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bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

『ミュージック・マガジン』7月号にディノ・ディサンティアゴのインタヴュー記事を寄稿しました。ぜひお読みください。

カテゴリ: 西アジア

El Khat  MUTE.jpg El Khat  ALBAT ALAWI OP.99.jpg

♪ どんがっ つっか どんがっ つっか ♪
ギクシャクと強烈にもたったリズムは、一世を風靡したハリージを思わせます。
古手のワールド・ミュージック・ファンなら、
オフラ・ハザの『イエメン・ソングス』を思い起こす人がいるかも。
https://bunboni.livedoor.blog/2010-05-08

イエメン系イスラエル人音楽家のエヤル・エル・ワハーブを中心に、
イラク、ポーランド、モロッコにルーツを持つ音楽家が集まり、
19年にテル・アヴィヴで結成されたという、エル・カート。
3作目となる新作を聴いて、いっぺんで気に入り、
2年前に出た前作もすぐさま購入しました。

なんでも、このバンドの呼び物は、
エヤル・エル・ワハーブが制作した数々のDIY楽器で、
バンジョーの形をしたベースや、鍋とロープと棚で作ったチェロだの、
石油缶ほかのパーカッションなど、数多くの楽器が使われているそう。
エヤルの担当楽器には、聞いたことのない珍妙な楽器名が
多数クレジットされていますが、でもこのバンドの面白さは、そこじゃないですね。

エヤルはイエメンの伝統音楽を忠実に学びながら、
DIY楽器の使用や現代的なリズム・フィールを通して、
イエメンの伝統音楽をリクリエイトすることに成功しています。
この2枚のアルバムの聴きどころは、まさにそこですね。

ポリリズミックなパーカッション・アンサンブルが耳をつんざき、
ドローンのようなオルガン、サイケなエレクトリック・ギター、
勇壮なホーン・セクション、アラビックな生ピアノや
ストリング・セクションが交錯する
アラビック・サイケデリアと呼びたくなるサウンドは、
まぎれもなくイエメンの伝統を継承したもの。

イスラエルに集結した離散ユダヤ人の末裔が革新した
イエメンの伝統音楽が、ここにあります

El Khat "MUTE" Glitterbeat GBCD152 (2024)
El Khat "ALBAT ALAWI OP.99" Glitterbeat GBCD121 (2022)

Rəhman Məmmədli  AZERBAIJANI GITARA VOLUME 2.jpg

うぉ~う、アゼルバイジャニ・ギターラ第2弾!
サイケデリックなギター・サウンドにドギモを抜かれたルスタム・グリエフから4年、
ボンゴ・ジョーがまたしてもやってくれました。
https://bunboni.livedoor.blog/2020-10-28

しかも今回の方が強烈ですよ。
ルスタムは、トルコやアフガニスタン、イランなど近隣諸国のポップスから、
ボリウッドのディスコ・チューンまで取り入れる貪欲さに驚かされましたけれど、
ラフマンは古典音楽のムガームや民謡など伝統レパートリーを中心に、
タハリールをホウフツさせる強烈なこぶし回しをギターで再現しているんです。

タハリールといえば、裏声と本声を行き来する最高難度の声楽技法。
微分音を多用して、雷鳴のように轟く激烈なこぶしを、
エレクトリック・ギターにトレースするのだから、これはたまりません。
70年代後半からディストージョンを導入したラフマンは、
タハリールをギターで演奏する独創的なスタイルで、
oxuyan barmağı(歌う指を持つ者)というニックネームを付けられたそうです。

ルスタムが05年に亡くなったあと、
こうしたギター・サウンドがどのように継承されているのか不明でしたが、
チェコスロバキア製ギターに代わって、アゼルバイジャンの音楽用に
カスタマイズされた独自のエレキ・ギターのモデルが開発されるようになり、
現在でも活発に演奏されているんだそうです。

ソロ・ギターをスタジオ録音して、カセットで出す大物もいるものの、
このユニークな音楽文化の主要なアーカイヴは、
結婚式での長時間のギター演奏を録画したヴィデオにあるといいます。
このようなイヴェントの映像は、いまではネット上に上がっていて、
何十年経た現在も視聴できるのだとか。スゴい音楽文化ですね。

