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bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

『ミュージック・マガジン』7月号にディノ・ディサンティアゴのインタヴュー記事を寄稿しました。ぜひお読みください。

カテゴリ: 中央アメリカ

Lila Downs  LA SÁNCHEZ.jpg

3月に母が亡くなり、以来二世帯住宅の階下で暮らしていた
両親の遺品整理をずっと続けているんですが、
思いがけないものを見つけました。

トリオ・ロス・パンチョス、62年来日時の公演パンフレット。
3歳の時、父の膝の上で
トリオ・ロス・パンチョスのコンサートを観たことを前に書きましたけれど、
https://bunboni.livedoor.blog/2022-01-13
その時のパンフレットだったんですね。これは見たことがなかったなあ。
胸がきゅうっとなって、しばし声が出ませんでした。

2・3歳のぼくが、父がかけるレコードで夢中で踊っていたのは、
ソノーラ・マタンセーラやペレス・プラードといったキューバ音楽でした。
ところが、今回父のコレクションを整理していたら、
圧倒的多数を占めているのはメキシコ歌謡だったんですね。

高校生の時に父のレコード・コレクションを再発見して、
片っ端から聴いたので、レコードは全部見覚えはあったものの、
こんなにメキシコものがあったのかと驚かされました。
あらためて昭和30年代のラテン・ブームは、
メキシコ歌謡が人気の筆頭だったことを思い知りました。

リラ・ダウンズの新作を聴いていて、
父がリラを聴いたら、どう思っただろうなあと考えてしまいました。
カンシオーン・ランチェーラやノルテーニャのコリードやクンビアを、
シンガー・ソングライターの立ち位置から取り入れているリラの音楽は、
伝統音楽とは別物だということは、すぐに聴き取れたはずです。
そのうえで、チューバがぶりばりと低音を響かせるバンダのサウンドは、
きっと気に入ったんじゃないかなあ。

それで思い出したのが、ポール・サイモンの‘Take Me To The Mardi Gras’。
この曲でオンワード・ブラス・バンドがストリートを練り歩いていくようなシーンが
出てくると、きまって父は「ここがいいねえ。ポール・サイモンは
ニュー・オーリンズの音楽をわかっているね」と嬉しそうに言ったものでした。
この曲がきっかけで父もポール・サイモンが好きになり、
74年にポール・サイモンが来日した時は、父と一緒に武道館へ観に行ったんだっけな。
たしか中学を卒業した春休みでしたね。

父のレコード・コレクションには、ニュー・オーリンズ・ジャズの
クラリネット奏者ジョージ・ルイスのレコードもありました。
メキシコからニュー・オーリンズ、ポール・サイモンへと話が脱線しちゃいましたけれど、
ブラスバンド/バンダ、シンガー・ソングライターという共通項に、
父の笑顔が目に浮かびました。

Lila Downs "LA SÁNCHEZ" Sony 196588445125 (2023)

Patricia Brennan  MORE TOUCH.jpg

メアリー・ハルヴァーソンのトリオ、サムスクリューの新作を待っているんですけれど、
先に買ったヴィブラフォン奏者パトリシア・ブレナンの2作目について、書いておこうかな。
メアリー・ハルヴァーソンとの共演で注目されているパトリシア・ブレナンですが、
昨年出たヴィブラフォン・ソロのデビュー作に続く新作は、
ベース、ドラムス、パーカッションとのカルテット編成。

パトリシア・ブレナンはメキシコ出身で、
クラシック・オーケストラでマリンバを演奏していた経歴の持ち主。
クラシックから、フリー/インプロ系ジャズへと活動の幅を広げてきた人で、
ヴィジェイ・アイヤーやメアリー・ハルヴァーソンと共演しているんだから、
ぼくのアンテナに引っかからないわけがありません。

デビュー作は正直、冗長に感じたんですけど、
アンサンブルで聞かせる今作は、がぜん聴きごたえが増しましたね。
ドラマーがマーカス・ギルモアとあって、強力なリズム展開を繰り広げています。
1曲目からして、おおっ、オン・クラーベじゃん!と盛り上がっちゃったもんねえ。
パーカッションを加えた編成というのが、利いています。
いくらクラシック畑出身といえど、さすがはメキシコ人ですね。
4歳の時から、ピアノとラテン・パーカッションを習っていたんだそうです。

