoor.blog/2013-05-06

人気の点で言ったら、ファブリース・ネグロとはケタ違いで
レユニオン現地でのダヴィ・シカールの人気は圧倒的な高さ。
なんせダヴィの作品は、ワーナー・ミュージック・フランスが
配給していましたからね。

ぼくもワーナーが配給した2作品は聴いていましたけれど、
正直あまり熱心になれませんでした。
というのもダヴィの音楽は、歌詞を聞かせることに重点を置いているので、
歌詞を解さずにサウンドだけ楽しむ外国人には、
なかなかその魅力を捉えにくいタイプの音楽だったからです。

Davy Sicard  KER MARON.jpg Davy Sicard  KABAR.jpg

06年作の “KER MARON” ではマロヤのパーカッションを効果的に配した
スリリングな場面もありましたが、08年作の “KER MARON” は1曲がかなり長く、
内省的な思索を深めた音楽となっていて、
歌詞がわからないことにはアプローチしようがないという印象だったんですよね。

そんなわけで、その後のダヴィをフォローをせずにいたのですが、
20年に出た最新作の “KER MARON” と前作の “MON ZANFAN” は、
色彩感のあるジャケットが象徴するように、ぐっと開放的になりましたね。

マロヤのパーカッション・アンサンブルを強調し、
女性コーラスを配して華やかさを押し出しています。
曲ごとにギター、ピアノ、アコーディオン、管楽器を効果的に使って、
サウンドの色彩感は以前とは段違いに増していて、
これなら歌詞を解さない者でも惹きつけられます。

ダヴィのヴォーカルも多彩なサウンドに合わせて、
さまざまな表情をみせるようになっていて、
そのコクの深さにあらためて魅力を感じた次第であります。

Davy Sicard "BAL KABAR" no label no number (2020)
Davy Sicard "MON ZANFAN" Saraswati Music 88985309412 (2016)
Davy Sicard "KER MARON" Warner Music 5101170082 (2006)
Davy Sicard "KABAR" Warner Music 2564694984 (2008)

Akoda  NOUT’ SOUK.jpg

クレオール・ジャズ・トリオ、アコダの2作目。
2年前に出ていたのに、気付きませんでした。
レユニオン出身のジャズ・ピアニスト、ヴァレリー・シャン・テフ率いる
アコダの19年のデビュー作は、ちょっと物足りなくてパスしましたが、
第2作はいいじゃないですか。

ベースのバンジャマン・ペリエとパーカッションのフランク・ルメレジは
前作と同じで、今作は曲によりさまざまなゲストを迎えています。
レユニオンのジャズ・ハーモニカ奏者オリヴィエ・ケル・ウリオのほか、
グアドループのグウォ・カのパーカッショニスト兼シンガーのエマニュエル・レヴェイエと、
グアドループのカドリーユを代表する大ヴェテラン、ニタ・アルフォンソを迎えていて、
とりわけ老齢のニタ・アルフォンソを招いているのには、驚きましたね。
カドリーユを指揮する号令(かけ声)がラップのようにも聞こえるのは、
クレオール・ジャズのサウンドゆえでしょう。

ヴァレリーの輪郭のくっきりとしたピアノ・サウンドがとても明快。
粒立ちの良い打音がリズムを押し出して、マロヤ、ビギン、グウォ・カを横断する、
いわば大西洋を渡るクレオール・リズムの饗宴を繰り広げています。
さまざまなリズムの実験場といったオリジナル曲を揃えたのも、今作の魅力。
リズム・チェンジでもう少し大胆な場面展開につながるアレンジが欲しかったけれど、
そこらへんは今後の課題かな。

また今回は、ヴァレリーの歌もふんだんにフィーチャーして、
ピアノとユニゾンでスキャットを繰り広げているんですけれど、
ミックスを抑え目にしているのが、もったいない。
もっと大胆にやれば、タニア・マリアにも迫れそうなのに。

