after you

bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

『ミュージック・マガジン』7月号にディノ・ディサンティアゴのインタヴュー記事を寄稿しました。ぜひお読みください。

カテゴリ: 東アジア

鄭宜農  給天王星   鄭宜農  圓缺
鄭宜農(イーノ・チェン)は台湾インディのシンガー・ソングライター。
俳優、作家としても活動をしている人だそうです。
前作『水逆』(22)で初の台湾語アルバムを制作して、
金曲獎の最優秀台湾語アルバム賞と最優秀台湾語女性歌手賞をダブル受賞。
それに続く台湾語アルバム第2作となる新作が届いたので、聴いてみました。
せっかくなので同時入荷した19年の旧作『給天王星』も購入。

まず『給天王星』を聴くと、柔らかなイーノ・チェンの歌声と
たゆたうエレクトロが心地良い1曲目の「2017,你。」から、
映像的な広がりを持つサウンドスケープに引きこまれます。
一転、タイトなリズム・セクションがリードするグルーヴィな「街仔路雨落袂停」では、
ホップするシンセ音が幾層にもレイヤーされたプロダクションが心地いいったらありません。

アクースティック・ギター一本で始まる『賊』も、
途中からシンセが優しく楽曲を包み込むように加わっていくアレンジとなっていて、
シンセサイザーの使い方がすごくセンスがいい。
クレジットをチェックすると、シンセサイザー奏者の名は何俊葦(チュンホ)。
南瓜妮歌迷俱樂部 PUMPKINney Fan Club という
4ピース・バンドのメンバーだそうで、多くの曲でプロデュースやアレンジに関わっていて、
 才能を感じさせます。

そして最新作の『圓缺』は、つぶやきヴォーカルの『給天王星』から一転、
ヴォーカルががらりと逞しくなって、印象激変。
5年の間に音楽性もだいぶ変化をしていたようで、
ハードエッジなエレクトロ全開のサウンドに変貌しています。
こりゃまた『給天王星』とは別世界ですねえ。

めちゃめちゃ攻めたサウンドに仕上げた『圓缺』を、
イーノ・チェンと共同プロデュースしたのは、なんとチュンホ。
いやぁ、『給天王星』でデリカシーに富んだアレンジをしていたのと同じ人だとは。
テクノぽいビートばかりでなく、かなり実験的な音使いも随所でみられます。
両極を示すこの2作は、リスナーが分かれそうですねえ。

ところで本作のパッケージは、かなり凝った特殊仕様となっています。
ブックケースのような形状ながら、真ん中で切断されていて、
中に銀紙が巻かれたスリップ・ケースの中に、
スポンジ台座の上に載せられたCDトレイとブックレットを収めていて、
ダブル・スリップのような作りになっています。
前作の成功で豪華パッケージの制作費が出たのかしらん。

鄭宜農  「給天王星」  火氣音樂  FIREON0022/RW0039  (2019)
鄭宜農  「圓缺」  邊走邊聽  WMCL001  (2024)

Otis Lim  PLAYGROUD
自分の犬が可愛くってしょうがないという気持ちは、
犬を飼っている人の誰もに共通する感情。
そんな犬バカの気持ちが、
CDジャケットやインレイの写真の数々から伝わってくるCDですね。

偶然耳にして気に入った韓国のR&Bシンガーのデビュー作。
音だけ先に聴いてオーダーしたので、
CDが届いてはじめてヴィジュアルを見て、ほっこりしちゃいました。

愛犬を抱っこしている主人公のショットや、
芝生広がる冬の晴れた公園で、ボールを投げようとする主人公と、
その後ろから駆け出し始めている犬のショットなど、
主人公と犬の愛情がにじみ出て、微笑ましい限りです。
じっさい本作は、主人公オティス・リムの愛犬に捧げたものだそうで、
写真のモデルが彼の愛犬なんですね。

K-POPをまったく知らないので、
韓国のR&Bもぜんぜん聴いたことがないんですが、
この人を聞くと、すんごいレヴェルが高いのがわかりますね。
シティ・ポップみたいな曲もあるなど、
ドリーミーでポップなトラックが多く、
丸みのあるほがらかなR&Bは、幅広い支持を得られそう。

ムーンチャイルドばりの浮遊感のあるサウンドはスムースに流れるけれど、
細部にかなりこだわったアレンジが聴きとれますね。
要所要所にファニーな音を加えたりしていて、遊びゴコロも満載。
ドラムスのクレジットがないあたり、ドラム・パッドを使ってるのかな。
人力にしか聞こえないんだけど、最近の機材やアプリって、スゴイね。