パトリシアのヴィブラフォンは、ピッチを揺るがせるエフェクトをかけていて、
メアリー・ハルヴァーソンのディレイ・ペダルを使った ♪ぴよ~ん♪ という音響と、
瓜二つで面白いですね。メアリーに触発されたのかな。
静謐な演奏に始まり、次第に熱を帯びて、アグレッシヴな展開をみせる曲が多く、
ラテン・クラーベのポリリズムを多用しながら、
フリーとアンビエントが交叉したような演奏に、ぐいぐい引き込まれます。
音圧が低いので、ヴォリュームをグッと上げて聴きましょう。

Patricia Brennan "MORE TOUCH" Pyroclastic PR22 (2022)

Guty Cárdenas  LA VOZ Y GUITARRA.jpg Guty Cárdenas  LA GRAN COLLECCION 60 ANIVERSARIO.jpg

ポール・デスモンドの流し聴きの合間に、
ふと思い立って棚から取り出した、グティ・カルデナス。
メキシコ・ポピュラー音楽の開祖と呼ぶにふさわしい、
伝説的なギター弾き語りの自作自演歌手ですけれど、
十数年ぶりに聴き返してみたら、ハマっちゃいました。

グティ・カルデナスは、ユカタン半島出身のトロバドール。
18歳でメキシコ市に進出して、故郷のユカタン半島の抒情歌謡、
カンシオーン・ユカテカを広めました。
32年、わずか27歳の若さで亡くなってしまうんですが、
アメリカ西海岸で制作された映画にも俳優として出演した大スターです。

グティはカンシオーン・ユカテカばかりでなく、
ユカタンに流入していたアバネーラ、ダンソーン、クラーベなどの
キューバ音楽の影響を受けてボレーロもたくさん歌い、
ボレーロ・メヒカーノ(メキシカン・ボレーロ)の父とも呼ばれるようになりました。
さほどメキシコ歌謡に熱心でなかったぼくが、
グティ・カルデナスをすぐに好きになったのも、
そんなキューバ音楽との親和性の強さがあったからでしょうね。

グティのロマンティックな作風は、メキシコの大衆に愛され、
のちのトリオ・ロス・パンチョス、ロス・トレス・ディアマンテスが歌う、
大スタンダード曲となりますが、やっぱりぼくはグティ自身が歌った
SP録音時代の典雅な雰囲気が忘れられません。

それは、父のレコードに胸を射抜かれていた、
2・3歳の頃の記憶を呼び覚まされるからでしょう。
グティ・カルデナスの原曲を聴いたのは、ハタチすぎてからなので、
当時耳にしていたわけじゃないんですけれども。

実は、ぼくの初コンサート体験は、メキシコ歌謡なんですよ。
わずか3歳、場所は厚生年金会館ホール、
父の膝の上で聴いたトリオ・ロス・パンチョス。
もちろん記憶なんて、なんにも残っていません。
でもその体験が、身体なのか、脳ミソなのか、どこだかわかりませんが、
自分のどこかに種をまいたのは、間違いないですね。

とくに子煩悩でもなかった父が、わずか3歳のぼくを、
なぜわざわざコンサートへ連れていこうと思い立ったのか。
そんな幼子を夜に連れ出すなんて、昭和30年代当時を考えれば
トンデモなんだけど、世間体などおかまいなしの父親らしくもあるか。
グティを聴きながら、そんなことを考えていたら、
無性に父と話したくなった正月休みでした。

Guty Cárdenas "LA VOZ Y GUITARRA DE GUTY CÁRDENAS - EL RUISENOR YUCATECO" Alma Criolla ACCD801
Guty Cárdenas "LA GRAN COLLECCION 60 ANIVERSARIO" Sony BMG Music 886970865524

【追記】 2024.6.18
父の遺品を整理していたところ、ぼくの初コンサート体験となった
トリオ・ロス・パンチョス62年来日時の公演パンフレットを見つけました。
パンフレットには公演日程が載っていて、
厚生年金会館は5月26日だということが判明。
3歳の幼子を夜に連れ出したのがどうにも解せなかったのですが、
12:30と3:30という昼間の2回公演だったことがわかり、納得しました。

