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bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

Searching for good music of the world

カテゴリ: インド洋

20240731_Justin Vali.jpg

『ギターマダガスカル』を製作した亀井岳監督による、
マダガスカルを舞台にしたロード・ムーヴィー第2弾
『ヴァタ~箱あるいは体』が、明日から全国で順次ロードショーとなります。

ついに!という感慨で胸がイッパイになりますよ。
2年前にオンライン試写を観て大カンゲキして、
この映画はゼッタイ劇場公開すべきだ!と力こぶを入れてしまいましたからねえ。

『ギターマダガスカル』では、
日本人がマダガスカルを舞台にロード・ムーヴィーを作るという、
破天荒な偉業にドギモを抜かれましたけれど、
https://bunboni.livedoor.blog/2015-07-19
あの作品からさらにマダガスカルの死生観というディープな世界へ分け入った今作は、
マダガスカルと日本という距離を忘れさせる、
深い感動が湧きあがる普遍的な名画となりました。
ぜひ多くの人に劇場へ足を運んで、観ていただきたい作品です。
https://vata-movie.com/

劇場公開を記念して各種イヴェントが予定されています。
折しもタイミングよく来日していた
マダガスカルのヴァリハのレジェンド、ジュスタン・ヴァリを迎えたイヴェントが
7月31日、吉祥寺のワールドキッチン バオバブで開かれました。
これまでに何度か来日しているジュスタンですけれど、
こんな間近でヴァリハやマルヴァニを演奏するのを観たのは初めてで、
ジュスタンの至芸を堪能できる一夜でした。

Justin Vali 2.jpg Justin Vali 1.jpg

弦をはじくアタックの強さ、緩急をつけた即興の自在ぶり、
超絶技巧を超越した滋味のある演奏に、
まさしくこの楽器のヴァーチュオーゾだということを実感しました。

拙著『ポップ・アフリカ800』では、ジュスタンのソロ作ではなく、
人間国宝のラコト・フラー翁やコモロのナワールなどを迎えたプロジェクト、
マラガシュ・コネクションをセレクトしましたが、
ジュスタンのソロ作では、レジズ・ジザヴのアコーディオンなどを含む
バンド編成のライヴ盤がぼくは一番好きです。

ジュスタンの至芸は、4日渋谷ユーロスペースの映画上映後の
ミニ・ライヴで披露される予定なので、
映画とともにぜひ行かれることをオススメします。
なお、10日の上映後には、私もお邪魔して亀井監督と
少しおしゃべりをする予定です。
もし4日の都合がつかない方は、こちらもぜひ。

Justin Vali "LIVE AT GT’S IN PARIS" Editions Levallois 79657.2 (2000)

Davy Sicard  BAL KABAR.jpg Davy Sicard  MON ZANFAN.jpg

しっかりとした重みのある濃厚な味わい。コクが深くなりましたねえ。
レユニオンのシンガー・ソングライター、ダヴィ・シカールの20年新作。
その前作となる16年作も見つけたので、一緒に書いておきましょう。

ダヴィ・シカールは、伝統マロヤの音楽家ではなく、
マロヤをベースにフォーク・ロックのサウンドで聞かせる人。
10年前に紹介したファブリース・ルグロと同じタイプの人ですね。
https://bunboni.livedoor.blog/2013-05-06

人気の点で言ったら、ファブリース・ネグロとはケタ違いで
レユニオン現地でのダヴィ・シカールの人気は圧倒的な高さ。
なんせダヴィの作品は、ワーナー・ミュージック・フランスが
配給していましたからね。

ぼくもワーナーが配給した2作品は聴いていましたけれど、
正直あまり熱心になれませんでした。
というのもダヴィの音楽は、歌詞を聞かせることに重点を置いているので、
歌詞を解さずにサウンドだけ楽しむ外国人には、
なかなかその魅力を捉えにくいタイプの音楽だったからです。

Davy Sicard  KER MARON.jpg Davy Sicard  KABAR.jpg

06年作の “KER MARON” ではマロヤのパーカッションを効果的に配した
スリリングな場面もありましたが、08年作の “KER MARON” は1曲がかなり長く、
内省的な思索を深めた音楽となっていて、
歌詞がわからないことにはアプローチしようがないという印象だったんですよね。