こうしたサウンドづくりもすべてオティス自身が手がけていて、
デビュー作で作曲のみならずアレンジとプロデュースもこなすとは、
こりゃあ大器だな。

Otis Lim  “PLAYGROUND”  EMA  YP0425  (2024)

竇靖童 春遊.jpg

うわー! カッコえぇ~。
今の中国って、こんなことになってんの!?
なんのプロフィールも知らずに聴いた
中国人シンガー・ソングライターのアルバムを聴き終えて、
ほおっとため息がでました。

ものスゴイ才能の持ち主なのに、才気走ったギラギラ感がなくて、
育ちの良さが透けて見える、穏やかな人物像が好感もてますねえ。
表に出るのは鋭さではなく、まるっこさで、
これ見よがしな風を切る様子なんて、みじんもない。
なんせ終始つぶやくようなヴォーカルに徹しているし。
こういう若い才能に出会うと、アタマが下がるというか、降参!て感じ。

ギターと口笛で始まるほんわかとした「早上好」は、
猫の鳴き声やさまざまな日常風景の音が取り入れられた脱力ソング。
続くキュートなキーボード音に、懐かしいスクラッチ音が
たっぷりフィーチャーされる「Monday」のなんてカワイイこと!
ふんわりしたムードのままに続く、
ゆる~いジャジー・ヒップホップの「北京!咖啡!」なんて、ヌジャベスだぁ!

コンガの響きとギターのカッティングのベーシックな音の上に、
素っ頓狂なギターにコーラス、スクラッチなどなど、
奇妙な楽器音が行き交うよじれたアフロビートの「中場休息」。
ダウン・ストロークのギターを浮き彫りにして、歌やコーラスに
ざまざまな楽器音が現れては消えていく、はかない「狗熊」。

スティール・ギターがたゆたい、ストリングス・セクションと
かすかな電子音が交じり合う白昼夢のような「河流」。
スクエアな太鼓のビートと電子ビートが、
無機的なサウンドをかたどるアンビエント・エレクトロな「Hello」。
古いアップライト・ピアノがぽろんぽろんと弾かれる
「同一片天空下」は、その温かな響きに泣きそうになりました。

ひととおりアルバム聴き終えて、竇靖童(ドウ・ジントン)のバイオを
すぐさまチェック、ウィキペディアを読んで腰抜かしました。
なんと、竇唯(ドウ・ウェイ)と王菲(フェイ・ウォン)の娘だって!
なんだってぇ~、まぢですか! うわぁ、知らずに聴いてよかった。
フェイ・ウォンの娘だなんて聞いたら、ぜったいに手を出さなかったよ。
フェイ・ウォンはボクの天敵ですもん(苦笑)。
スカしてるヤツが大ッキライな当方とは、一番相性の悪い相手です。
ドウ・ウェイはぜんぜん問題ないんだけど。

Leah Dou GSG MIXTAPE.jpg

このあと、一緒に買った20年作を聴いたら、
ダウナーなエレクトロ・ヴァイブに満ちていて、本作とだいぶニュアンスが違う仕上り。
なるほどオルタナ気分の尖ったところなど、フェイ・ウォンの片鱗は感じられるな。
それでも母親みたいなスカした感じがないのは、二世の育ちの良さか。

『春遊』は、ドウ・ジントンにとって初の北京語のアルバムなのだそうで、
トリップ・ホップやエレクトロ・ホップを通過しながら、
中華圏らしい優雅な美学の境地に至ったのを感じさせる作品です。

竇靖童 (Leah Dou) 「春遊」 広東星外文化伝播有限公司 no number (2024)
竇靖童 (Leah Dou) 「GSG MIXTAPE」 広東星外文化伝播有限公司 no number (2020)

雷擎  南洋探險隊 外箱.jpg 雷擎  南洋探險隊.jpg

前回の記事を書いた後に、
雷擎(レイチン)が台湾のアンダーソン・パークと称されていることを知りました。
https://bunboni.livedoor.blog/2022-09-14
そのレイチンの第2作が台湾から届きました。
ざらりとした手触りの16センチ角の灰色の化粧箱には、
折り畳まれた大判サイズのポスターと、
ペーパー・ケースに収められたCDが入っています。
サブスクには、折り畳みポスターの方がジャケットとして扱われているようです。

