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bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

『ミュージック・マガジン』7月号にディノ・ディサンティアゴのインタヴュー記事を寄稿しました。ぜひお読みください。

カテゴリ: 西・中央ヨーロッパ

Laíz & The New Love Experience  ELA PARTIU.jpg

サン・パウロに生まれ、アメリカ経由でベルリンへ渡ったライズは、
ブラジリアン・ソウル、ファンク、トラップ、レゲエ、アフロビートをミクスチャーした
カラフルなブラジリアン・ヒップ・ホップを聞かせてくれます。

ジャンル横断の豊かな音楽性は、ベルリンという地で、
同じディアスポラである移民ミュージシャンたちとの共同作業から
生み出されたもののようで、生演奏というのが嬉しいですね。
ブラジリアン・ヒップ・ホップでは、かつてサウンド・クリエイターの才能に瞠目した
クリオーロ以来の逸材といえるんじゃないのかしらん。
クリオーロがUKから世界配給されたように、
ライズはベルリンから世界に発信されたのですね。
https://bunboni.livedoor.blog/2012-09-28

ライズはマルセロD2(・デー・ドイス)のヒップ・ホップを通じて
サンバの伝統を向き合ってきたのだそうで、
スラム育ちのサンバの本質を、ストリートのヒップ・ホップが継いでいるのが、
ここでも証明されたといえそうです。

ゲスト陣には、ジェンバー・グルーヴのガーナ人シンガー、エリック・オウス、
https://bunboni.livedoor.blog/2024-05-16
スーダンのトラップ・ラッパー、ゼヨ・マン、
コート・ジヴォワールのシンガー、VOVAが参加しています。

ベルリンのアンダーグラウンドなヒップ・ホップからブラジル音楽を再発見し、
ブラジル人のアイデンティティを探し求める旅のなかで、
リトル・シムズやサンファ・ザ・グレートに共感する感性が、
才能豊かなディアスポラのミュージシャンを呼び寄せたのでしょう。
主役のライズのフロウが埋もれがちになるほど、演奏は雄弁で、
ネオ・ソウルの洗練や、ジャジーなホーンのジャズ・テイストに、
耳をそばだてさせられます。

Laíz & The New Love Experience "ELA PARTIU" Besser Samstag & Agogo AR165CD (2024)

Wolfgang Valbrun  FLAWED BY DESIGN.jpg

胸をすくソウルフルな歌いっぷりに、聴き惚れました。
この人もまたレトロ・ソウルの文脈にのって出てきた新人らしく、
下敷きにしているのは70年代ソウルですね。

経歴を見て、驚きました。
ニュー・ヨーク出身。音楽好きの母親の影響で、
ソウル、ゴスペル、ジャズを聴いて育ち、
10代でパリに引っ越してヒップ・ホップ、ブラジル、ラテンへと興味を広げ、
その後ベネズエラで生活してサルサ、メレンゲを吸収し、
フランスに戻ってロンドンをベースとするソウル・コレクティヴ、エフェメラルズに、
ヴォーカリストとして参加したという人です。

エフェメラルズは、70年代のディープ・ソウルにターゲットを置いたグループで、
エフェメラルズのメンバーのバックアップで制作された
ウォルフガング・ヴァルブランのデビュー作も、同路線といえます。
エフェメラルズのソロ・プロジェクトといえるのかもしれませんね。

サイケデリックな感覚も強いローファイなサウンドで、
ラグドなフィールが横溢するも、あざとさはありません。
狂おしく歌うウォルフガングのヴォーカルに真実味があって、
それが歌に説得力を与え、聴く者の胸を打ちます。

パリに住むウォルフガングが、ロンドンにいるメンバーと
レコーディングするというのも一苦労ありそうで、
サックス奏者はベルリンにいたとのこと。
ファイル交換によるレコーディングが、COVID禍ですっかりお馴染みになったとはいえ、
全員揃ってせーの!で録音しなけりゃ、
なかなかこの一体感はでないですよね。

Wolfgang Valbrun "FLAWED BY DESIGN" Jalapeno JAL443CD (2024)