Trio Los Panchos 1 1962.jpg Trio Los Panchos 2 1962.jpg

Sally Enriquez Reyes  TIDEWESE SEMIONA.jpg

15年も前に出ていた、知られざるガリフーナの名作を発見しました。
ガリフーナの歌を歌い継いできた家系に生まれたサリー・エンリケス・レイズが、
亡くなった母親セミオナを偲んで制作したアルバム。おそらく自主制作盤でしょう。

アルバム冒頭で、サリーがアルバム制作の意図を述べています。
ジャケットには、サリーの名前が明記されておらず、
ライナーのクレジットに小さく記名があるのみ。
『セミオナからの贈り物』というタイトルと、
母親セミオナのポートレイトが、ジャケットを飾っています。

サリーが歌うストーリーテリングのよう曲もあれば、
姉のヴァージン・エンリケスと甥のガリフが囃子役を務め、
コール・アンド・レスポンスで歌うダンス・トラックもあります。
語りが途中に差し挟まれる曲など、
さまざまなタイプのガリフーナの歌を聴くことができます。
サリーやヴァージンの自作曲とともに、母が作った曲も4曲歌っていて、
そのうちの2曲はレコーディングされ、シングルになったとのこと。

伴奏は、ガリフーナ・ドラムの叩き手であるグレン・Q・ガルシアと
クラベスやマラカスなどのパーカッションを担当するスパイス・キラの二人が
多重録音をして、アンサンブルを作っています。
パカン、パカンと乾いた高音を響かせるドラミングがシャープで、
前へ前へと疾走するリズムに血が湧きたちますねえ。

多くのレパートリーは、打楽器のみのオーセンティックなガリフーナですが、
シンセサイザーを取り入れて、ポップに仕上げたトラックもあって、
これがとてもいいアクセントになっています。

サリーのサビの利いた歌声からは、潮焼けした肌の匂いが香ります。
ガリフーナ文化を伝えてきた、ベリーズの家族の物語が詰まったアルバムです。

Sally Enriquez Reyes "TIDEWESE SEMIONA" no label no number (2006)

Rubén Blades Y Roberto Delgado & Orquesta  SALSWING!.jpg Louie Ramirez  LOUIE RAMIREZ Y SUS AMIGOS.jpg

おぅ、‘Paula C’ だっ!
ルベーン・ブラデスの新作は、なんとルイ・ラミレスの78年作
“LOUIE RAMIREZ Y SUS AMIGOS” のオープニング曲の再演からスタート。

う~ん、懐かしい。当時この曲ばっかり何度も聴き返していた記憶があるんだけど、
やっぱ、いい曲だよなあ。ルベーン・ブラデスの魅力は、楽曲の良さだよね。
あらためてウン十年ぶりに原曲を聴き直したら、演奏の音のあまりの悪さに閉口。
そうそう、思い出したけど、この曲、なぜか歌と伴奏のミックスがオカシくて、
伴奏がヘンにこもった音質だったんだよな。
再演したヴァージョンでは、33年を経たルベーンの歌いぶりに変化は感じさせず、
オリジナル・ヴァージョンを尊重したアレンジで、
オリジナルを超えた仕上がりになりました。

今作もロベルト・デルガド・オルケスタとの共演で、
すっかりルベーンの専属といった感じでしょうか。
今回は“SALSWING!” というタイトルどおり、
サルサとスウィング・ジャズのナンバーをミックスして聞かせる趣向で、
オトナのダンディズムを演出した、変化球入りのアルバムとなっています。

ただその趣向は、どーなのかなあ。聴く人を選びそうで、
フランク・シナトラの雰囲気むんむんの、ブロードウェイ調スウィング・ジャズ曲は、NG。
スカした歌いぶりが、もう鼻持ちならなくって。ルベーンにはこういう嗜好もあんのね。
こういうの聞かされると、やっぱルベーンって、歌手としては好きになれないタイプだなあ。
スウィング調のインスト曲は悪くないので、歌なしでインストだけにすりゃよかったのに。