『南洋探險隊』と題した最新作は、さまざまな国籍のミュージシャンを20人近く集め、
東南アジア10カ所でレコーディングを行われた大プロジェクト・アルバム。
セブ、マニラ、ウブド、スマラン、チェンマイ、バンコクを巡り、
土地土地でインスピレーションを得ながら作曲し、
フィールド録音なども行いながら、1年半をかけて制作したそうです。

フォーキーな1曲目は、バリの熱帯雨林でデモ録音されたとのこと。
メンバーの半分が食中毒にあたってしまい、満足いくセッションを終えたあと、
早々にホテルへ帰って全員横になって療養したそうです。
終盤、軽やかにサンバになるアレンジがシャレています。

スマランで作曲された2曲目は、バンコクでレコーディングしたもの。
タイのインディ・ロック・グループ、H3Fのギタリスト、ゴンのロック・ギターが
ウナリを上げ、クールなネオ・ソウル・サウンドに野性味を加えています。

サルサ・アレンジの5曲目は、60年代東南アジアのコロニアルな
ラテン歌謡のニュアンスが色濃くにじんだ曲。
アルバムの中でも特異なムードを放っていますが、
貧しい母親が病気の赤ん坊を抱いて物乞いをしている姿や、
汚水溝の脇でサッカーに興じる着の身着のままの黒い靴底の子供たちなど、
路上で遭遇した衝撃的な光景がインスピレーションになったといいます。

このほかにも、チェンマイで録音された銅鑼の音や、
ウブドの荒野で録ったバリの伝統楽器を使った即興演奏、
セブの地下洞窟でセッションした録音といったさまざまな旅の音が
記録されていて、旅先で起こったハプニングをコラージュしています。

冒険体験記といえそうなこの作品は、
あらかじめコーディネイトされた旅行からは生まれない、
体当たりで現地に乗り込んだこそ生み出された
サウンド・コレクションが詰まっていて、とても魅力的です。

雷擎 「南洋探險隊」 浮氣音樂有限公司 no number (2024)

憶蓮  「0」.jpg

林憶蓮(サンディ・ラム)の新作。
うわー、ずいぶんとご無沙汰してました。
ディック・リーとコラボした91年の『夢了、瘋了、倦了』『野花』を最後に、
ぜんぜん聞いていなかったなあ。

ひさしぶりに巡り合ったCDのスリップケースには、
「林」がなく「憶蓮」とだけ書かれていて、改名したのかと思いきや、
歌詞カードのクレジットはすべて林憶蓮とあり、どーなってんの?
そういえば、87年に『憶蓮』というCDを出してたことがあったけど。

そこらへんの事情はわかりませんが、
今回香港から届いたCDは、18年にデジタル・リリースされた作品。
翌19年に台湾のみで限定LPリリースされ、
昨年末になり5周年を記念して香港で限定CD化され、
今年に入って平裝版(通常版)として再リリースされたものとのこと。
平裝版には限定版にないシークレット・トラック ‘Angels’
(3曲目「纖維」の英語ヴァージョン)が最後に収録されています。

個人的には30年以上ぶりに聴くサンディ・ラムですが、
ひそやかな歌い口は変わらず。しゃべるような語り口は、この人の個性ですね。
年月を経て円熟を示すのではなく、昔と変わらぬみずみずしさを表出するのは、
守りでなく攻め続けてきたアーティストの証のように思えますね。

そんなことを思ったのは、アルバムのサウンドが意外にもダウンテンポだったから。
なるほどサンディの静謐で幽玄な音楽世界に、
ダウンテンポのサウンドスケープは、ぴたりハマリますね。
アンビエントやエレクトロのデリケイトな扱いは抑制が利いていて、
声高に主張することはありません。

エレクトロすぎず、ミニマルすぎず、実験的すぎず、
過剰にアーティスティックとならぬよう、ロック調の曲で通俗さを残しつつ、
ドリーミーに表現されるサウンド。
サンディのため息まじりの声とファルセットに恍惚とさせられます。
この歌声が50代半ばって、スゴくないですか。

憶蓮 「0」 Universal 650211-5 (2019)

Yuhan Su  LIBERATED GESTURE.jpg

ニュー・ヨークで活動する台北出身のヴィブラフォン奏者スー・ユーハンの新作。
18年の前作で注目した人なんですが、新作がこれまた強力。
https://bunboni.livedoor.blog/2020-04-07