そんなわけで、その後のダヴィをフォローをせずにいたのですが、
20年に出た最新作の “KER MARON” と前作の “MON ZANFAN” は、
色彩感のあるジャケットが象徴するように、ぐっと開放的になりましたね。

マロヤのパーカッション・アンサンブルを強調し、
女性コーラスを配して華やかさを押し出しています。
曲ごとにギター、ピアノ、アコーディオン、管楽器を効果的に使って、
サウンドの色彩感は以前とは段違いに増していて、
これなら歌詞を解さない者でも惹きつけられます。

ダヴィのヴォーカルも多彩なサウンドに合わせて、
さまざまな表情をみせるようになっていて、
そのコクの深さにあらためて魅力を感じた次第であります。

Davy Sicard "BAL KABAR" no label no number (2020)
Davy Sicard "MON ZANFAN" Saraswati Music 88985309412 (2016)
Davy Sicard "KER MARON" Warner Music 5101170082 (2006)
Davy Sicard "KABAR" Warner Music 2564694984 (2008)

Akoda  NOUT’ SOUK.jpg

クレオール・ジャズ・トリオ、アコダの2作目。
2年前に出ていたのに、気付きませんでした。
レユニオン出身のジャズ・ピアニスト、ヴァレリー・シャン・テフ率いる
アコダの19年のデビュー作は、ちょっと物足りなくてパスしましたが、
第2作はいいじゃないですか。

ベースのバンジャマン・ペリエとパーカッションのフランク・ルメレジは
前作と同じで、今作は曲によりさまざまなゲストを迎えています。
レユニオンのジャズ・ハーモニカ奏者オリヴィエ・ケル・ウリオのほか、
グアドループのグウォ・カのパーカッショニスト兼シンガーのエマニュエル・レヴェイエと、
グアドループのカドリーユを代表する大ヴェテラン、ニタ・アルフォンソを迎えていて、
とりわけ老齢のニタ・アルフォンソを招いているのには、驚きましたね。
カドリーユを指揮する号令(かけ声)がラップのようにも聞こえるのは、
クレオール・ジャズのサウンドゆえでしょう。

ヴァレリーの輪郭のくっきりとしたピアノ・サウンドがとても明快。
粒立ちの良い打音がリズムを押し出して、マロヤ、ビギン、グウォ・カを横断する、
いわば大西洋を渡るクレオール・リズムの饗宴を繰り広げています。
さまざまなリズムの実験場といったオリジナル曲を揃えたのも、今作の魅力。
リズム・チェンジでもう少し大胆な場面展開につながるアレンジが欲しかったけれど、
そこらへんは今後の課題かな。

また今回は、ヴァレリーの歌もふんだんにフィーチャーして、
ピアノとユニゾンでスキャットを繰り広げているんですけれど、
ミックスを抑え目にしているのが、もったいない。
もっと大胆にやれば、タニア・マリアにも迫れそうなのに。

アルバム・ラストは、ゆいいつのカヴァーで、マルチニークの名作曲家
レオーナ・ガブリエルが31年に作曲した ‘La Grev Baré Mwen’。
かつてカリも取り上げたビギン名曲を面白いアレンジで聞かせています。

ちなみに、ヴァレリーは歌手としての活動もしていて、
グアドループ出身のピアニスト、フロ・ヴァンスノとのコラボによるプロジェクト、
テール・ラバのデビュー作が3月22日リリース予定とのこと。こちらも楽しみです。

Akoda "NOUT’ SOUK" Aztec Musique CM2795 (2022)

Serge Lebrasse Le Prince Du Sega.jpg

せっかくの機会だから、もう少しモーリシャスのセガの話をしましょう。
太鼓と歌だけで演奏されていたモーリシャスのセガに、
はじめて西洋音楽を取り入れたのがチ・フレールであったことは、以前書きました。
https://bunboni.livedoor.blog/2009-10-22
チ・フレールに始まったセガのポップ化をさらに推し進めたのが、
セルジュ・ルブラッセだったのです。