アルバム・ラストは、ゆいいつのカヴァーで、マルチニークの名作曲家
レオーナ・ガブリエルが31年に作曲した ‘La Grev Baré Mwen’。
かつてカリも取り上げたビギン名曲を面白いアレンジで聞かせています。

ちなみに、ヴァレリーは歌手としての活動もしていて、
グアドループ出身のピアニスト、フロ・ヴァンスノとのコラボによるプロジェクト、
テール・ラバのデビュー作が3月22日リリース予定とのこと。こちらも楽しみです。

Akoda "NOUT’ SOUK" Aztec Musique CM2795 (2022)

Serge Lebrasse Le Prince Du Sega.jpg

せっかくの機会だから、もう少しモーリシャスのセガの話をしましょう。
太鼓と歌だけで演奏されていたモーリシャスのセガに、
はじめて西洋音楽を取り入れたのがチ・フレールであったことは、以前書きました。
https://bunboni.livedoor.blog/2009-10-22
チ・フレールに始まったセガのポップ化をさらに推し進めたのが、
セルジュ・ルブラッセだったのです。

30年生まれのセルジュ・ルブラッセは、9歳で父親を亡くし、
14歳の時に小児麻痺が流行して学校が閉鎖されたことを契機に、
家計を助けるため、働き始めます。
森林局で働いていた時にチ・フレールと出会い、ルブラッセも触発されて
セガを歌い始めるようになります。

イギリス陸軍に入隊してエジプトへ赴任し、帰国後は学校の教師として働きますが、
モーリシャス警察音楽隊のリーダー、フィリップ・オーサンの目にとまり、
教職のかたわら歌手として雇われて、
ポール・アンカなどのヒット・ソングを歌うようになります。
あるとき、ルブラッセの自作のセガを聴いたオーサンは、公式の演奏の場で
ルブラッセに自作曲を歌うように促し、58年にパリのヴェンパン・スタジオで録音した
‘Madame Eugene’ が島で大ヒットとなります。

この‘Madame Eugene’ を1曲目に収録した、
ルブラッセのリイシューCDとの出会いは、ぼくには衝撃でした。
モーリシャス警察音楽隊(L'Orchestre Typique De La Police)の演奏が、
とんでもなく魅力的なんですよ。
ギター、ピアノ、ベースに、管楽器と打楽器を加えた小編成の楽団が
サロン風の演奏を繰り広げるんですけれど、
ヨーロッパのダンス・バンドの編曲技法を採り入れ、
フルート、バス・クラリネット、トランペット、サックスが対位法を用いた
カウンター・メロディを展開するという、洗練されたアレンジを聞かせるんですね。

さらに、ヴィブラフォンやチェレスタを使って、エキゾティックな味を加えるところなんて、
アーサー・ライマンやマーティン・デニーを連想せずにはおれないもので、
マラヴァン(マラカス)、トライアングル、ルーレなどの打楽器が生み出す
セガのリズムは、まさしくインド洋のラウンジ・ミュージックでした。

これはぼくの推測ですけれど、セガのポップ化を進めた影の立役者は、
フィリップ・オーサンだったんじゃないでしょうか。
セルジュ・ルブラッセをフックアップしたのもオーサンならば、
ルブラッセ自作のセガを評価して、彼に歌わせ、録音までしているんですからね。
チ・フレールの時代には、まだアコーディオンとトライアングルという
素朴な伴奏だったのを、モーリシャス警察音楽隊の洗練されたバンド・スタイルに
アレンジしてセガを録音したのは、画期的な出来事だったはず。

たとえば、ジュジュやルンバ・コンゴレーズのような
他のアフリカ音楽の成立過程を考えてみても、
チ・フレールからセルジュ・ルブラッセへの変化は、
二つも三つも飛び級したかのような発展をしているからです。

それまでモーリシャス警察音楽隊が演奏していたのは、
西洋音楽のスタイルの軍楽だったり、ポピュラー曲のコピーだったと思われます。
ルブラッセもポール・アンカなどのヒット・ソングを歌っていたというのだから、
オーサンにとっても、セガをポップ・スタイルにアレンジして演奏するのは、
かなりチャレンジングなことだったはずです。