前作とはメンバーを全員変えていて、
ピアノはクレイグ・テイボーンの後釜としてティム・バーン・グループに起用された、
マット・ミッチェル、アルト・サックスはシンガポール出身のキャロライン・デイヴィス、
ベースは今年オリ・ヒルヴォネンと共に来日したマーティ・ケニー、
https://bunboni.livedoor.blog/2023-09-23
ドラムスはM-Base 的な変拍子やリズムの崩しも得意とするダン・ワイス。

スー・ユーハンは、モーダル・ジャズを更新する
コンテンポラリーなタイプの音楽家ですけれど、
フリー寄りのインプロヴィゼーションを展開するマットのピアノと、
M-Base の変拍子ファンクを引用したリズム展開も聞かせるダンのドラムスによって、
今回はかなり攻めた作品に仕上がっていて、もうめちゃくちゃカッコイイんですよ。
ファンクとスウィングが同居するダンのドライヴ感には、ワクワクさせられます。

ユーハンの抒情味のあるメロディを生かしたハーモニー豊かな作曲と、
キレッキレのリズムと時に乱調に及ぶ抽象度の高いスリリングな即興が絶妙です。
前作でも緊張と緩和の押し引きに感じ入ったけれど、
スー・ユーハンの魅力は、作曲と即興のバランスの良さだなあ。
ラスト・トラックの終盤で、コミカルなインプロを繰り広げたあとに、
音量を落としてスッと終わるカッコよさに降参です。

Yuhan Su (蘇郁涵) "LIBERATED GESTURE" Sunnyside SSC1717 (2023)

LINION  Hideout.jpg

昨年瞠目した台湾の新世代シンガー・ソングライター、リニオンの3作目を数える新作。
CDリリースをずっと待ち焦がれてましたが、ようやく届きましたぁ。
2年遅れで聴いた前作は、いまの台湾インディ・シーンを支える
若い音楽家たちのレヴェルの高さに、驚嘆させられた大傑作でした。
https://bunboni.livedoor.blog/2022-09-12
昨年の下半期から今年の春まで、一日も欠かすことなくヘヴィロテしていただけに、
新作への期待はいやおうなく高まっておりました。

生演奏によるオーガニックなネオ・ソウル・サウンドは前作を踏襲していて、楽曲も粒揃い。
期待を裏切らぬ仕上がりですが、新作を聴いてまず変化を感じたのは、タイトなドラミング。
前作がクリス・デイヴの影響あらかたな、もたったドラミングが印象的だっただけに、
おっ、ドラムスが変わったなとすぐに気づきます。

前作ではアメリカ西海岸で活躍するエファ・エトロマ・ジュニアが起用されていましたが、
今作はカリフォルニア出身のビアンカ・リチャードソンに変わっています。
ビアンカ・リチャードソンは、エファ・エトロマ・ジュニア同様、
ムーンチャイルドと共演歴があり、やはりというか予想通り二人とも、
リニオンがロス・アンジェルスへ留学していた時代の音楽仲間だそうです。

そしてアレンジは、リニオンと参加ミュージシャンが中心となっていて、
前作のアレンジのキー・パーソンだった雷擎(レイチン)の名前は、今回ありません。
オープニング曲のイントロで、ヴォーカル・ハーモニーを繰り出す新たな試みなど、
レイチンに劣らぬカラフルなサウンドを生み出しているのは、
リニオンを含む台湾の若手音楽家のレヴェルの高さの証明でしょう。

そして前作同様耳を引き付けられるのは、リニオンのグルーヴィなベース・プレイ。
粘り気たっぷりな後ノリのグイノリ・ベースが、もう辛抱たまらーん。
ジェリー・ジェモットをホウフツさせるクロマティックなライン使いや、
ウィルソン・フェルダーばりの重くハネるベースに耳ダンボとなります。

そして今年の金曲獎で最優秀新人賞を獲得した、
洪佩瑜(ホン・ペイユー)とのデュエット曲も聴きもの。
陳政陽のラウル・ミドンふうのアクースティック・ギターが印象的なラストまで
あっという間の8曲に、すぐさまアタマからリピートしてしまいます。
またまた半年間のヘヴィロテの始まり始まり~♪

LINION 「HIDEOUT」 嘿黑豹工作室 no number (2023)

扎格達蘇榮  蒙古族長調歌王.jpg

内モンゴル自治区出身の女性監督の長編デビュー作
『草原に抱かれて』の試写(9月公開予定)を観ました。

主人公は、内モンゴルの都会に暮らすミュージシャンのアルス。
アルスの兄夫婦と暮らしている母親は認知症で、
兄夫婦は介護ノイローゼになっています。
アルスは一大決心をして母を引き取り、草原の故郷へ連れ帰る決心をします。
認知症が進んで徘徊を繰り返す母をアルスは自分の身体と太いロープで括り、
母が求めてやまない思い出の木を探して旅を続けていくという物語です。