30年生まれのセルジュ・ルブラッセは、9歳で父親を亡くし、
14歳の時に小児麻痺が流行して学校が閉鎖されたことを契機に、
家計を助けるため、働き始めます。
森林局で働いていた時にチ・フレールと出会い、ルブラッセも触発されて
セガを歌い始めるようになります。

イギリス陸軍に入隊してエジプトへ赴任し、帰国後は学校の教師として働きますが、
モーリシャス警察音楽隊のリーダー、フィリップ・オーサンの目にとまり、
教職のかたわら歌手として雇われて、
ポール・アンカなどのヒット・ソングを歌うようになります。
あるとき、ルブラッセの自作のセガを聴いたオーサンは、公式の演奏の場で
ルブラッセに自作曲を歌うように促し、58年にパリのヴェンパン・スタジオで録音した
‘Madame Eugene’ が島で大ヒットとなります。

この‘Madame Eugene’ を1曲目に収録した、
ルブラッセのリイシューCDとの出会いは、ぼくには衝撃でした。
モーリシャス警察音楽隊(L'Orchestre Typique De La Police)の演奏が、
とんでもなく魅力的なんですよ。
ギター、ピアノ、ベースに、管楽器と打楽器を加えた小編成の楽団が
サロン風の演奏を繰り広げるんですけれど、
ヨーロッパのダンス・バンドの編曲技法を採り入れ、
フルート、バス・クラリネット、トランペット、サックスが対位法を用いた
カウンター・メロディを展開するという、洗練されたアレンジを聞かせるんですね。

さらに、ヴィブラフォンやチェレスタを使って、エキゾティックな味を加えるところなんて、
アーサー・ライマンやマーティン・デニーを連想せずにはおれないもので、
マラヴァン(マラカス)、トライアングル、ルーレなどの打楽器が生み出す
セガのリズムは、まさしくインド洋のラウンジ・ミュージックでした。

これはぼくの推測ですけれど、セガのポップ化を進めた影の立役者は、
フィリップ・オーサンだったんじゃないでしょうか。
セルジュ・ルブラッセをフックアップしたのもオーサンならば、
ルブラッセ自作のセガを評価して、彼に歌わせ、録音までしているんですからね。
チ・フレールの時代には、まだアコーディオンとトライアングルという
素朴な伴奏だったのを、モーリシャス警察音楽隊の洗練されたバンド・スタイルに
アレンジしてセガを録音したのは、画期的な出来事だったはず。

たとえば、ジュジュやルンバ・コンゴレーズのような
他のアフリカ音楽の成立過程を考えてみても、
チ・フレールからセルジュ・ルブラッセへの変化は、
二つも三つも飛び級したかのような発展をしているからです。

それまでモーリシャス警察音楽隊が演奏していたのは、
西洋音楽のスタイルの軍楽だったり、ポピュラー曲のコピーだったと思われます。
ルブラッセもポール・アンカなどのヒット・ソングを歌っていたというのだから、
オーサンにとっても、セガをポップ・スタイルにアレンジして演奏するのは、
かなりチャレンジングなことだったはずです。

当時教職の身だったルブラッセが、オーサンに促され、
自作のセガを公の前で歌うのは、勇気のいることだったと語っています。
なぜなら当時のモーリシャスでは、セガは下層庶民の娯楽で、
もともと奴隷の音楽とみなされていたからです。
上流階層の人も交じる公共の場でセガを歌うことは、考えられないことだったんですね。
そうした事情は、ルブラッセばかりでなく、警察音楽隊のリーダーという公職にあった
オーサンにとっても同じだったはずで、
オーサンはかなり進歩的な、開かれた人物だったんじゃないでしょうか。

セルジュ・ルブラッセの名をぼくが初めて知ったのは、『ラティーナ』の94年1月号に載った
森田純一さんの記事、「混合するモーリシャス~クレオールの音楽」がきっかけで、
森田さんはモーリシャス現地でルブラッセに取材をしていました。
記事中で「セルジュ・ルブラッセの歌が聴ける唯一のCD」として、
プラヤ・サウンド盤のコンピレ“SEGA NON STOP” を紹介していて、
そのCDは無許可で出て「問題が多い」と書かれていただけに、記事の翌年に、
ルブラッセの署名入りでリイシューされた本作を見つけたときは、カンゲキしたものです。