Rəhman Məmmədli "AZERBAIJANI GITARA VOLUME 2" Bongo Joe BJR103

Yemen Blues  SHABAZI.jpg

イスラエルのミクスチャー・グループ、イエメン・ブルースの新作。
前作が15年の “INSANIYA” だから8年ぶりでしょうか。
13年の豪快なライヴ盤にも、ブッたまげましたよねえ。
https://bunboni.livedoor.blog/2019-05-29

奔放な歌いっぷりを聞かせる
イエメン生まれのジューイシュのラヴィッド・カハラーニーと、
クォーター・トーンを出せるトランペットを演奏するイタマール・ボロコフや、
ベース兼ウード奏者シャニール・エズラ・ブルメンクランツなど、
実力派ミュージシャンを揃えたイエメン・ブルースは、アラブ世界、東アフリカ、
ユダヤ文化の交差点であるイエメンが生んだ音楽をベースに、
ファンクやジャズのエネルギーを借りた音楽性のグループ。

新作は、17世紀のイエメン・ユダヤ詩黄金時代に輩出した二大詩人の一人、
ラビ・サーリム(シャローム)・シャバズィーの詩に、
ラヴィッド・カハラーニーとシャニール・エズラ・ブルメンクランツが曲をつけ、
アレンジ、プロデュースも二人が行って制作されました。

今作ではラヴィッドはゲンブリを弾いておらず、歌に専念していて、
サウンドのキー・パーソンとなっているのは、トランペットのイタマール・ボロコフですね。
トランペットを多重録音してサウンドに厚みを与え、
控えめにオルガンも演奏していて、ハーモニーを加えています。
レコーディングはテル・アヴィヴで行われていますが、1曲ニュー・ヨーク録音があります。

この曲のみ、ラヴィッド・カハラーニーとシャニール・エズラ・ブルメンクランツのほかは
メンバーが変わっていて、トロンボーンとトランペットの2管に、
バック・コーラス6人が付いたゴージャスなもの。
なんとドラムスは、12年にダンプスタファンクで来日したニッキー・グラスピーですよ。
ドライヴ感たっぷりの演奏で祝祭感のあるこのトラックが、今作のハイライトですね。

野外録音のラスト・トラックは、強い風が舞い鳥がさえずるなか、
ラヴィッド・カハラーニーが朗々とした声で、詩を吟唱します。
その揺るぎないこぶしの逞しさが、イエメン・ユダヤ詩の祈りなのでしょうか。
強く胸に訴えるものがあります。

Yemen Blues "SHABAZI" Music Development Company MDC033 (2023)

Efruze  ASSOLİST Ⅱ MEŞK-İ MÜREN.jpg

すっかりご無沙汰していた、トルコの大衆古典歌謡サナート。
20年のデビュー作は、トルコの懐メロをサナートのスタイルで歌っていたそうで、
ぼくはそのアルバムは聴いていないんですが、
ゼキ・ミュレンのレパートリーを歌った新作もまた、
サナート一色のアルバムとなっています。

小編成伴奏の古典歌謡のシャルクから、
大編成の大衆古典歌謡のサナートに変質して大スターとなった、
ゼキ・ミュレン往時の録音は、ケレン味たっぷりでヘキエキするんですけれど、
本作に、ゼキ・ミュレンのイヤらしさはありません。
シャルクを歌っていた若い頃のゼキは好きですけれど、
大歌手ともてはやされた時代のゼキは、美空ひばりと映し鏡に見えます。

過剰な演出を排して、丁寧に歌うエフルゼの歌いぶりが好ましいですね。
細やかなメリスマ使いなど、歌唱力はもちろん確かな人ですけれど、
そうした技巧を全面に出すことなく、素直にノビノビと歌っています。
メロディを崩したりしないところも、この人の実直さを感じさせますね。

伴奏も、ウードやカーヌーン、クラリネットの響きを生かしたヌケのいいアレンジで、
優雅な古典歌謡の味わいを醸し出していますね。
オーケストレーションが大仰になることもないので、とても聞きやすいですよ。

ゼキ・ミュレン作詞作曲のほか、オスマン帝国時代の作曲家
デデ・エフェンディ(1778-1846)、K・アリ・ルザ・ベイ(1881-1934)の曲に、
トルコ共和国となってからの作曲家アヴニ・アニル(1928-2008)の3曲を含む全9曲。
後味さっぱり、さわやかなサナート・アルバムです。