当時教職の身だったルブラッセが、オーサンに促され、
自作のセガを公の前で歌うのは、勇気のいることだったと語っています。
なぜなら当時のモーリシャスでは、セガは下層庶民の娯楽で、
もともと奴隷の音楽とみなされていたからです。
上流階層の人も交じる公共の場でセガを歌うことは、考えられないことだったんですね。
そうした事情は、ルブラッセばかりでなく、警察音楽隊のリーダーという公職にあった
オーサンにとっても同じだったはずで、
オーサンはかなり進歩的な、開かれた人物だったんじゃないでしょうか。

セルジュ・ルブラッセの名をぼくが初めて知ったのは、『ラティーナ』の94年1月号に載った
森田純一さんの記事、「混合するモーリシャス~クレオールの音楽」がきっかけで、
森田さんはモーリシャス現地でルブラッセに取材をしていました。
記事中で「セルジュ・ルブラッセの歌が聴ける唯一のCD」として、
プラヤ・サウンド盤のコンピレ“SEGA NON STOP” を紹介していて、
そのCDは無許可で出て「問題が多い」と書かれていただけに、記事の翌年に、
ルブラッセの署名入りでリイシューされた本作を見つけたときは、カンゲキしたものです。

この1枚で、セガの魅力に目を見開かされて、その後もいろいろ探したものの、
60年代のセガが聞けるのは、とうとうこの1枚しか見つかりませんでした。
その後手に入れたルブラッセのEPが、4枚ほど手元にあります。

Serge Lebrasse_EP1.jpg Serge Lebrasse_EP2.jpg

Serge Lebrasse_EP3.jpg Serge Lebrasse_EP4.jpg

イギリスのタンブール・ミュージックから出たこのリイシューCDは、
『ポップ・アフリカ700/800』に載せましたけれど、
のちにジュイエから、ジャケットを変えて再発売されています。
また、時代が下った03年には、
ルブラッセの孫世代のような若い女性歌手と一緒に出したCDもあります。

Serge Lebrasse  BEST OF SEGAS.jpg Serge Lebrasse & Linzy Bacbotte-Williams  ALLEZ BABA.jpg

2000年代に入ってから、新たに出た60年代録音のリイシューでは、
先の2枚同様、‘Madame Eugene’ を皮切りに12曲が選曲されていて、
59・60年録音と書かれていますが、‘Madame Eugene’ は58年録音なので、
クレジットは不確かですね。とはいえ、どうやらクロノロジカルには並べているようで、
伴奏はすべてモーリシャス警察音楽隊です。やっぱりこの時代の録音が最高ですね。

Serge Lebrasse  SEGATIER DE I'ILE MAURICE.jpg

今回調べていてわかったんですが、このアルバムの続編で、
60~65年録音を収録した第2集も出ていたようです。
この第1集と第2集はストリーミングにあるので、ぜひ聴いてみてください。

Serge Lebrasse "LE PRINCE DU SEGA" Tambour Music CDTAMB3
[EP] Serge Lebrasse "Oté La Réunion/La Rivière Taniers/Sega 3 Z (Zene Zens Zordi)/Femme Hypocrite" Dragons EVP2005
[EP] Serge Lebrasse "Kokono Pas Lé Mort/Dire Moi" Dragons VPN127
[EP] Serge Lebrasse "Maurice Mo Pays" Dragons VPN130
[EP] Serge Lebrasse "Seychelles, Bijoux De L'Océan/Ding, Dong, Banane" Tropic TP109
Serge Lebrasse "BEST OF SEGAS : ORIGINALS 1957-1969 VOL.1" Juillet ESSEL2501
Serge Lebrasse & Linzy Bacbotte-Williams "ALLEZ BABA" Meli Melo Music BEE010903CD (2003)
Serge Lebrasse "SEGATIER DE I'ILE MAURICE: VERSIONS ORIGINALES VOL.1 1959-1960" Kanasuc no number