この1枚で、セガの魅力に目を見開かされて、その後もいろいろ探したものの、
60年代のセガが聞けるのは、とうとうこの1枚しか見つかりませんでした。
その後手に入れたルブラッセのEPが、4枚ほど手元にあります。

Serge Lebrasse_EP1.jpg Serge Lebrasse_EP2.jpg

Serge Lebrasse_EP3.jpg Serge Lebrasse_EP4.jpg

イギリスのタンブール・ミュージックから出たこのリイシューCDは、
『ポップ・アフリカ700/800』に載せましたけれど、
のちにジュイエから、ジャケットを変えて再発売されています。
また、時代が下った03年には、
ルブラッセの孫世代のような若い女性歌手と一緒に出したCDもあります。

Serge Lebrasse  BEST OF SEGAS.jpg Serge Lebrasse & Linzy Bacbotte-Williams  ALLEZ BABA.jpg

2000年代に入ってから、新たに出た60年代録音のリイシューでは、
先の2枚同様、‘Madame Eugene’ を皮切りに12曲が選曲されていて、
59・60年録音と書かれていますが、‘Madame Eugene’ は58年録音なので、
クレジットは不確かですね。とはいえ、どうやらクロノロジカルには並べているようで、
伴奏はすべてモーリシャス警察音楽隊です。やっぱりこの時代の録音が最高ですね。

Serge Lebrasse  SEGATIER DE I'ILE MAURICE.jpg

今回調べていてわかったんですが、このアルバムの続編で、
60~65年録音を収録した第2集も出ていたようです。
この第1集と第2集はストリーミングにあるので、ぜひ聴いてみてください。

Serge Lebrasse "LE PRINCE DU SEGA" Tambour Music CDTAMB3
[EP] Serge Lebrasse "Oté La Réunion/La Rivière Taniers/Sega 3 Z (Zene Zens Zordi)/Femme Hypocrite" Dragons EVP2005
[EP] Serge Lebrasse "Kokono Pas Lé Mort/Dire Moi" Dragons VPN127
[EP] Serge Lebrasse "Maurice Mo Pays" Dragons VPN130
[EP] Serge Lebrasse "Seychelles, Bijoux De L'Océan/Ding, Dong, Banane" Tropic TP109
Serge Lebrasse "BEST OF SEGAS : ORIGINALS 1957-1969 VOL.1" Juillet ESSEL2501
Serge Lebrasse & Linzy Bacbotte-Williams "ALLEZ BABA" Meli Melo Music BEE010903CD (2003)
Serge Lebrasse "SEGATIER DE I'ILE MAURICE: VERSIONS ORIGINALES VOL.1 1959-1960" Kanasuc no number

Roger Clency  ROULÉ CLENCY.jpg

前回取り上げたレ・ピトン・ド・ラ・フルネーズのアルバムに、
モーリシャスのセガ・シンガー、ロジェ・クランシーの‘Séga Pêcheur’ がありました。
オリジナルは70年にASから出たEPに収録されていた曲ですけれど、
LPにもCDにもなっておらず、当然ストリーミングにもないので、聴くことはできません。

ロジェ・クランシーはマリー・ジョゼーとの夫婦デュオで、
60~70年代に数多くのEPを出した、モーリシャスの代表的なセガ・シンガー。
残念ながら当時の音源は未復刻なので、まったく知られていません。

レユニオン音楽のヴィンテージ録音を復刻したタカンバが、
モーリシャスも掘ってくれたら良かったんだけれど、
タカンバは活動停止しちゃったからなあ。
モーリシャスの魅惑の熱帯歌謡は、
欧米のDJ連中が掘ってるのより一時代前の60年代に,、
たんまり眠っているんですけどねえ。