内モンゴルの雄大な自然と、生と死が隣り合うテーマを、
都市の現代社会と草原の伝統生活を交錯させながら描く物語が秀逸で、
あたかもへその緒でつながったかのような逆転した母子像は、
死へ向かう人間が自然に融解していくさまを見ているようでした。
この映画を観終えた直後に、
内モンゴルの長調歌のアルバムと出会うとは面白い縁です。

扎格達蘇榮(ザクダスーロン)は、内モンゴル自治区シリンゴル盟出身の
オルティン・ドー(長調歌)の大御所。
広い声域を持ち、ホレボレとするメリスマを披露してくれます。
オルティン・ドーが「長い歌」と称するのはトルコのウズン・ハワとまったく同じで、
中近東から西アジア、中央アジアを経て日本の追分につらなる
こぶしロード([コピーライト]中村とうよう)の内モンゴル編といえます。

中村とうようが指摘したこぶしロードは、小泉文夫が唱えた
中央アジアから日本のこぶし文化圏を拡張したものでしたけれど、
小島美子は日本民謡とモンゴル民謡の同源説を、
歴史学の観点から証明できないと否定的でした。
学問的な正しさはさておき、オルティン・ドーを聴けば、追分との類似について
音楽的妄想というか想像力をふくらませずにはおれません。

馬頭琴、三絃、笛、琴などを伴奏に歌われる悠然とした歌いぶりに、
あっという間に雄大な草原へと連れていかれます。
しっかりとアレンジされた演唱は、オーセンティックさより、
芸術的洗練を感じさせるものですけれど、
それでも十二分にフォークロアな味わいを感じ取ることができます。
長調は歌そのものが長く、音階の変化も少なくて、ゆったりと安定していますね。
歌詞が少ないので、メロディの深みとメリスマの美しさにうっとりさせられますよ。

36ページのブックレットが付属されていて、中国語・英語による解説と、
中国語とモンゴル文字で歌詞が載せられています。
解説によると、1曲目の「都仍扎那(ドゥルンザナ)」は、
19世紀にモンゴル相撲の力士として英雄視されたドゥルンドリガルの物語とのこと。
横綱となったドゥルンドリガルは、モンゴル語で「象」を表すザナの名で称賛され、
ドゥルンザナの称号を与えられた伝説の英雄となったそうです。

モンゴル民族の英雄や、モンゴルの美しい草原や自然の賛美、
家族への愛情や友情などを歌った21篇。心が透明になります。

扎格達蘇榮 「蒙古族長調歌王」 中国 CCD2598 (2008)

Elephant Gym  GAZE AT BLUE.jpg Elephant Gym  DREAMS.jpg

才能豊かなミュージシャンが目白押しの台湾インディに、
目を見張るばかりなんですけど、またまた面白いバンドを見つけちゃいました。

それが、エレファント・ジム。
12年に高雄で結成された、スリー・ピースのポスト・ロックのバンドです。
これまでジャズやネオ・ソウルの分野で、台湾に注目していたんですが、
こちらはポスト・ロックという、ぼくの目ではなかなか見つからないジャンルのバンド。
そんな門外漢でも気付けるほど、すでに日本でも人気急上昇で、
大勢のファンがいるんだそう。それもそのはず、19年に初来日し、
昨年はフジロックへ出演して、秋に2度目の日本ツアーもしていたんですねえ。

もともとインストのバンドだったようですけれど、近年はヴォーカルをフィーチャーして、
ヒップ・ホップやフューチャー・ソウルに接近するサウンドを展開するようになり、
それでぼくの耳にも届くようになったみたい。最初に聴いたのが、
日本ツアーのライヴ会場で販売していたという、3曲入りEPの『凝視 GAZE AT BLUE』。

ピアノ・ソロと、インストとヴォーカル入りの
二つのヴァージョンのタイトル曲の実質2曲で、
ベースの張凱婷(KT・チャン)が作曲した、
静謐な1曲目のピアノ・ソロに引き込まれました。
抑制の利いたピアノを弾いているのはKT・チャン。そのシンプルなピアノ・プレイと、
次のタイトル曲でのテクニカルでメロディアスなベース・プレイは、対照的でした。