とまあ、全面支持しにくい新作ですが、前作の延長線上のサルサは申し分なし。
https://bunboni.livedoor.blog/2017-08-11
ピート“エル・コンデ”ロドリゲスに提供した‘Tambó’ のセルフ・カヴァーも
気合が入っていて、こういうのだけ、聴きたかったな。

Rubén Blades Y Roberto Delgado & Orquesta "SALSWING!" Rubén Blades Productions 2RBP0021 (2021)
Louie Ramirez "LOUIE RAMIREZ Y SUS AMIGOS" Cotique JMCS1096 (1978)

The Garifuna Collective  ABAN.jpg The Garifuna Collective  AYÓ.jpg

あれ? 去年新作が出ていたの!
これまでイヴァン・ドゥランが制作したガリフーナ音楽のアルバムは、
日本にも配給されていたのに、このザ・ガリフーナ・コレクティヴの新作は
日本盤が出なかったので、リリースされているのを気付きませんでしたよ。

13年に出た前作は、タイトルの“AYÓ”(ガリフーナ語で「さよなら」の意)が示すとおり、
亡きアンディ・パラシーオにオマージュを捧げた作品でしたね。
アンディのバックを務めていたメンバーたちにとって、
08年にアンディを失ったショックはあまりに大きく、
活動を再開するまで時間がかかりましたが、“AYÓ” はアンディの遺志を継いで
ガリフーナ音楽を一歩前に進めた、素晴らしいアルバムでした。

あれから6年。長いインターヴァルを経て出された新作“ABAN” は、
ガリフーナ語で「ひとつ」を意味するタイトルが付けられています。
ガリフーナの伝統的なリズムとメロディと、
現代的なカリブのサウンドを「ひとつ」にしようという意図なのでしょうか。
今作はダブやレゲトンの影響をうかがわせるところが新味で、
ガリフーナの太鼓やパランダのギターに、
エレクトロなトリートメントをうっすらと行ったり、
遠くで鶏が鳴くフィールドの音などを、聞こえるか聞こえないかのレヴェルで施しています。

印象的なのは、その慎重な手さばきで、エレクトロがガリフーナのサウンドを
覆いすぎることのないよう、神経を配っている様子がよくわかります。
かつてのプンタ・ロックのような、
粗っぽいトロピカル・サウンドのテクスチャーとは対極の、
きわめてデリケイトな処理で、控えめなプロダクションのセンスと同時に、
レゲエやクラーベなどのリズム処理の上手さに、
イヴァン・ドゥランの手腕が光っていますね。

かつて、アウレリオ・マルティネスのアルバムから、
グアヨ・セデーニョのサーフ・ロック・ギターを排除していることに
批判の目を向けたことがありましたけれど、
https://bunboni.livedoor.blog/2017-03-14
グアヨのサーフ・ロックやブルースのスタイルを借りたギターを
効果的に使っているのを聞くと、この控えめなやりすぎない使い方が、
イヴァンのアプローチであることを納得しました。

The Garifuna Women’s Project  UMALALI.jpg

女性たちが伝えてきたガリフーナ民謡を発掘したプロジェクト「ウマラリ」の録音から
サンプリングした3曲もハイライトといえますけれど、
ガリフーナの伝説的英雄を歌ったラスト・トラックが感動的です。

1795年、セント・ビンセント島でイギリス軍に反乱を起こした
ガリフーナの酋長ジョセフ・サトゥエを歌った‘Chatuye’ は、
ガリフーナ・ドラムのプリメロとセグンダがガリフーナのリズムを奏で、
コーラスがイギリス植民地政府に抵抗したガリフーナの英雄の名前を連呼します。
エンディングでは、ホンジュラスの海岸でガリフーナ・ドラムを叩く
アウレリオ・マルティネスとオナン・カスティージョのサンプリングで
フェイド・アウトします。

タイトルの『ひとつ』とは、ガリフーナの過去と未来をつなげようとする、
コレクティヴのメンバーたちの情熱を表しているのでしょう。

The Garifuna Collective "ABAN" Stonetree ST3036 (2019)
The Garifuna Collective "AYÓ" Cumbancha CMB-CD27 (2013)
The Garifuna Women’s Project "UMALALI" Cumbancha CMB-CD6 (2008)