ロジェとマリー・ジョゼーとコンビも、60年代録音があるはずなんですけれど、
ぼくも聴いたことはないんですよねえ。
LP時代は、観光客向けのステージ衣装で、ダンサーたちとともに写った
レコードが何枚かありましたっけ。
ほかにも、ロジェのソロLPがあった記憶がありますけれど、手元にはなく、
CD時代になってから出た、04年作の1枚を持っています。

このCDが絶品なんですよ。
オープニングから、コロコロとしたバンジョーの響きと、
アコーディオンの涼し気な音色に誘われて、
セガの朗らかなリズムに頬がゆるみます。

ロジェのバックで囃子役の男女が、ちゃちゃを入れたり、
のどかなトランペットがフィーチャーされるのもなんとも楽しくって、
これぞセガのムードです。ロジェのコミカルな歌いぶりも、
セガの大衆芸能らしい性格をよく映し出しています。

ドラムスの生音や、キーボードの加工していない音づくりが、
これほどここちよいアルバムも、なかなかないですよねえ。
まるでデモ・テープみたいなサウンドですけど、
60年代のアクースティックな歌謡セガに通じるローカルらしい味わいで、
これをチープと呼ぶ人は、心が曲がってます。

『ポップ・アフリカ700/800』の選盤では、
ミッシェル・ルグリに席をゆずってもらったので、
ロジェ・クランシーは紹介できませんでしたが、
ミッシェル・ルグリのアルバムと全く遜色のない内容です。

思えば『ポップ・アフリカ700/800』でセレクトしたシリル・ラムドゥー、
ミッシェル・ルグリ、トントン・アンペーニュだって、
聴いたことのある人が、いったい何人いるのやら。
現地産CDはいまや入手不可能だし、ストリーミングにあるわけないし、
容易に聴けない状況が、クヤシイったらないですよ。

Roger Clency "ROULÉ CLENCY" Wannado Production W059/04 (2004)

Berikely & Zama  ELAELA.jpg

しばらくマダガスカルの音に接していなかったからか、
めっちゃ新鮮で楽しめた、マダガスカル/フランス混成グループのデビュー作。

カボスを弾き歌う在フランス・マダガスカル人シンガー・ソングライターのベリケリと、
ル・マン在住のギタリスト、エリック・ドボカが出会って結成されたザマは、
マダガスカル人パーカッショニストとフランス人兄弟のベーシストとドラマーを含む5人組。

全員マダガスカル人なんじゃないの?としか思えない、
オーセンティックなスタイルのサレギ、ツィンジャカ、バナキを演奏していて、
フランス人ミュージシャンたちのマダガスカルのリズムの咀嚼ぶりが鮮やかです。

完全人力演奏によるアクースティックな音づくりが、
マダガスカル現地産と聞きまがうようなサウンド・テクスチャなんですよ。
軽快にハネるサレギのビートなど、見事なまでにマラガシ・マナーで、
ぴちぴちと弾けるサウンドが、胸をすきますねえ。

フランス人ミュージシャンの音楽的背景がちらりと見えるのは、
エリック・ドボカがスークースぽいギターを弾く‘C'est Le Moment’ や、
‘Salama’ で披露されるエリック・ドボカのジャジーなギター・ソロや、
トマ・ブシュリーのベース・ソロくらいじゃないですかねえ。

ベリケリのサビのある声も土臭い歌いっぷりも、マラガシーらしくていい感じ。
ハーモニーをとるバック・コーラスとのバランスも、申し分ありません。
現在はフランスのナントに暮らすベリケリですけれど、
マダガスカルで85年にデビュー作を出して、
‘Tara Avion’ のヒットでマダガスカル全土に知られる有名人だそう。
ぼくはこれまでまったく知らない人だったので、少し調べてみたんですが、
マダガスカル盤CDは見つけられず。カセットだけだったのかなあ。

Berikely & Zama "ELAELA" Abrazik BAZ001/1 (2022)

Filip Barret  VALÉ, VALÉ.jpg

ファブリス・カミロと一緒に入手したレユニオン音楽の旧作。
これがとびっきり、オモシロい!
なんと、ボブレとコントラバスのデュオ作品という変わり種。
ボブレは、ブラジルのビリンバウと同種の楽器。レユニオンの楽弓ですね。
コントラバスはジャズの語法で演奏されています。