Efruze "ASSOLİST Ⅱ MEŞK-İ MÜREN" DMC DMC105150 (2022)

Morteza Mahjubi  SELECTED IMPROVISATIONS FROM GOLHA, PT. I.jpg Morteza Mahjubi  SELECTED IMPROVISATIONS FROM GOLHA, PT. II.jpg

イランの現代の古典音楽、という言い方もヘンですけど、
あまりにも高度に芸術的になりすぎたキライがあって、
ほとんど興味がわかないんですよね。

トルコの古典音楽をやる若手音楽家たちのフレッシュな音楽性と比べて、
イランの古典音楽家は、どうも硬直的な印象が強いんだよなあ。
ECMなどの欧米経由で評価されるカイハン・カルホールや、
ムハンマド・モタメディといった人たちも、ぼくにはちっとも魅力を感じません。

というわけで、イランの古典音楽はヴィンテージものに限ると、
イランのマーフール文化芸術協会がリリースする復刻ものだけをフォローしてりゃあ、
それで十分と、ずっと思ってきたわけなんでした。
ところが、デス・イズ・ナット・ジ・エンドというロンドンの復刻専門レーベルから、
面白いヴィンテージものが出ているのに気付いて、おぉ!と嬉しくなっちゃったんです。

それが、イランのピアニスト、モルタザー・マハジュビーの2作。
この人のアルバムは、マーフール文化芸術協会からも2枚出ていましたけれど、
デス・イズ・ナット・ジ・エンドが復刻したのは、大英図書館がコレクションしていた、
イラン国営ラジオ放送の番組「ゴルハ(ペルシャの歌と詩の花)」の放送音源
847時間分のなかから編集したというアルバム。
第1集は昨年出ていたようで、今回出た第2集ではじめてその存在を知ったんですが、
これがどちらも絶品。

マーフール文化芸術協会のアルバムは曲が長尺でしたけれど、
こちらは2・3分前後の短いピアノ即興曲が中心で、
驚異的といえる、あまりに独特なイランのピアノの魅力を存分に味わえます。
ミャンマーの音階に調律し直されたミャンマー式ピアノのサンダヤーは、
その魅力が最近少しずつ知られるようになりましたけれど、
イランのピアノもスゴいんだぞー。
イラン音楽の旋法ダストガーを演奏するために、微分音調律されているんですね。
世界の不思議音楽好きなら、知らなきゃ損ですよ。

1900年にテヘランで生まれたモルタザー・マハジュビーは、
ネイ奏者の父とピアノ奏者の母という音楽一家に生まれ、
ヴァイオリンを演奏する兄とともに、幼い頃から高名な音楽家のもとでピアノ修行し、
神童として育った人です。
ちなみに、ここでは柘植元一のカナ読みに従い、
「モルテザー」でなく「モルタザー」と書いています。
65年に亡くなったので、残された録音はいずれも晩年のものですね。

指で鍵盤を弾いているはずなのに、サントゥールを叩く撥のメズラブで、
ピアノの弦を叩いているかのように聞こえるのが、いつ聴いてもナゾすぎます。
ピアノを聴いているのに、サントゥールのように聞こえるのが、不思議なんです。
こうしたサントゥールをピアノに置き換えた奏法を確立したのが、
モシル・ホマーユン(1885-1970)で、モシルについては、以前書きましたね。
https://bunboni.livedoor.blog/2018-10-05

シュール、マーフール、ダシュティ、ホマーユン、アフシャーリーなど、
ダストガーのピアノ即興のほか、第2集には、トンバクやヴァイオリンに、
ポエトリーや歌が加わる曲もあるのが、聴きものとなっています。

Morteza Mahjubi "SELECTED IMPROVISATIONS FROM GOLHA, PT. I" Death Is Not The End DEATH048
Morteza Mahjubi "SELECTED IMPROVISATIONS FROM GOLHA, PT. II" Death Is Not The End DEATH053

Zabelle Panosian.jpg

今年はアルメニアの歴史的録音の力作リイシューが続きますねえ。
トルコのカランがレーベル創立30周年を記念して、
『アメリカのアルメニア人』と題した3枚組CDブックを出しましたけれど、
今度は、アルメニア系アメリカ人社会で1910年代後半から20年代にかけて
人気を博したというソプラノ歌手、ザベル・パノシアンのCDブックが出ました。