Rubén Blades   SALSA BIG BAND.jpg

ひさしぶりのルベーン・ブラデスに、
「いいじゃん、いいじゃん」と盛り上がった前作。
(そのわりにイヤミな書きっぷりになりましたが)
https://bunboni.livedoor.blog/2017-05-01

はや新作が届くとは、精力的ですねえ。
というか、前作が2年遅れで入ってきたからでもあるんですが、
今回も、パナマのロベルト・デルガード率いるオルケスタが伴奏を務めています。
『サルサ・ビッグ・バンド』のタイトルどおり、
トロンボーン×3、トランペット×2、サックスを擁していて、
重厚でパワフルなサウンドというより、アレンジの妙でヌケのいいサウンドを
聞かせてくれるのが、このオルケスタの特徴ですね。

今回聴いていて、あらためて思ったのは、
ルベーンって、サルサの歌手だなあということ。
特にスローを歌うと、明らかなんですけれど、
ボレーロといった雰囲気がぜんぜん出てこないんですよね、ルベーンの歌って。
むしろ、ロックやソウルのシンガーが歌う、バラードやスローに近い感覚。
そこに、ブーガルーを通過した世代特有のセンスを感じます。

今思えば、チェオ・フェリシアーノとの共演作でも、
その歌いぶりの差は歴然としてましたね。
https://bunboni.livedoor.blog/2012-06-14
チェオ・フェリシアーノもサルサ時代に活躍したサルサを代表するシンガーとはいえ、
その歌いぶりやセンス、味わいは、伝統的なラテンの美学を引き継いだものでした。
でも、ルベーンは違いますね。ルベーンにラテンの美学はない。
だからこそ、のちにロック的なセイス・デル・ソラールに向かったのは、
自然なことだったんでしょう。

今作はスロー・ナンバーが多いので、余計にそんなことを感じたわけなんですが、
70年の“DE PANAMÁ A NEW YORK” で歌った“El Pescador” の再演では、
前半をフォー・ビートにアレンジしてジャジーに歌っていて、
オリジナルのトロンバンガ・サウンドのスロー・バラードとは
また違った趣を醸し出しています。
いずれにせよ、その世界観は、ボレーロとは別物といえますね。

Rubén Blades - Roberto Delgado & Orquesta "SALSA BIG BAND" Rubén Blades Productions no number (2017)

Ruben Blades  SON DE PANAMA.jpg

ルベーン・ブラデスの新作であります。
2年も前にリリースされていたのに、なんでまたラテン専門店のバイヤーさんは、
ずっと見逃してたんでしょう?という感じですが、これが日本初入荷。
ルベーンは、何年か前にタンゴ・アルバムを出したりしてた記憶がありますけど、
ぼくがルベーンを聴くのは、チェオ・フェリシアーノとの共演作以来だから、5年ぶり。
https://bunboni.livedoor.blog/2012-06-14

それでも、そんなひさしぶりという感じがしないのは、
5年前なんて、ついこの前に思える老人に、自分がなったせい?
いやいや、そうじゃなくって、
それ以前のルベーン・ブラデスとの疎遠にしてた期間が、
ずっと長かったからなんですね。

なんせ、82年にウィリー・コローンとコンビを解消して、
シンセとドラムスを取り入れた自己のバンド、セイス・デル・ソラールを率いてからは、
ルベーンはぼくの視界から完全に消えていたもんで。
ぼくは、セイス・デル・ソラールのサウンドを受け入れられなかったんです。

というわけで、チェオの共演作まで、30年以上のブランクがあったので、
5年ぶりなんて、ぜんぜんひさしぶりじゃないわけなんですが、
15年新作の伴奏も、セイス・デル・ソラールではなく、
サルサのオルケスタなので、ぼくにとっては安心して聴けるというか、大歓迎。

今回共演しているのは、パナマのロベルト・デルガード率いるオルケスタ。
トロンボーン×3、トランペット×2、バリトン・サックスの6管編成による
厚みのあるサウンドで、にっこり。サルサはこうでなくっちゃねえ。
オープニングの曲を、ラストでゲスト歌手に歌わせているんですが、
これがサボール溢れる歌声で、シビれましたね。このメドロ・マデラって誰?