Parranda La Cruz.jpg

フランスのリヨンから、また面白いグループが登場しました。
ベネズエラ、カラカス出身のシンガー、レベッカ・ロジャー・クルースが
18年に結成したパランダ・ラ・クルースは、グループ名が示すとおり、
ベネズエラのカーニヴァル音楽パランダを標榜する4人組。

ベネズエラのカリブ海沿岸で繰り広げられるカーニヴァル音楽のパランダは、
生命感あふれる祝祭の音楽ですけれど、
彼らが演奏するのは伝統音楽ではなく、大西洋とインド洋の狭間から、
国際的なフォークロアの坩堝を新たに生み出そうとするものです。

レベッカがリヨンで活動するマロヤのコレクティヴ、
チ・カニキのシンガー、カマルゴー・ドラトゥールと出会ったことから、
アフロ・アトランティック音楽の新たな冒険が始まったとのこと。
チ・カニキでルーレを叩くリュック・モインドランゼも
パランダ・ラ・クルースの一員となっています。

パランダ・ラ・クルースは、アフロ=ベネズエラ音楽の太鼓クマコ、
3台一組の細長太鼓クロ・エ・プヤ、竹筒キティプラス
(竹筒を石や地面に叩きつけて音を出す楽器)に、
レユニオンのパーカッションのカヤンブ、ルーレ、
さらにコンガやカホンも使って歌うパーカッション・ミュージックで、
ハイブリッドなアフロ・アトランティック音楽をクリエイトしています。

デビュー作となる本作には、アフロ・ベネズエラ音楽の重鎮フリオ・サンティアゴ、
「ベネズエラの黒い声」ベツアイダ、ネレイダ・マチャドの3人をゲストに迎え、
ベネズエラのカリブ海沿岸で繰り広げられるカーニヴァル音楽の祝祭を蘇らせます。
パランダのリズムにマロヤのリズムが交錯するところが、聴きどころですね。
生命力あふれる声と打楽器が奔流となって、
伝統と現代を共鳴させることに成功していますよ。

それにしても、リヨン、すごいな。
アフロ・ミュージック新時代を発信する最重要地じゃないですか。
https://bunboni.livedoor.blog/2017-04-17
https://bunboni.livedoor.blog/2022-10-02
https://bunboni.livedoor.blog/2022-11-07
https://bunboni.livedoor.blog/2024-04-12
https://bunboni.livedoor.blog/2024-04-18

Parranda La Cruz "PARRANDA LA CRUZ" Lamastrock & P.A Gauthier Éditions LAM114-387 (2023)

Wassa Sainte Nébuleuse  NOIRE TO PEAU.jpg

コレはいったい、どういう出自の音楽なんでしょう???

西アフリカのさまざまな音楽を参照しているんだけど、
歌う主の声はアフリカンではなく、白人なのは明々白々。
ヨーロッパ白人がアフロ・ポップをやると、
どうしても音楽がファッションになりがちなんだけど、
この音楽には個人的な切実さがあって、演奏も借り物らしからぬこなれ感がある。

メランコリックでダウナーなトリップ・ホップのようなフィールと
アフリカのグルーヴが同居する魔訶不思議な音楽。
ワッサ・サント・ネブリューズとは、いったい何者?
デジパックのパネルに長い献辞があるものの、
ミュージシャンのクレジットがなくて、皆目正体がわかりません。

調べてみると、ワッサ・サント・ネブリューズは、
ジャケットに映る女性歌手ナニ・ヴィタールのプロジェクトなのですね。
ナニ・ヴィタールは、ブルターニュのモルビアン湾に浮かぶ
小島ゆいいつの混血家族に生まれ育ったのだそうです。
トーゴ出身の祖父と母の話を聞きながら、西アフリカへの情熱を育む一方、
自分が「カフェ・オ・レ」であることを周囲から教わり、
みずからのアイデンティティを探す旅に出たといいます。

マンディンゴの伝統的なレパートリーと、
アフロ・コンテンポラリーな表現を探求するダンサーとして8年間活動した後、
ナント出身のエレクトロ・ワールド・グループと1年半を過ごし、
その後自身の作曲に取り組むようになったとのこと。
ナニが憧れるウム・サンガレやロキア・トラオレと同じバンバラ語で歌詞を書き、
その歌を表現すべく、15年にワッサ・サント・ネブリューズを結成したのですね。

