after you

bunboni こと 荻原和也 の 音楽案内所 musicaholic ブログ(隔日刊 2009年6月2日より)にようこそ。

『ミュージック・マガジン』7月号にディノ・ディサンティアゴのインタヴュー記事を寄稿しました。ぜひお読みください。

カテゴリ: 北ヨーロッパ

Olli Ahvenlahti  MIRROR MIRROR.jpg

注目のフィンランドのジャズ・レーベル、ウィ・ジャズの新作は、
なんとオリ・アーヴェンラーティ。
70年代にクロスオーヴァーを熱心に聴いていた人ならご存じのとおり、
フィンランドのクロスオーヴァー/フュージョンを代表するピアニストです。

このレーベルって、実験性の高いジャズを志向しているのかと思っていたけど、
こういうど・ストライクなフュージョンも出すんですね。
それにしても、オリ・アーヴェンラーティとは懐かしいと思ったら、
ジャイルス・ピーターソンやケニー・ドープが紹介して、
クラブ・シーンで再評価されたことがあったんだそうです。
そういやオリの70年代の作品が、
ミスター・ボンゴからCDリイシューされたことがあったけど、そういう流れだったのか。

新作は、サックス、トランペットの2管を擁したクインテット編成。
オリはフェンダー・ローズとオーバーハイムを弾いています。
フェンダー・ローズの音色が好きなファンにはたまらない、
見事なまでにクラシックなスタイルの70年代クロスオーヴァー・サウンドです。
ヒップ・ホップなんて通過していない、現代に更新もされていない、
半世紀昔のまんまのサウンドであります。

不思議なもんです。リアルタイムで聴いてきた者には、
こういう音楽がリヴァイヴァルするなんて想像もしなかったもんなあ。
なんせ当時は、硬派なジャズ・ファンやロック・ファンから
バカにされ続けてきた音楽ですからねえ。
フリー・ジャズもフュージョンもどっちも好きなんて、
ぼくみたいなヘンタイは他にいなかったから、なんか感慨深いですよ。

音響の良さを除けば、21世紀の音楽であることを示すものは、
な~んにもないといった内容なのに、それがまったく古臭く聞こえない。
それがサンダーキャットやドミ&JD・ベックが人気を呼ぶ、
今という時代なんだろうねえ。

ふと、オリっていまいくつなんだろと調べてみたら、
49年生まれだから74歳。ボブ・ジェイムズ、ジョー・サンプルあたりと
同い年みたいなイメージだったけど(二人は39年生まれ)、もっと若かったのか。
同い年はデヴィッド・フォスター。
ニール・ラーセンより1つ、ドン・グロルニックより2つ、
ジョージ・デュークより3つ若くて、ロニー・フォスターの1つ上。そういう世代でした。

半世紀ぶりのフィニッシュ・クロスオーヴァー。
大手を振ってこういう「サウンド」が好きといえるようになったのは、いい気分。
アヴァン・ジャズもフュージョンもカタログにあるウィ・ジャズ、ますます気に入りました。

Olli Ahvenlahti "MIRROR MIRROR" We Jazz WJCD75 (2024)

Erika De Casier  STILL.jpg

おぉ、もう2年半も経っていたのか。
タイトルどおり、ぼくにとってはセンセーショナルだったエリカ・ド・カシエールの前作。
https://bunboni.livedoor.blog/2021-09-23
すっかりトロけさせられたあのアルバムから、もう新作?と思ったら、
2年半も経っていたんだね。

この音楽をオルタナR&Bと呼ぶにせよ、アンビエントR&Bと呼ぶにせよ、
そもそもR&Bを名乗らなくたって、いいんじゃないですかね。
そんなことを思わせる、まさしくオルタナティヴ・ポップの極北といえそうなサウンドです。
UKガラージをベースとするのは、Y2Kリヴァイヴァルと並走しているし、
エリカの歌い込まないアトモスフェリックな歌唱だって、
トリップ・ホップを汲むものだしね。

エレクトロニック・ポップの最先端ともいえるそのエリカ・ド・カシエールが、
ニュージーンズに楽曲提供したのには驚いたけど、今作収録の ‘Lucky’ を聴けば、
実験性とポップの共存がとんでもなく高いレヴェルで実現していて、
アンテナの高いニュージーンズのプロデューサーが起用するのもナットクできます。
レゲトンやヒップ・ホップをやってるのに、それらしく聞こえない音作りって非凡だよねえ。

耳元をくすぐるような甘いヴォイス、
デリカシーの塊のような磨き上げられた音色。
アンニュイな歌の表情がエクスタシーへと誘われるのは、前作同様。
今回は生楽器も使われているらしく
( ‘Twice’ のドラムスのブラシはエリカが叩いているとのこと! )、
前作とは作り方が違うといいますが、聴感上はあまり変化を感じず。
それほど音像の完成度が高いということなんでしょう。

こういう最先端の音楽を、オールド・メディアのCDでもちゃんと出してくれるところに、
オールド・エイジのファンとしては感謝の限りなんであります。

Erika De Casier "STILL" 4AD 4AD0639CD (2024)