カランの3枚組CDブックは、イスタンブールやイズミールで育まれた都市音楽から、
地方の農村の民謡、アルメニア民族舞踊を器楽化したダンス曲など
内容が多岐にわたり、資料性の強い内容でしたけれど、こちらは違いますよ。
美しい横顔の写真に惹かれ、どこのどなたかも知らずに買ったんですけれど、
深い哀しみを湛えたアルメニア独特のメロディを、
これ以上ないほど美しく歌っているその歌唱に、息をのみました。

1917年3月と18年6月にニュー・ヨークのコロムビア・スタジオで録音した11曲、
テイク違いを含めた21トラックが収録されていて、もう絶品なんです。
SPのナチュラルなチリ・ノイズの向こうから、ザベル・パノシアンの
繊細なソプラノ・ヴォイスが聞こえてきて、金縛りにあいます。

1曲目に収録された、ザベルの代表曲となったアルメニア民謡、
‘Groung’ でのポルタメントの美しさといったら、めまいがしてきます。
CDラストに同曲のテイク1が収録されていて(1曲目はテイク2)、
中盤にもテイク7が収録されています。

当時、移民歌手の録音は1・2テイクが通常で、
最大でも3テイクしか録らなかったのに、
7テイクも残したのは、異例中の異例だったようです。
テイク1とテイク2が17年録音、テイク7が18年録音なのは、
売れ行きが良かったからの再録音で、この曲は20年代にわたり
ロング・セラーになったのでした。

そんなエピソードを含むザベル・パノシアンの生涯が、
80ページに及ぶブックレットに詳しく書かれていて、
50点以上の貴重な写真も載っているんですね。
CDの素晴らしさにカンゲキして、一気読みしちゃいました。

1891年生まれのザベル・パノシアンは、幼少期からアルメニア聖歌を歌い、
少女時代には幼稚園の助手を務めながら、
典礼聖歌を指導をしていたというのだから、
バツグンに歌の上手い女の子だったんでしょう。
1907年にアメリカへ渡り、すぐに結婚した同郷の男性との生活を送りながら、
本格的な声楽を学ぶため、複数の教師に師事しています。
当時ニュー・ヨーク、フィラデルフィア、ボストン、シカゴでアペラ・ハウスが
続々オープンしていて、ザベルはボストン・オペラ・カンパニーに所属していました。

この録音のあとザベルは全米を巡業し、ロンドン、マンチェスター、パリ、ギリシャ、
エジプト、ジュネーブ、ローマ、ミラノと巡業し、ヨーロッパで大スターになります。
この巡業では、シューベルト、モンテヴェルディ、ベルディ、プッチーニ、ビゼー、
ロッシーニといった芸術歌曲を歌っていたようです。

ザバルがアルメニアの民謡や古謡を歌ったコロムビアのレコードは、
31年にアルメニア語のレパートリーがカタログから廃棄されたことで、
すっかり忘れられ、歴史の彼方へと消えていきました。
カナリー・レコーズを主宰するSPコレクターのイアン・ナゴスキーが、
今回復刻するまで、LP化されたこともなかったようですね。

知られざるアルメニア歌曲の、魂を奪われるような深淵さをもったソプラノ・ヴォイスに
すっかりヤラれて、ここのところのヘヴィロテ盤となっています。
今年のベスト・リイシュー・アルバムですね。

[CD Book] Zabelle Panosian "I AM SERVANT OF YOUR VOICE" Canary no number

Hussin Sarahung  MUQAME HUNER  SMCD6.jpg Hussin Sarahung  SHABE BAYDEL  SMCD7.jpg

Hussein Sarahang  SABHODAM.jpg Hussein Sarahang  LIVE IN CONCERT.jpg

Ustad Sarahang  KHARABAT MOGHAN  AM9802.jpg Ustad Sarahung  GANJ HAZAL  NM164-98.jpg

Ustad Sarahung  KHARABAT NM170-99.jpg Ustad Sarahang  LIVE.jpg

ジャズやファンクのほか、アフリカやカリブ方面のリイシューを専門とするストラットが、
どういう風の吹き回しか、アフガニスタンのガザル歌手のアンソロジーをリリース。
これまでアフガニスタン古典歌謡のアーカイヴが世界に紹介されることなど、
皆無だっただけに、これは貴重な復刻と、思わず目をむきました。

ナシェナスという歌手は、今回初めて知りましたが、
アフガニスタン古典歌謡の先達たち同様、インド古典音楽の教育を受けた、
軽古典の歌手のようですね。端正な歌い口でガザルを歌っていますけれど、
う~ん、とりたてて秀でた才を感じさせる人じゃないですねえ。
この程度の歌手なら、いくらでもいたんじゃないの?