表紙写真の左に写るのが、ボブレを演奏する主役のフィリップ・バレ。
右が51年アルジェリア生まれのフランス人ベーシストのジャン=ポール・セレア。
コンセルヴァトワール(パリ国立高等音楽院)で、
クラシック・ベースの教鞭もとるというヴァーチュオーゾです。

オープニングは、ベースのみの伴奏で、
伝統マロヤの守護神フィルミン・ヴィリのマロヤをバレが歌うんですが、
雄弁なベースに引き込まれて、マロヤの深淵をのぞきこむような気分にさせられます。
ボブレとの演奏においても、ベースはかなり自由度を与えられていて、
のびのびと即興をしていますね。
フィルミン・ヴィリ作の曲がもう1曲あって、そこではタミール語で歌われています。
ジャケット写真の顔立ちを見るに、バレはタミール系インド人移民の末裔なのかな?

ボブレのソロ演奏や、ベースのソロ演奏のほか、
11分を超す二人のインプロヴィゼーションもあります。
長尺の即興演奏も、二人の集中力が切れてダレるような瞬間が片時もなく、
両者のエネルギー密度の高さに圧倒されます。
丁々発止の会話を交わしながらも、プレイは抑制が利いていて、
ハッタリめいたところが一切ないのにも、めちゃくちゃ好感が持てますね。

いったいどういう人なのかと思ったら、
56年にレユニオンで生まれた後、4歳で両親とともにパリへ渡り、
12歳でギターを習い、20歳でベーシストとしてプロ活動を開始。
パリのクラブやキャバレーで、歌手の伴奏やダンス・バンドで演奏したあと、
81年に故郷のレユニオンへ帰郷して、ヴァイオリニストのリュック・ドナットと出会い、
リュックの楽団に4年間在籍してセガを学んだことが、
レユニオン音楽への本格的な邂逅になったようです。

この時に、セガばかりでなく、マロヤを含むレユニオンの伝統的な歌を学んで、
ボブレを習得したとのこと。その後、サン=ドニの国立音楽院で教鞭をとり、
インド洋のジャズ・フェスティヴァルでジャン=ポール・セレや
サックス奏者のフランソワ・ジャンノーと共演するほか、チェンナイの音楽家と組んで、
アルバムも制作しています。92年には自身のオーケストラを設立し、
インド洋音楽を取り入れた即興音楽を演奏して、
ユニークな音楽性を披露してきたんですね。
経歴を知って、なるほどと納得がいきました、

ナナ・ヴァスコンセロスのビリンバウのアルバムに満足いったためしのないぼくでも、
このアルバムは、手放しで賞賛できます。

Filip Barret "VALÉ, VALÉ" Sacok 61425 (1998)

Fabrice Camilo  MÉSYÉ LO RWA.jpg

レユニオンのマロヤが09年にユネスコの無形文化遺産に登録されてからというものの、
ちょっとしたブームになって、マロヤのアルバムが大量リリースされるようになりました。
あれから十年を経て、広くマロヤが認知されるようになるとともに、
最近ではジャズやエレクトロなどへの活用など、
新たな取り組みに大きな可能性を感じさせる作品も続出して、
次なるフェーズに入ったのを感じます。
https://bunboni.livedoor.blog/2019-08-01
https://bunboni.livedoor.blog/2019-08-27
https://bunboni.livedoor.blog/2019-12-23
https://bunboni.livedoor.blog/2020-06-08

一方、伝統マロヤの方は、聴く機会が少なくなりましたけれど、
旧作で目の覚めるようなフレッシュなアルバムに出会えました。
それがファブリス・カミロという若者が出した01年作。
ドレッド・ヘアのジャケットは、なんとなく見覚えがあり、
当時よくあったマロヤとレゲエをフュージョンさせたマロゲのシンガーだろうと
タカをくくって、無視したようなおぼえが、うっすらあります。
レーベルも、駄作の多いオアシスだしね。