Koma Saxo  POST KOMA.jpg

コマ・サクソの新作がスゴイことになってる。
前作のエクレクティックなサウンドに、
未来派ジャズを幻視したような錯覚を覚えたものですが、
今思えば、それは錯覚じゃなかったんですね。
https://bunboni.livedoor.blog/2022-05-23

ジャズ、クラシック、フォーク、ファンク、ビート・ミュージック、エレクトロニカと、
あらゆる音楽の実験場となっていた前作でしたけれど、
今作はその実験がひとつの完成形を見せていますよ。
どアタマから強靭なゆらぎビートで、クリス・デイヴ以降のジャズと
ビート・ミュージックを咀嚼したグルーヴがたまりません。

今作では、ペッター・エルドがサンプラーをかなり積極的に使用していて、
随所に短いカット・アップを組み込むなど、
サウンド・アーティストぶりを発揮しているんですが、
同時に即興演奏を際立たせるサウンドの構成が巧みで、
楽曲に明確なヴィジョンがあって、それを実現するアイディアも豊富なのね。
全13曲中1曲を除いてたった1日で録音した後に、
エルドが録音を重ねて完成させています。

なにより今作のいいのは、サウンドの風通しが良いこと。
リーダーのペッター・エルドのフレキシブルな音楽姿勢がメンバーに伝わり、
メンバー同士がインスパイアしあって、演奏にサプライズが起こっています。
コンセプト・アルバムの色彩が強かった前作とは、演奏の爆発力が違います。

バップからフリー・ジャズを経由してビート・ミュージックまでシームレスに繋がっていて、
ジャズの歴史を横断しつつ21世紀のジャズを響かせるコンポジションがスゴイ。
コンポーズと即興演奏をオーガナイズするペッター・エルドの力量を示した傑作です。

Koma Saxo "POST KOMA" We Jazz WJCD50 (2023)

Olli Hirvonen  Displace.jpg

ブルックリンを拠点に活動するフィンランド人ギタリスト、オリ・ヒルヴォネンが来日。
最新作 “KIELO” のレコーディング・メンバー、マーティ・ケニー (b) と
ネイサン・エルマン=ベル (ds) とのトリオのライヴを、
9月21日代官山「晴れたら空に豆まいて」で観てきました。

圧巻のギター・ミュージックでしたねえ。
クリーンなギターのトーンは、どんなに激しくカッティングしようが、
きらめくような美しさがあり、北欧の大自然を連想させる
雄大さと深淵さが伝わってきて、圧倒されました。
新作のフィンランドのフォークから着想を得た曲で、それは特に発揮されていましたね。

シングル・トーンからコード・ソロそしてリズム・カッティングへと、
自在にソロ・スタイルを変化させながら弾き倒す、オリのリズム感がスゴかった。
リズムにブレが寸分もなくて、正確無比。トレモロを多用するんだけれど、
音の均整が素晴らしくて、どんだけ練習すればあんなギターを弾けるんでしょうか。

4拍子と6拍子が何度もスイッチしたり、変拍子も多用しながら、
曲中に何度もギアを入れ替えて、瞬時にリズムを変化させるアンサンブルも見事でした。
14年にこのトリオを結成して、すでに10年近い活動歴を持つという、
3人の息の合い方が完璧。ネイサンのしなやかなドラミングが、
曲のスケール感を倍加させるダイナミズムを発揮していましたよ。
シンプルなドラム・セットを使い、ドラミングで歌わせるのが得意なドラマーなんですね。

ユニークだったのが、マーティ・ケニーがベースを弾かずにギターを使っていたこと。
開演前に、ベース・アンプにギターが繋がっていて、???と思っていたんですが、
エレクトリック・ベースの奏法でギターを弾いていて、こういうベースもあるんですねえ。

オリは11年にニュー・ヨークへ渡り、13年にマンハッタン音楽学校で修士号を取得、
16年にモントルー・ギター・コンクールで優勝し、
審査委員長のジョン・マクラフリンに賞賛されたギタリスト。
オリのギター・ミュージックには、コンテンポラリー・ジャズ、フォーク、シューゲイザー、
バロック音楽、ノイズ・ミュージックが養分となっているのが刻印されています。

サインを入れてもらった19年作の “DISPLACE” は、
このトリオにルーク・マランツ(p)が加わったアルバムで、
オリのアルバムでぼくが一番愛聴してきたもの。
すでにこの地点から、オリははるかに前進していましたね。
オリの独創的な音楽世界に、ギター・ミュージックの可能性は
まだまだ尽きないことを教えられた一夜でした。

Olli Hirvonen "DISPLACE" Ropeadope no number (2019)

Sunbörn.jpg

デンマークのアフロ・ジャズ・バンド、クティマンゴーズが、
サンボーンとバンド名を変えて再出発。改名後第1作が届きました。
https://bunboni.livedoor.blog/2019-10-08