ミュージシャンたちはすべてフランス人のようで、
コラを弾いているのがゆいいつのアフリカ人音楽家で、
トゥマニ・ジャバテの甥っ子のアダマ・ケイタですね。
ワッサ・サント・ネブリューズをアフロ・フュージョンと称するテキストもみかけますが、
深い内省とデリカシーに富んだこの音楽に、
そんなチープなラベリングをするのは不適切だな。

そもそもフュージョン寄りのサウンドではなく、
ドラムスはかなりロック的だし、ギターはマンデ・スタイルであったり、
トゥアレグのイシュマール・スタイルであったりと、曲によって弾き分けています。
ノクターンをイメージする詩的な音楽は、ヨーロッパの知性を強く感じさせながら、
そのインスピレーションをアフリカに求めているのが、とても新しく聞こえます。

Wassa Sainte Nébuleuse "NOIRE TO PEAU" no label no number (2024)

Otis Sandsjö  Y-OTIS TRE.jpg

首を長くして待っていたオーティス・サンショーの新作!
オーティス・サンショーはベルリンを拠点に活動する、
スウェーデン人テナー・サックス奏者。
アルト・クラリネット、フルート、バリトン・サックス、
ドラムス、ローズ、シンセサイザーもプレイし、実験的なジャズを演奏しています。

本作は、コマ・サクソ率いるベーシスト、ペッター・エルドと
https://bunboni.livedoor.blog/2023-12-16
キーボード奏者ダン・ニコルズの3人による “Y-OTIS” プロジェクトの3作目。

Otis Sandsjö  Y-OTIS.jpg Otis Sandsjö  Y-OTIS 2.jpg

18年の初作では、
アブストラクトなアクースティックなジャズのフォーマットがベースにあって、
そこにエレクトロやサンプリングを付け加えていくという作りになっていて、
実験的な試みがまだ手探り状態でしたけれど、
20年の第2作になると、プリ・プロダクションの段階から
曲のイメージを膨らませて完成形に仕上げているようで、
コンポジションと即興の自由度が増したのを感じます。

おそらく断片的なサウンド・メモを膨らませて、
曲に仕上げていくような作曲をしているんじゃないかと思うんですが、
ラフ・スケッチとなるアイディアがさまざまに繋げられていて、
それによってリズムの構造も多彩になっている面白さがあります。
今作では、トロンボーンやパートごとに複数人のドラマーを起用するほか、
アディショナル・サウンド・デザインとクレジットされたゲストも参加しています。

実験的なのにエクスペリメンタルな感じはしなくて、
柔らかに浮遊するようなドリーミーな空気感がすごくいい。
ムーンチャイルドとかキーファーあたりにも通じるムードといえばいいかな。
サンショーはこの音楽をリキッド・ジャズと呼んでいますが、
さまざまなジャンルが溶解して液体になったという意味なんでしょうか。
ヒップ・ホップを通過した世代のエレクトロニカ・ジャズのサウンド・テクスチャが、
たまらなく魅力的です。

Otis Sandsjö "Y-OTIS TRE" We Jazz WJCD63 (2024)
Otis Sandsjö "Y-OTIS" We Jazz WJCD08 (2018)
Otis Sandsjö "Y-OTIS 2" We Jazz WJCD26 (2020)

divr  IS THIS WATER.jpg

衝撃のピアノ・トリオが登場!
1曲目のイントロではや、ぎゅっと耳をつかまれちゃいましたよ。
無機的な音魂を叩くピアノ、いびつにずれたリズムを叩くドラムス、
チェンバロのようなトレモロを響かせる内部奏法。

なに、このカッコよさ!
スイスのトリオのデビュー作で、ぼくが注目するフィンランドのウィ・ジャズからの新作。
このレーベルの作品って、ぼくのツボに見事ハマるなあ。
グループ名はディヴルと読めばいいのかな。
一聴で金縛りにあっちゃって、CDが届くのを首を長くして待っていました。