聴く前は、『パナマの音』というタイトルと、
パナマの国旗がずらっとはためくジャケットに、
おお、ルベーンも、ついにパナマの伝統音楽に挑戦かと色めき立ったんですが、
そうではなく、パナマのオルケスタを起用して、
パナマで録音したということなんですね。
なんだぁ。タンボリートやタンボレーラ、メホラーナでもやってるのかと思ったのに。

せめて、パナマの作曲家のレパートリーぐらい、取り上げればいいのにねえ。
カルロス・エレータ・アルマランの「ある恋の物語」とか、
リカルド・ファブレガの「パナマ・ビエホ」とか、
パナマにはいくらでも名曲があるんだからさ。
ルベーンはパナマの観光大臣をやったくせに、
いっこうに自分の音楽には、地元の音楽を反映させようとしませんね。

そういえばずいぶん昔の話ですけど、
晩年のミゲリート・バルデスがパナマ歌謡を歌った名作を引き合いにして、
中村とうようさんがパナマ音楽を手がけないルベーンを、
ディスってたことがあったっけなあ。
とうようさん、ちょっと天国から、ルベーンの尻にケリを入れてくれません?

Rubén Blades "SON DE PANAMÁ" Subdesarrollo no number (2015)

Aurelio  DARANDI.jpg

やったっ! アウレリオの新作が、願いかなったりで、思わず叫んじゃいました。

2年前に来日したホンジュラスのガリフーナのシンガー・ソングライター、アウレリオ。
生で観て、CDで聴く以上の魅力に目を見開かされたんでした。
トリのシェイク・ローが予想通り(?)、ぜんぜん魅力がなかったもんで、
アウレリオをトリで、いや、単独公演で観たかったというのが正直な感想でした。

アウレリオのヴォーカルの良さばかりでなく、ガリフーナの太鼓やダンスなど、
見所はいっぱいあったんですけれど、なんといっても、一番ノケぞったのが、
サーフ・ロック・スタイルで弾くリード・ギタリストの存在。
オーセンティックなガリフーナ音楽に、
場違いとも思えるサーフ・ロック・ギターが鳴り響くという、
最初ぽか~ん、やがてギャハハだったわけですけれど、
これ、オモろいわ~だったのでした。
https://bunboni.livedoor.blog/2015-08-28

なんで、これをCDではやんなかったのかなあ。
このギタリストは、レコーディングに参加していなかったのかなと思い、
あとで調べてみたら、ちゃんとクレジットされているじゃないですか。
う~ん、それじゃあ、プロデューサーのイヴァン・ドゥランがこのギターを嫌がって、
このトーンでは弾かせなかったとしか思えないよなあ。

今回の新作は、アウレリオがツアー中の15年7月、
ちょうど来日するひと月前に、スタジオ・ライヴ方式でレコーディングされたもので、
あの時のライヴそのままに、サーフ・ロック・ギターが冴えわたっているのでした。
これまでのアウレリオのアルバムは、イヴァン・ドゥラン一人のプロデュースでしたけど、
今作のプロデュースは、アウレリオ自身の名が筆頭にあり、
イヴァンもクレジットされているものの、アウレリオの意向が強く働いたんでしょうね。
そのおかげで、サーフ・ロック・ギターがきちんとフィーチャーされたんだと思います。

伝統音楽とポップスのはざまにある音楽家にありがちな試練ではありますが、
伝統色を強く保持したがるプロデューサー側の意向で、
電気楽器の導入など、新たな音楽的冒険を阻まれることがありますよね。
だいたい、そういうプロデューサーというのは、外部からやってきた人間で、
その伝統のすばらしさを<発見>した人であるわけですけれど、
外から来た人間に、「伝統を守れ」などと言われる筋合いはないわけです。

世界へ出られないローカルな音楽にとっては、外部の人間の手助けが必要ですが、
だからといって、伝統を強要したり、音楽家自身の個性を殺すようでは、
出しゃばりすぎというものでしょう。
それぞれが果たすべき役割を間違えちゃいけません。