当時、レユニオンの地元レーベルのオアシスは、マロゲやセゲエなど、
レゲエと安直にミックスしたアルバムを大量に出していたんです。
マロヤやセガへのリスペクトなんぞ、カケラも感じられないクズ作ばっかりで、
レゲエ受容のココロザシの低さでは、ハワイのジャワイアンと肩を並べる、
聴くに値しない作品が山ほどあって、何枚処分したことか。

だもんで、ドレッド・ヘアのこの人も無視したんだと思いますが、
あちゃあ、この人はホンモノでしたね。
いっさいのメロディ楽器や西洋楽器を使わない、打楽器とコーラスのみの伝統マロヤ。
ちょっとノドに詰まったような声を振り絞るように歌っていて、
その吹っ切れた若々しい歌声は、胸をすきます。
パーカッションも粒立ちのよい打音を響かせていて、爽快そのもの。

01年のアルバムというと、サルム・トラディシオンのデビュー作が出た年ですね。
https://bunboni.livedoor.blog/2013-08-18
マロヤの演奏の禁止が解かれて以降の世代の活躍が始まった当時で、
シーンが上り調子になっていく時期ならではの、イキオイがありますね。
全9曲、わずか28分弱のアルバムですが、好作です。

Fabrice Camilo "MÉSYÉ LO RWA" Sedm/Oasis CD44613 (2001)

Hanta  RANO.jpg

マダガスカルの聞き逃し物件、発見。

02年にフランスのマリオンから出ていた女性歌手の2作目で、
本名のヴニハンタマララ・ランパラニを略して、ハンタと称しています。
マラガシ(マダガスカル語)では、「イヤント」と発音するそうですが、
いやぁ、マラガシの発音って、本当に難しくって、よくわかんない。

カボシ、マルヴァニ、ヴァリハ、ソディナといった民俗楽器主体の編成で、
ベースを除き、オール・アクースティックの伝統サウンドを聞かせます。
ゲストに、マダガスカルを代表するミュージシャンで世界的にも知られる、
ヴァリハのジュスティン・ヴァリとアコーディオンのレジス・ジザヴが参加しています。
軽やかな声で歌うハンタのスピード感溢れる歌いっぷりは、実に爽やか。
コーラスで早口ヴォーカルを聞かせる曲でのリズムのキレが、バツグンです。
女性コーラスに男性メンバーも加わって歌うポリフォニーも、味がありますね。

ハンタは、母方の祖父がピアニストで、母親は有名な合唱団の歌手という
中央高原の音楽一家に生まれ、幼い頃から音楽とダンスに没頭していたのだとか。
幼少期のほとんどを南部で暮らしたため、伝統儀式を通じて南部の伝統音楽を身につけ、
ツァピキ、バナイケ、ジヘ、ベコといった南部の伝統音楽も得意としています。
ハンタのグループは、マダガスカル南部代表として
フェスティヴァルに参加することもあるそうです。

本作では、西部のサレギや南部のツァピキといったシンコペイトの利いたリズム曲のほか、
南部の葬送歌のベコや、中央高地の伝統芸能ヒラガシの影響を思わせる曲も歌っていて、
マダガスカル音楽の多彩な伝統音楽の魅力をアピールしています。
アリオンらしい企画のアルバムですけれど、そんな企画と見事にハマったのは、
マダガスカルの多様な民族の音楽を習得した、ハンタの幅広い音楽性ゆえですね。

Hanta "RANO" Arion ARN64570 (2002)

Ann20O'aro202018 Ann20O'aro20202020Longoz

この訴えの強さは、いったいどこから来ているのだろう?