抽象的なコンポジションを、
フリー/アンビエント/ミニマルな手さばきで演奏するジャズ。
まったくエレクトロを使用しないアクースティックの編成なのに、
電子音楽のようにも聞こえる不思議さ。

モチーフの断片から即興的に発展したような曲が多くて、
ミニマルなフレーズの連なりにいっさい甘さのないところが、いい。
物憂げなコードも抒情を呼びよせないので、音楽がキリッと引き締まります。
ピアノがギザギザとした弧を描いて、エネルギッシュにかけあがっていく
レディオヘッドのカヴァー ‘All I Need’ など、もうドキドキが止まりません。

実験的なアンビエント・ジャズのキーボード奏者ダン・ニコルズが、
ミックスとポスト・プロダクションをしていて、
このポスト・プロダクションがかなり利いていますね。
ピアノをガムランのような音に加工したりしていますよ。
アブストラクトにしてエレガントな仕上がりは鮮やかです。

まもなくウィ・ジャズから届くオーティス・サンショーの新作も、
ダン・ニコルズ、ペッター・エルドとの3人による作品なので、
こりゃあ、めちゃめちゃ楽しみだなあ。

divr "IS THIS WATER" We Jazz WJCD60 (2024)

Nguyên Lê Trio  SILK AND SAND.jpg

ヴェトナム系フランス人ギタリスト、グエン・レの新作。
19年の前作も年の暮れに聴いた覚えがありますけれど、
今回もまた年末に聴いているのでした。今年の3月に入荷していたんだけど。
https://bunboni.livedoor.blog/2019-12-29
今作もグエン・レらしいワールド・ジャズが全面展開した作品となっていますね。

ぼくがグエン・レのジャズをワールド・ジャズだという解釈をしているのは、
ジャズがグローバル化しているというのとは別の文脈で、
ワールド・ミュージックのジャズ的展開と捉えているからです。
グエン・レは、音楽教育機関を経ずに独学でジャズ・ミュージシャンとなった人で、
マルチニーク、カメルーン、セネガル、モロッコ出身ほかのミュージシャンが集まった、
ウルトラマリンというグループへの参加がキャリアのスタートでした。

グエン・レはロック、ファンク、ジャズをベースに、自身のルーツである
ヴェトナムの伝統音楽を自分の音楽に取り込むのと同じ作法で、
アフリカ、カリブ、アラブ、アジアなどさまざまな音楽家との交流を経ながら
マルチカルチュラルな音楽世界を生み出してきました。

グエン・レのワールド・ジャズが、けっして無国籍音楽とならないのは、
それぞれの音楽要素がフュージョン(融合)して溶けて消えてしまうのではなく、
それぞれの独自性を輝かして、ハイブリッドな音楽に昇華させているからです。
まさしくそれは、パリを拠点に活動する移民系音楽家のなせる業でしょう。

トリオ名義の本作は、前作に続くカナダ人ベーシストのクリス・ジェニングスと、
スティングのバンドで活躍するモロッコ人打楽器奏者ラーニ・クリジャが参加。
ゲストにサラエボ出身のトランペッター、ミロン・ラファイロヴィッチ、
ウルトランマリン時代の仲間のカメルーン人ベーシスト、エティエンヌ・ムバッペ、
フランス人フルート奏者シルヴァン・バロウが加わります。シルヴァンはここでは、
インドの竹笛バンスリ、アルメニアのダブルリードの木管ドゥドゥクを吹いています。

冒頭から変拍子使いで、クランチ・サウンドのギターが楽しめます。
グエン・レの楽曲は11拍子を多用するんですけれど、
今作には十進記数法を逆手に取った ‘Onety-One’ なんてタイトルの曲もあります。

これまでワールド・ジャズと形容していたグエン・レのジャズですけれど、
むしろマルチカルチュラル・ジャズと呼んだ方がいいのかもしれないと思い直しました。

Nguyên Lê Trio "SILK AND SAND" ACT 9967-2 (2023)