今回の日本盤にも、アウレリオが十代の時にやっていたグループ、
リタリランを日本に紹介し、レコーディングやツアーをした元青年海外協力隊員の人が
解説を書いていて、気になる箇所がありました。

「私はその後もしばらくホンジュラスに暮らすが、アウレリオと私はべつの道を歩んだ。
アウレリオは、伝統楽器にこだわる私の手法に限界を感じていたようで、
電気楽器をとりこんだ新しいガリフナ音楽をつくりはじめた。」

なるほど協力隊にいた人らしく、まっすぐでマジメな方なようで、
その後、ガリフーナ文化をテーマとする人類学の研究者となったとのこと。
この解説も、ガリフーナの歴史と音楽、
それに自分が関わったリタリラン時代の想い出話に終始し、
新作CDの中身についていっさい触れていないという、
研究者にありがちな鈍感さを感じさせるものでした。
つくづく音楽家は、こういう人たちと<うまく>付き合わなきゃいけないと思いますね。

アウレリオは世界に飛び出すことに成功しましたが、
ガリフーナ音楽が盛り上がるためには、
もっともっと多くの若者の才能が出てこなきゃいけません。
レユニオンのマロヤがこれだけ盛り上がりを見せたのだから、
ホンジュラスに、ニカラグアに、ベリーズに、
そしてまたアメリカにいるガリフーナの人々が、
いろんな音楽的な冒険をしながら、ガリフーナ音楽を推し進めてもらいたものです。

Aurelio "DARANDI" Real World CDRW216 (2016)

Vicente Garrido  50 AÑOS CON LA MÚSICA.jpg

素晴らしいピアノの弾き語りに、身体の力が抜けました。
この味わい深さは、そうそうあるもんじゃありません。格別です。
メキシコで「モダン・ボレーロの父」と呼ばれた作曲家のビセンテ・ガリード。
95年にリリースされたピアノ弾き語りアルバムを手に入れたんですが、
一聴で、魂を持っていかれました。

職業歌手ではない、作者だからこそ醸し出せる、滋味溢れる歌の数々。
24年生まれというのだから、録音当時70歳過ぎのはずですけれど、
青年のような初々しさが残る歌の表情は、どうでしょう。
モダン・ボレーロというより、フィーリンといって構わないんじゃないでしょうか。

じっさいこの弾き語りアルバムは、キューバのエグレム・スタジオで録音され、
音楽監督はなんとあのマルタ・バルデースだそうです。
ご存じフィーリンを代表する、あの女性歌手ですよ。
いやあ、こんなアルバムがあるなんて、ぜんぜん知らなかったなあ。
流通事情の悪いメキシコ盤ゆえでしょうか、もったいないですねえ。

ホセー・アントニオ・メンデス、ビルヒニア・ロペス、ナット・キング・コール、ルイス・ミゲルといった、
数多くの名作を残してきた歌手たちが歌ったビセンテの代表曲の数々が、
今作られたばかりかのような、みずみずしさで歌われているんです。
ヴェテランの手練れがみじんもなく、音楽に向かうピュアな姿勢に胸打たれます。
これ、すごいことですよ。

親しみやすさと優雅さと格調高さが絶妙なバランスを保つ
デリケイトなビセンテの歌い口が、たまりません。
「白いボラ・デ・ニエベ」、そんなイメージが脳裏から離れなくなりました。

Vicente Garrido, Arturo Xavier González.jpg

もう1枚、メキシコのチェロのマエストロで、ビセンテと1歳違いという、
23年生まれのアルトゥーロ・シャビエル・ゴンサーレスとのデュオ作も買ったんですが、
こちらは演奏のみのビセンテの名曲集。いつの録音かわからないんですが、
アルトゥーロ・シャビエル・ゴンサーレスは81年に亡くなっているので、70年代録音でしょうか。
これも優雅で素晴らしく、弾き語り集に続けて愛聴しています。

Vicente Garrido "50 AÑOS CON LA MÚSICA" Editiones Pentagrama PCD242 (1995)
Vicente Garrido, Arturo Xavier González "VICENTE GARRIDO - ARTURO XAVIER GONZÁLEZ" Editiones Pentagrama APCD507

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