せっかくアフガニスタンのガザル歌手のアンソロジーを作るなら、
もっと先に紹介すべき大事な人がいるだろと、鼻息荒く、
昔夢中になった人のCDを、棚から引っ張り出してきました。
それが、ムハンマド・フセイン・サラハン(1924-1983)。
ぼくがサラハンを知ったのは20年くらい前で、当時すでに故人でしたけれど、
アフガニスタンにこんなスゴイ歌手がいたのかと、ビックリしたものです。

多くのアフガニスタンの古典声楽家と同様、
サラハンも幼い頃から北インドへ音楽修行の旅へ出て、16年間の修行をしています。
25歳になってようやくカブールへ帰郷し、ヒンドゥスターニー声楽のカヤール、
軽古典のトゥムリー、恋愛詩のガザルなど、さまざまなレパートリーを歌って人気を博し、
アフガニスタンを代表する巨匠に登りつめたのでした。

たっぷりとした声量に、深みのある声がもう素晴らしくって、
硬軟を使い分ける歌いぶりに、ホレボレしますよ。
さりげないサレガマの発声ひとつとっても味があるし、
即興で高い声をころがしながらテクニカルなフレーズを歌うところなど、
カッワーリーをホウフツさせます。

これほどの人なのに、正規版のCDがなく、国外ではまったく知られていません。
LP時代では、インド盤や旧ソ連盤を別にすると、
61年のフォークウェイズ盤『アフガニスタンの音楽』(FW04361)所収の1曲くらいしか
知られていないんじゃないかな。

昔ぼくが夢中になって集めたのは、
亡命したアフガニスタン人が持ち出した音源から制作したとおぼしき私家盤CDです。
内容は、ラジオ録音と思われるものから、家庭用レコーダーで
客席から録ったような粗悪な録音まで、さまざまあります。
ライヴDVDは、アフガニスタンでテレビ放映されたものなんじゃないかと思うんですが、
編集もしっかりしていて、往時のサラハンのパフォーマンスをじっくり堪能できます。
どれも2000年代の初めに、
在米アフガニスタン人のオンライン・ショップから買ったものです。

ナシェナスのアンソロジーは、カブールのラジオ・アフガニスタン・スタジオで
録音された放送用音源がソースだったようですけれど、
サラハンの音源は残っていないんでしょうか。
タリバーンに破壊しつくされたアフガニスタンで、
こうした音源がもし残っているのであれば、ぜひ発掘してもらいたいものですねえ。

Ustad Mohammad Hussin Sarahung "MUQAME HUNER" Sartaj Music SMCD6
Ustad Mohammad Hussin Sarahung "SHABE BAYDEL" Sartaj Music SMCD7
Ustad Mohammed Hussein Sarahang "SABHODAM" Marcopolo International Enterprises no number
Ustad Mohammed Hussein Sarahang "LIVE IN CONCERT - NAZI JAN" Nala Studio no number
Ustad Sarahang "KHARABAT MOGHAN" Afghan Music AM9802
Ustad Sarahung "GANJ HAZAL" Nillab Music NM164-98
Ustad Sarahung "KHARABAT" Nillab Music NM170-99
[DVD] Ustad Sarahang "LIVE" MPI Enterprises no number

Yozgatlı Hafız Süleyman    CÂNÂN ELİ.jpg

ヨズガトル・ハーフィズ・スレイマンの復刻集!
う~ん、何十年待たされたことか。

30年代に活躍した、トルコ中部、中央アナトリア地方ヨズガト県出身の古典声楽家です。
古典ばかりでなくガザルや、出身のヨズガト地方の民謡やカイセル民謡のボズラックなど、
地方の音楽を初めて歌った古典声楽家として名を馳せた人です。