Balaphonics & Mary May.jpg

バンド名が示すとおり、
バラフォンをメインに据えたフランス白人によるアフロ・ソウル・バンド。
フランスとバラフォンといえば、ブルキナ・ファソ人グリオとフランス人がコラボした
カナゾエ・オルケストラがありましたけれど、
https://bunboni.livedoor.blog/2016-12-20
こちらでバラフォンを叩いているのはフランス白人。

以前はバラフォン奏者が二人いたようですけれど、本作では一人となり、
バラフォンよりサックス2,トランペット、トロンボーンによる
4菅のホーン・セクションを前面に打ち出したアフロ・ブラス・バンドとなっています。
ベースはスーザフォンが担っているところも、なかなかユニークです。

21年の前作では、モリバ・ジャバテやジュピテール&オクウェスといった
ゲスト・ヴォーカルを迎えていましたけれど、本作ではコンゴをルーツとする
アフリカ系フランス人シンガーのマリー・メイと1年間の共同作業を経て、
本作を制作したそうです。

か細く頼りなくも聞こえるマリー・メイのヴォーカル(ラップもする)は、
過去のアフリカン・ポップスの文脈からはまったく外れるタイプの歌声ですけれど、
21世紀のグローバルなポップスに溶解したアフリカン・ディアスポラの
チャーミングな声質は、十分魅力的です。

トニー・アレンのアフロビート・ドラミングやマンデ・ポップ、スークースなど、
さまざまなアフロ・ポップのエッセンスをミクスチャーしながら、
エモーショナルなサウンドにヴァイタリティをしっかりと宿しているところが、
超好感が持てますね。
ヌビアン・ツイストやココロコといったUK産アフロ・バンドと
ベクトルを一つにするフランス産バンドの快作です。

Balaphonics & Mary May "BALAPHONICS & MARY MAY" Vlad Productions VP267 - AD7858C (2023)

Hendrik Meurkens  POEMA BRASILEIRO.jpg Mundell Lowe & Hendrik Meurkens  WHEN LIGHTS ARE LOWE.jpg

20年ぶり(?)くらいに聴き返したドイツ人ジャズ・ハーモニカ奏者、
ヘンドリック・モウケンスのブラジリアン・ジャズ・アルバム。
ブラジリアン・フュージョンと言ってもいい内容なんだけど、
「フュージョン」というタームを使うと、
どうも外国人がやるパチモンみたいなニュアンスがぬぐえないので、
あえていうならブラジリアン・スムース・ジャズかな。もっとイメージ悪い?

99年にコンコード・ピカンテから出たこのアルバム、
イヴァン・リンスをゲストに迎え、ロメロ・ルバンボ(ギター)、テオ・リマ(ドラムス)、
クラウジオ・ロジチ(フリューゲルホーン)といった名手を揃え、
サンバ、ボサ・ノーヴァ、バイオーン、ショーロのオリジナル曲を中心に聞かせます。
カヴァーはイヴァン・リンスの2曲、ジョビンの3曲にマット・デニスの ‘Angel Eyes’。

キーボードがべたっとコードを鳴らすところは難ありだけど、鋭いハーモニカと、
ふくよかなトロンボーンやフリューゲルホーンの響きが組み合わされて、
豊かなサウンドを生み出しているところが、いいんだな。

ぼくはこのアルバムで初めてヘンドリク・モウケンスを知ったんですけれど、
もとはバークリー音楽院でヴィブラフォンを学んだヴィブラフォン奏者。
このアルバムでも、3曲でヴィブラフォンを演奏しています。
トゥーツ・シールマンスを知って、独学でクロマチック・ハーモニカを修得し、
その後ブラジル音楽に熱を入れ、80年代初めにはリオへ移住して、
ブラジルの多くのジャズ・ミュージシャンとプレイして
人脈を作ったという変わり種なんですね。
ドイツ帰国後はラジオやテレビなどのスタジオ・ミュージシャンとして活動し、
90年代にコンコードと契約して、ニュー・ヨークへ進出します。

ヘンドリック・モウケンスは、トゥーツのような超絶技巧を駆使するタイプじゃないから、
リラックスして聴けるんですよ。
おのずとフュージョン/スムース・ジャズとも相性が良くなるわけなんですが、
イージー・リスニングのように聴いちゃうから、気に入っても棚の肥やしになりがち。