Roger Clency  ROULÉ CLENCY.jpg

前回取り上げたレ・ピトン・ド・ラ・フルネーズのアルバムに、
モーリシャスのセガ・シンガー、ロジェ・クランシーの‘Séga Pêcheur’ がありました。
オリジナルは70年にASから出たEPに収録されていた曲ですけれど、
LPにもCDにもなっておらず、当然ストリーミングにもないので、聴くことはできません。

ロジェ・クランシーはマリー・ジョゼーとの夫婦デュオで、
60~70年代に数多くのEPを出した、モーリシャスの代表的なセガ・シンガー。
残念ながら当時の音源は未復刻なので、まったく知られていません。

レユニオン音楽のヴィンテージ録音を復刻したタカンバが、
モーリシャスも掘ってくれたら良かったんだけれど、
タカンバは活動停止しちゃったからなあ。
モーリシャスの魅惑の熱帯歌謡は、
欧米のDJ連中が掘ってるのより一時代前の60年代に,、
たんまり眠っているんですけどねえ。

ロジェとマリー・ジョゼーとコンビも、60年代録音があるはずなんですけれど、
ぼくも聴いたことはないんですよねえ。
LP時代は、観光客向けのステージ衣装で、ダンサーたちとともに写った
レコードが何枚かありましたっけ。
ほかにも、ロジェのソロLPがあった記憶がありますけれど、手元にはなく、
CD時代になってから出た、04年作の1枚を持っています。

このCDが絶品なんですよ。
オープニングから、コロコロとしたバンジョーの響きと、
アコーディオンの涼し気な音色に誘われて、
セガの朗らかなリズムに頬がゆるみます。

ロジェのバックで囃子役の男女が、ちゃちゃを入れたり、
のどかなトランペットがフィーチャーされるのもなんとも楽しくって、
これぞセガのムードです。ロジェのコミカルな歌いぶりも、
セガの大衆芸能らしい性格をよく映し出しています。

ドラムスの生音や、キーボードの加工していない音づくりが、
これほどここちよいアルバムも、なかなかないですよねえ。
まるでデモ・テープみたいなサウンドですけど、
60年代のアクースティックな歌謡セガに通じるローカルらしい味わいで、
これをチープと呼ぶ人は、心が曲がってます。

『ポップ・アフリカ700/800』の選盤では、
ミッシェル・ルグリに席をゆずってもらったので、
ロジェ・クランシーは紹介できませんでしたが、
ミッシェル・ルグリのアルバムと全く遜色のない内容です。

思えば『ポップ・アフリカ700/800』でセレクトしたシリル・ラムドゥー、
ミッシェル・ルグリ、トントン・アンペーニュだって、
聴いたことのある人が、いったい何人いるのやら。
現地産CDはいまや入手不可能だし、ストリーミングにあるわけないし、
容易に聴けない状況が、クヤシイったらないですよ。

Roger Clency "ROULÉ CLENCY" Wannado Production W059/04 (2004)

Berikely & Zama  ELAELA.jpg

しばらくマダガスカルの音に接していなかったからか、
めっちゃ新鮮で楽しめた、マダガスカル/フランス混成グループのデビュー作。

カボスを弾き歌う在フランス・マダガスカル人シンガー・ソングライターのベリケリと、
ル・マン在住のギタリスト、エリック・ドボカが出会って結成されたザマは、
マダガスカル人パーカッショニストとフランス人兄弟のベーシストとドラマーを含む5人組。

全員マダガスカル人なんじゃないの?としか思えない、
オーセンティックなスタイルのサレギ、ツィンジャカ、バナキを演奏していて、
フランス人ミュージシャンたちのマダガスカルのリズムの咀嚼ぶりが鮮やかです。

完全人力演奏によるアクースティックな音づくりが、
マダガスカル現地産と聞きまがうようなサウンド・テクスチャなんですよ。
軽快にハネるサレギのビートなど、見事なまでにマラガシ・マナーで、
ぴちぴちと弾けるサウンドが、胸をすきますねえ。