その昔、トルコ古典音楽の入門に役立った
ラウンダー盤の“MASTERS OF TURKISH MUSIC” で
この人の‘Bozlak And Halay’ を聴き、そのコブシの美しさに魅せられたんでした。
ヨズガトル・ハーフィズ・スレイマンの名をすぐさま覚えましたが、
ほかにこの人の録音を聴くことができず、
その後20年も経ってから、オネスト・ジョンズ盤の“TO SCRATCH YOUR HEART” で、
もう1曲‘Ben Nasil Ah Etmeyeyim’ がようやく聴けたんですよね。
それが今回はまるまるアルバム1枚のリイシューなんだから、感涙ものです。

堂々たるコブシ回しが、ハーフィズ・スレイマンの持ち味。
この時代の古典声楽家ならではといえる、男っぷりを聞かせてくれるんですが、
けっして威圧的にならず、抜けるような美しさがあるところが、最大の魅力。
それがボズラックなどの民謡の特徴である、
ウズン・ハワ様式の自由リズムで存分に発揮されていて、
はじめに高い声で張り上げ、続いて炸裂するコブシで、
聴く者の胸をつかまえてしまいます。

その華麗な技巧は、フォークロアな民謡歌手とは異なる出自をくっきりと示していて、
古典声楽のマスターぶりを表していますよね。
また30年代に流行したガザルを詠むのにも、その美声はもってこいで、
このアルバムでもそんな美しいガザルを聴くことができます。

曲ごとにカーヌーン、ヴァイオリン、タンブール、ウード、ケメンチェ、ネイなど、
さまざまな楽器が伴奏するものの、リズム楽器は加わらないところが肝。
音質はクリアで、ノイズを取りすぎているようにも思えますけれど、
ハーフィズ・スレイマンの鮮やかな歌唱を堪能するのには、もってこいです。

Yozgatli Hâfiz Süleyman "CÂNÂN ELİ" Kalan 801

Pinhas and Sons.jpg

とてつもなく斬新なバンドが、イスラエルにいた!
3年前だったか、イスラエル音楽に注目が集まったことがありましたけれど、
鍵盤奏者のオフェル・ピンハス率いるピンハス&サンズも、
そんな沸騰するシーンから登場したバンドのようです。

18年に出た彼らのセカンド・アルバムを聴いたんですけれど、
これが、トンデモ級にぶっとんだ内容。
クラシック、ロック、ジャズ、クレズマー、フラメンコ、アラブ、バルカン、ブラジルなど、
さまざまな音楽要素をぶちこんだ、複雑怪奇な楽曲といったら。
小節単位で拍子が変わるアレンジは、もう常軌を逸しています。
さらにそれを難なく演奏してみせるメンバーの高度な演奏力に、
「うぎゃああ~ なんじゃあ、こりゃあ~~~」と絶叫せずにはおれません。

しかもこれが、実験音楽でも、アヴァンギャルドなジャズでもなく、
キャッチーなポップスとして成立しているところが、スゴすぎる。
うわー、すんごい才能ですねー。
高度な技術とポップ・センスの同居って、若い世代の世界標準なんだな。

1曲目の‘Prelude’ は、バッハの平均律クラヴィーア曲集の
「前奏曲第1番 ハ長調」を下敷きにしているそうですけれど、
そこにクレズマーの旋律が混ざって妖しさをふりまきます。
2曲目の‘Bound’ は歌ものなれど、演奏はまるっきりテクニカル・フュージョンで、
5曲目の‘Just’ もアラブ音階とジューイッシュ音楽のフュージョン。
7曲目の‘Things I Forget To Say’ の喋りにメロディとリズムをあてはめる技法は、
エルメート・パスコアールの影響だろううし、12曲目の
‘Yes It's Hopeless I Know But Between Myself Everything Is Allowed’ の
早口ショーロ・ヴォーカルのアレンジにも、エルメートの影響がくっきりと表れています。