今回思い出したように棚から引っ張り出してきたのは、
実はこのコンコード・ピカンテ盤がきっかけじゃなくて、
マンデル・ロウ・トリオと共演した99年作のほう。
ひさしぶりに聴いて、う~ん、いいなあと感じ入っちゃって、
そういえばもう1枚あったっけと、コンコード・ピカンテ盤も出してきたんでした。

マンデル・ロウは、ぼく好みの職人肌のプレイを聞かせるギタリスト。
派手さはないけれど、音色がエレガントでねえ、いいんですよぉ。
キレのいいコード・ワークといい、じっくり聞かせる技に、
ジャズ・ギター教室に通った学生時代、憧れたもんです。
シブいプレイが持ち味のマンデル・ロウと、
テクニカルすぎないヘンドリックのハーモニカは相性バツグン。

実はこのアクースティック・ミュージックというレーベルには、
前の年の98年にハーブ・エリス・トリオと共演したアルバムも残しています。
こちらはライヴのせいか、ヘンドリックがウケ狙いの大味なプレイをしていて
ヒンシュクもんなんですけど、マンデル・ロウとの共演作の方は抑制が利いています。

すっかりぼくは忘れていたヘンドリック・モウケンスですが、
チェックしてみたら、その後も精力的にアルバムを出していたんですね。
あまり話題にならない人ですけれど、
ジャズ・ハーモニカ・ファンなら知っておいて損はないでしょう。

Hendrik Meurkens "POEMA BRASILEIRO" Concord Picante CCD4728 (1996)
Mundell Lowe & Hendrik Meurkens "WHEN LIGHTS ARE LOWE" Acoustic Music 319.1190.242 (1999)

Lucia Cadotsch  AKI.jpg

タオノ?
「オ」が反転していて、外国産Tシャツで見かける珍妙な日本語みたいな。
と思ったら、アルファベットで AKI だそうです。えぇ~、すんごいデフォルメですね。

スイス人ジャズ・ヴォーカリスト、ルシア・カドッチの新作のタイトル『アキ』とは、
ルシアが新しく結成したバンド名で、バンド・メンバー全員が作曲に関わっています。
そのメンバーとは、ピアノとオルガンのキット・ダウンズ、ベースのフィル・ドンキン、
ドラムスのジェイムズ・マドレンという、21世紀UKジャズの注目株。
そこに、カート・ローゼンウィンケルが加わり、2曲でギターを弾いています。

おだやかなトーンで軽やかにホップするルシアのヴォーカルに、
ピアノ・トリオの神経症的なエネルギーが交錯するオープニングの ‘I Won't’ から、
一筋縄ではないムードが充満。
ヴォーカルとピアノ・トリオが対峙する構成が、尋常じゃない。
バンドとヴォーカルの一体感が強力で、ヴァーカル・アルバムというより、
バンド・アルバムとしてシグニチャーした方がふさわしく思えるところが、
21世紀のジャズ・ヴォーカル作品なんでしょうねえ。

続く ‘Bitter Long Lying Leisure’ は、
ダークでミステリアスなハーモニーに富んだ曲で、カートが参加するのにぴったりの楽想。
曲のテンポのギアを上げたり下げたりしながら、何度もテンポが入れ替わるなか、
カートはたっぷりと与えられたスペースで、
ウネウネしたシングル・トーンのソロをとります。

終始さりげないルシアの歌い口が、バンドに油を注ぎ、演奏を煮えたぎらせる不思議さ。
低体温のヴォーカルは耽美でいながら凛としていて、
グレッチェン・パーラト以降のジャズ・ヴォーカル表現そのものですね。
断片的でアブストラクトなラインがほどよく織り交ざったコンポジションは、
スタジオでメンバーが顔を突き合わせて即興で作曲したかのようで、
コレクティヴ・コンポジションのスリルを感じさせる作品です。

最後に、釈然としない件を。
スイス人なのだから、素直に「ルシア」と読んでいいはずなのに、
どうして日本では、「ルツィア」なんてスウェーデン語みたいなカナ書きしてるの?

Lucia Cadotsch "AKI" Heartcore HCR21 (2023)

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