フランス人ミュージシャンの音楽的背景がちらりと見えるのは、
エリック・ドボカがスークースぽいギターを弾く‘C'est Le Moment’ や、
‘Salama’ で披露されるエリック・ドボカのジャジーなギター・ソロや、
トマ・ブシュリーのベース・ソロくらいじゃないですかねえ。

ベリケリのサビのある声も土臭い歌いっぷりも、マラガシーらしくていい感じ。
ハーモニーをとるバック・コーラスとのバランスも、申し分ありません。
現在はフランスのナントに暮らすベリケリですけれど、
マダガスカルで85年にデビュー作を出して、
‘Tara Avion’ のヒットでマダガスカル全土に知られる有名人だそう。
ぼくはこれまでまったく知らない人だったので、少し調べてみたんですが、
マダガスカル盤CDは見つけられず。カセットだけだったのかなあ。

Berikely & Zama "ELAELA" Abrazik BAZ001/1 (2022)

Filip Barret  VALÉ, VALÉ.jpg

ファブリス・カミロと一緒に入手したレユニオン音楽の旧作。
これがとびっきり、オモシロい!
なんと、ボブレとコントラバスのデュオ作品という変わり種。
ボブレは、ブラジルのビリンバウと同種の楽器。レユニオンの楽弓ですね。
コントラバスはジャズの語法で演奏されています。

表紙写真の左に写るのが、ボブレを演奏する主役のフィリップ・バレ。
右が51年アルジェリア生まれのフランス人ベーシストのジャン=ポール・セレア。
コンセルヴァトワール(パリ国立高等音楽院)で、
クラシック・ベースの教鞭もとるというヴァーチュオーゾです。

オープニングは、ベースのみの伴奏で、
伝統マロヤの守護神フィルミン・ヴィリのマロヤをバレが歌うんですが、
雄弁なベースに引き込まれて、マロヤの深淵をのぞきこむような気分にさせられます。
ボブレとの演奏においても、ベースはかなり自由度を与えられていて、
のびのびと即興をしていますね。
フィルミン・ヴィリ作の曲がもう1曲あって、そこではタミール語で歌われています。
ジャケット写真の顔立ちを見るに、バレはタミール系インド人移民の末裔なのかな?

ボブレのソロ演奏や、ベースのソロ演奏のほか、
11分を超す二人のインプロヴィゼーションもあります。
長尺の即興演奏も、二人の集中力が切れてダレるような瞬間が片時もなく、
両者のエネルギー密度の高さに圧倒されます。
丁々発止の会話を交わしながらも、プレイは抑制が利いていて、
ハッタリめいたところが一切ないのにも、めちゃくちゃ好感が持てますね。

いったいどういう人なのかと思ったら、
56年にレユニオンで生まれた後、4歳で両親とともにパリへ渡り、
12歳でギターを習い、20歳でベーシストとしてプロ活動を開始。
パリのクラブやキャバレーで、歌手の伴奏やダンス・バンドで演奏したあと、
81年に故郷のレユニオンへ帰郷して、ヴァイオリニストのリュック・ドナットと出会い、
リュックの楽団に4年間在籍してセガを学んだことが、
レユニオン音楽への本格的な邂逅になったようです。

この時に、セガばかりでなく、マロヤを含むレユニオンの伝統的な歌を学んで、
ボブレを習得したとのこと。その後、サン=ドニの国立音楽院で教鞭をとり、
インド洋のジャズ・フェスティヴァルでジャン=ポール・セレや
サックス奏者のフランソワ・ジャンノーと共演するほか、チェンナイの音楽家と組んで、
アルバムも制作しています。92年には自身のオーケストラを設立し、
インド洋音楽を取り入れた即興音楽を演奏して、
ユニークな音楽性を披露してきたんですね。
経歴を知って、なるほどと納得がいきました、

ナナ・ヴァスコンセロスのビリンバウのアルバムに満足いったためしのないぼくでも、
このアルバムは、手放しで賞賛できます。

Filip Barret "VALÉ, VALÉ" Sacok 61425 (1998)

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