ちなみに、CDはすべてヘブライ語で書かれているので、
バンド名、アルバム・タイトル、曲名は、
バンドキャンプのページの英語表記に倣っています。

バンドのメンバーばかりでなく、曲により弦オーケストラほか多くのゲストを迎えています。
ヴォーカルはオフェル自身と女性ヴォーカリストのノア・カラダヴィドが担当。
緻密な構成を持つ楽曲と洗練されたアレンジに流されない、
エネルギーあふれるバンド・アンサンブルがリスナーを夢中にさせますよねえ。
4曲目‘A Tree That Falls’ のアグレッシヴなフルート・ソロなんて、手に汗握ります。
これほどテクニカルでありながら耳なじむのは、
フックの利いたポップスとしての完成度の高さを証明していますね。

この独創的なミクスチャーは、イスラエル音楽の一面でもあるんでしょうか。
いわゆるイスラエルのポップスに耳慣れた者には、
9曲目の‘Two Roses’ のメロディにイスラエルらしさを感じますけれど、
後半、弦オーケストラのインタールードで
アラブのメロディにするっと変換してしまう企みが、
ハイブリッド・ポップ・バンドの真骨頂でしょうか。

Pinhas and Sons "ABOUT AN ALBUM" Pinhas and Sons no number (2018)

Rüstəm Quliyev.jpg

うひゃひゃひゃ、こりゃ強烈!
耳をつんざくエレキ・サウンドに、脳しんとうを起こしそう。
これは「世界ふしぎ発見」な1枚ですね。
アゼルバイジャンの改造ギター、ギターラのパイオニアであるルスタム・グリエフが
99年から04年に残した録音を、ボンゴ・ジョーがコンパイル。
う~ん、よく見つけたなあ。

改造エレクトリック・ギターを使って、
アゼルバイジャンの旋法ムガームに沿った伝統音楽ばかりでなく、
アフガニスタンやイランのポップスに、
ボリウッドのディスコ・チューンまで演奏するという痛快なインストものです。

アゼルバイジャンの音楽シーンには、旧ソ連時代の60年代から
チェコスロバキア製のエレクトリック・ギターが持ち込まれていて、
タールやサズの演奏者たちが、ギターのチューニングや弦高を変えたり、
フレットを増やすなどの改造をするようになっていたそうです。
やがてアゼルバイジャンの国内メーカーが、その改造ギターを量産するようになり、
ギターラとして広く使用されるようになったんですね。

モーリタニアや西サハラのギタリストたちが、
ムーア音楽の旋法ブハールを弾くために、
フレットを改造しているのと同じ試みなわけですけれど、
演奏者個々の創意工夫という域を超え、メーカー量産というところがスゴイですね。
モーリタニアのティディニートやアゼルバイジャンのタールに限った話でなく、
世界各地の伝統楽器が、エレクトック・ギターに置き換えられるようになった
エレクトリック・ギター革命物語の、これもまたひとつのエピソードでしょう。

Grisha Sarkissian  GARMON DANCES.jpg Azad Abilov  GARMON.jpg

で、このルスタム・グリエフなんですが、
キッチュなボリウッド・ディスコの‘Tancor Disko’ とか、確かに面白いけれども、
やっぱり聴きものは、アゼルバイジャンの伝統曲。
脳天を直撃するハイ・ピッチのサイケデリックなラインは激烈で、
楽器こそ違えど、アルメニアのアコーディオン、
ガルモンを初めて聴いた時のショックを思い出します。

サイケデリックなサウンドに惑わされぬよう、旋律を追って聴いてみれば、
古典音楽に代表されるアゼルバイジャン歌謡のメリスマ表現を、
ギターが忠実になぞっていることがよくわかるじゃないですか。
ガルモンを思わせるのも、南北コーカサスが共有するこぶしの楽器表現だからでしょう。

高音で見得を切るようなキレのある短いフレーズのあとに、
一転、低音でうねうねとしたフレーズを延々と弾いたり、
また高音にジャンプしたりと、歌唱を忠実に引き写したギターも妙味なら、
3拍子や2拍3連の前のめりに疾走するリズムも聴きものです。

ルスタムが05年に肺がんで亡くなってしまった後、
このサウンドを引き継ぎ、発展させるような動きはないんでしょうかね。
興味のわくところです。

Rüstəm Quliyev "AZERBAIJANI GITARA" Bongo Joe BJR053
Grisha Sarkissian "GARMON DANCES" Parseghian PRCD11-30 (1992)
Azad Abilov "GARMON" Çinar Müzik 2002.34.Ü.SK-P1244/02-02 (2002)

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