2年前レユニオンから登場した、
マロヤをベースとする新人シンガー・ソングライター、アノ・アロのデビュー作に、
戸惑いをおぼえつつ感じた第一印象が、それでした。
マロヤをルーツとして身体のなかに持っている人の歌声でなく、
あとから学び取った人の歌声だなということは、すぐに聴き取れました。
いまや女性もタブー視されることなく、マロヤを歌えるようになったんだなあと、
時代の移り変わりを実感させられたものです。

とはいえ、この人のマロヤは、かなり特異なトーンを持っています。
力強い声でもなく、表現力があまり豊かとも言えない歌唱ですけれど、
いったん耳を引き付けられると、その場から離れられなくなる磁力がすごくて、
歌に込められている「圧」のようなものに、金縛りになってしまいました。
シャウトしているわけでも、金切り声をあげるわけでもないのに、です。
アノ・アロの歌のほかは、マロヤで使われる打楽器(カヤンブ、ルーラーなど)に、
曲によりフルートとトランペットが加わるという超シンプルな伴奏も、かなり風変りです。

モノクロームのデジパックのジャケットを開くと、
目をつむり絶叫している顔のアップが載り、次のページには、
一点を凝視するフェイス・ペインティングを施した横顔に、ドキリとさせられます。
ほかにも、コンテンポラリー・ダンスの一場面を切り取ったかのような、
さまざまなアノ・アロの姿が映しとられていて、
彼女の音楽の特異性と共振しているようです。

シアトリカルな歌唱をなにより苦手とする当方にも、抵抗なく聞ける歌唱で、
いわゆる上っ面の演技力ではない、もっと内面から溢れ出る訴求力が
この人にはあるという思いを強くしました。
それを理解するには、何を歌っているのか、歌詞がわからないことには、
この音楽は手に負えないなと思ったまま、やり過ごしていたのでした。

そして届いた2年ぶりの新作。
今度はパーカッションとトロンボーンのみの伴奏という、
ギリギリに音数を抑えた伴奏で歌っていて、
さらに強力なパフォーマンスを繰り広げているじゃないですか。
これは、ちゃんとこの人のことを調べてみなくてはという気にさせられましたよ。

アノ・アロの経歴を見ると、90年レユニオン島のタン・ルージュ生まれながら、
レユニオン時代にマロヤを聴くチャンスはなく、
ケベックに居を移して初めてマロヤを聴き、ケベックからパリを経由し、
レユニオンに帰郷してからカバール(マロヤのパーティ)に通い始め、
クレオール語で歌を書き始めたというキャリアの持ち主。

歌手になる以前は、コンテンポラリー・ダンスと合気道を学び、
クレオール語で書いたテキストによるダンスの振付作品で、
舞台制作も行っていたそうで、身体表現とリズムへの鋭い感性が、
この人独特の個性を生み出したといえそうです。

そして、やはり問題は歌詞の方でした。
彼女は、性暴力、近親相姦、アルコール依存症、脱植民地化といったテーマを
クレオール語の詩をつけて歌っていたのですね。
とりわけ性暴力、近親相姦については、彼女自身の自伝的内容を含んでいて、
父親からレイプされ、性暴力の被害を受けてきた体験にもとづいているといいます。
のちに父親は首つり自殺をし、さらに彼女に重い苦しみを残しています。

アルコール依存症は、植民地時代のサトウキビ工場経営に遡る問題です。
インド、マダガスカル、コモロから雇い入れた年季労働者を製糖工場で働かせるのに、
低賃金で劣悪な労働条件のもとでも、不平不満が出ず、
反乱を起こさせないようにするために、労働者たちに売れ残りのラム酒を与え、
従順に飼い慣らしたという搾取のシステムが、
現在もレユニオン社会に深い傷跡を残しているのだそうです。

わずか7歳から11歳で、字も読めない子供たちが製糖工場で働かされ、
ラム酒を飲まされていたという事実は、初めて知りました。
レユニオンにも植民地経営の黒歴史ありということなのですね。

デビュー作のフルートとトランペットが、マロヤの装飾的な存在に過ぎなかったのに比べ、
今作のトロンボーンは、アノ・アロの声を補完する第2の声としてふるまい、
重要な役割を果たしていますね。
さらに、グナーワのリズムを取り入れた‘Pik Drwat’ や、
ズークのパロディのような‘Talon Malgash’ など、マロヤから拡張した音楽性も披露して、
アルバムに豊かなヴァリエーションをもたらしています。

マロヤ新世代の異色の偉才、要注目です。

Ann O'aro "ANN O'ARO" Cobalt 860336 (2018)
Ann O'aro "LONGOZ" Cobalt 860361 (2020)

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