そして昨年リリースされた新作は、ソリッドなギターの音色、よく歌うベース・ライン、
引き締まったビートを叩き出すドラムスという、これまでの彼らの音楽性をベースに、
楽曲がよりポップになりましたね。ヴォーカルもフィーチャーして(日本語曲もあり)、
幅広いリスナーへアピールする内容になっています。
張凱翔(テル・チャン)の変拍子を多用したコンポジションが、個人的に花丸ポイント。

CDを買ったお店で付いてきた特典CD-Rには、
チャイコフスキーの曲を弾いた短いギター・ソロと、
高雄管弦楽団とコラボしたライヴ録音が収録されていて、
彼らの音楽性の豊かさがうかがえます。

新作は、淡い色の風景を描くサウンドスケープが、
東アジアらしい感性を伝えるようで、その美しさに魅せられました。
ライヴ、観てみたかったかも。

大象體操 Elephant Gym 「凝視 GAZE AT BLUE」 no label EG002 (2019)
Elephant Gym 「DREAMS」 Word WDSR005 (2022)

MONA FONG MEETS CARDING CRUZ.jpg

コン・リンとファビュラス・エコーズの紙ジャケットCDボックスが届いて、
香港ダイアモンドのボックス・シリーズ『鑽石之星』で、
ほかにどんなアイテムが出ているのか、気になってきました。
はじめにラインナップをきちんと調べもせず、レベッカ・パンに飛びついたんでしたが、
調べてみたら、『鑽石之星』(ダイアモンドのスターたち)シリーズは、
9タイトルも出ていたんですね。

トータル57枚ものダイアモンドのオリジナル・アルバムが、
ペーパー・スリーヴCD仕様となって、9つのボックスに収められているわけです。
単独アーティストのボックスは、レベッカ・パン、コン・リン、ジョー・ジュニア、
ファビュラス・エコーズ、テディ・ロビン&プレイボーイズの5組で、
残る4組はオムニバスのボックスになっていました。

オムニバスのなかには、以前記事にしたことのある
タン・ケイチャンの『鄧寄塵之歌』が入ったボックスもあります。
https://bunboni.livedoor.blog/2015-10-25
そして驚いたのが、長年探し続けるも、
とうとう手に入らずじまいのレコード2枚が揃って入っていたこと。
まさかこの2枚がCD化されていたとはツユ知らず、大カンゲキです。
偶然にも2枚とも同じオムニバスのボックスに入っていて、即オーダーしましたよ。

その1枚が、上海生まれの方逸華(モナ・フォン)の60年作です。
モナ・フォンは、シンガポールと香港のナイトクラブに進出して成功し、
当時の海外ヒット曲の英語カヴァーを歌って有名になった人です。
その彼女がダイアモンドで録音した60年作は、
タイトルに「カーディング・クルースとの出会い」とあるように、
香港と東京を往復して活躍したフィリピン人ピアニスト、
カーディング・クルースのオーケストラが伴奏したアルバムで、
コン・リンの60年作と肩を並べる、オフ・ビート・チャ・チャの二大傑作です。

カーディング・クルースは、コン・リンの記事でも触れたとおり、
オフ・ビート・チャ・チャを日本に伝えた、いわばドドンパのオリジネイター。
https://bunboni.livedoor.blog/2023-02-09
そのカーディング・クルース・オーケストラが伴奏で、
コン・リンのアルバムで伴奏をしたセルソ・カリージョがアレンジを務めるという、
オフ・ビート・チャ・チャの両巨頭が顔を揃えた重要作なのです。

「黄色いサクランボ」で始まり、
「ブンガワン・ソロ」や「夜来香」といったレパートリーを、
英語とマンダリンを交えて歌うモナ・フォンは、コン・リンとはまた異なる個性で、
アルト・ヴォイスが魅力の、ナイトクラブ歌手らしい魅力をふりまきます。

オーケストラもかなり本格的で、
ストレートにマンボと呼べる演奏もあって、聴きごたえがありますねえ。
一方、三連でハネるリズムが聴けるパートあり、
ラテン由来ではないリズムが顔を出したりと、
オフ・ビート・チャ・チャならではの楽しさもたっぷり味わえ、堪能しました。

と、ここまで書いてきて、気付いたんですが、コン・リンの60年作同様、
こちらもイギリスのセピアがLPリイシューしたもよう(CDはありません)。
両作とも近く日本に入ってくるでしょう。
「オフ・ビート・チャ・チャ祭」とか、誰か仕掛けたら、いいのに。

方逸華 (Mona Fong) 「MONA FONG MEETS CARDING CRUZ」 Diamond/Universal 0811567 (1960)

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