また一歩、音楽性の歩みを進めましたね。
オープニングの ‘Dancing In The Dusk’ から、
オーケストレーションを思わせる
重厚なホーン・アンサンブルのアレンジに引き込まれました。
サックスのひび割れたサウンドや、ブレイクでフルートが立ち上ってくる場面など、
これまでにないスケール感を生み出しているじゃないですか。

アフリカ音楽のポリリズムを取り入れつつ、
ハウス・ビートを生演奏にトレースしたようなドラムスの、
トランシーなグルーヴにもドキドキさせられます。
今回、ドラマーだけが新しいメンバーに交代したんですね。

‘Night Sweats’ で、ホーン・セクションがまるでEDMのシンセ・リフのように
響かせているのも面白いなあ。
デジタル・サウンドを生演奏に置き換える試みですよね。
電子音楽のコンテクストをアクースティックな演奏に転換する試みは、
クラフトワークの ‘Metropolis’ のカヴァーでも見事に発揮されていますよ。
アフロビートのグルーヴを生み出すドラムスとのミックスも鮮やかです。

南ア・ジャズのサウンドスケープをトレースした ‘Under The Same Sky’ もいい。
アフロビートだけじゃなく、こういう曲も書けるところが、このバンドの強みで、
アフリカ音楽を深く探求している証拠だね。

ザップ・ママやプリンスのニュー・パワー・ジェネレーションの一員だったこともある、
デンマーク人女性ベーシストのイダ・ニールセンと、
ニュー・ヨークのジャズ・シーンで活躍する
日本人ピアニスト、ビッグユキがフィーチャーされた ‘Mankind?’ は、
ヘヴィーでワイルドなグルーヴに満ちたトラック。シンセ・ソロのパートを差しはさんで、
サックス・ソリがサウンドを切り裂きながら進行していくアレンジが、壮観です。

ポリリズムを深化させたアフロ・ジャズ、というよりもアフロビート・ジャズでしょうか。
バンド名を改名して、さらに奥行を増したサンボーンです。

Sunbörn "SUNBÖRN" Tramp TRCD9114 (2023)

Ljus Och Lykta.jpg

なんてフレッシュなポリフォニー!
一聴して、魅せられちゃいました。
「光とランタン」を名乗る、スウェーデンのフォーク・グループのデビュー作です。

女3男1の4人組で、全員が歌います。
伴奏がギターとフィドルだけという潔さがいいじゃないですか。
ソロのシンギングやポリフォニーのコーラス、リルティングも自由闊達で、
実にのびのびとしていて、キモチいいですねえ。

レパートリーは舞台芸術庁のアーカイヴから見つけてきた
スウェーデンの伝統歌ばかりだそうで、
それを彼ら流にアレンジを練ったものなのでしょう。
伝統に沿いながらも、ポリフォニーには現代性が感じ取られ、
熟達したフィドルのプレイもビートが立っていて、スリリングです。
歌と演奏の双方がそれぞれ引き立つ場面が作られていて、
構成がしっかりしています。

なんでもリード・ヴォーカルのクララ・エックマンは、
リェナ・ヴィッレマルクのコンサートを観たことで、
伝統歌の世界にのめりこむことになったんですって。
それを聞いて、ぼくもリェナの89年のデビュー作を思い出して、嬉しくなっちゃいました。

Lena Willemark.jpg

リェナ・ヴィッレマルクといえば、
ぼくにスウェディッシュ・フォークの素晴らしさを教えてくれた人。
トラッドに立ち位置を置きながら、ロックやジャズなどへと領域を広げ、
さまざまな実験も重ねて、このジャンルの第一人者となりましたが、
ブズーキとフィドルをバックに、ゴリゴリの伝統歌を歌った
リェナの鮮烈なデビュー作が、いまでもぼくには忘れられません。

そんなリェナのデビュー作にもオーヴァーラップする、
若々しさが輝かしい、とびっきりフレッシュなジュース・オック・リクタのデビューです。

Ljus Och Lykta "LJUS OCH LYKTA" Caprice CAP21938 (2022)
Lena Willemark "NÄR SOM GRÄSET DET VAJAR" Amigo Musik AMCD722 (1989)

Eyolf Dale  THE WAYFARERS.jpg

息も凍りそうな冬空の下で、両手を広げ、深呼吸したくなるようなすがすがしさ。

ノルウェイのピアニスト、エイヨルフ・ダーレの新作のオープニングに、破顔一笑。
ハープシコードの親戚みたいな鍵盤楽器ハンマースピネットや、
ベーシストが弾くソーをオーヴァーダブしたサウンドが、
北欧ジャズの特徴が陰影ばかりではない、北国独特の明るさをもたらしています。

エデイションからの5作目となる新作は、
21年に出した前作“BEING” に続くピアノ・トリオでの第2作。
前作から引き続き、ベースのペア・ザヌッシ、
ドラムスのアウドゥン・クライヴェの3人で演奏しています。

ノルウェイのフォーク・ジャズらしい牧歌的なメロディをたたえながらも、
ロマンティシズムに傾きすぎないビターな味わいがあって、いいですね。
豊かな陰影のあるスローな曲で、情感のある抒情をたっぷりと聞かせる一方、
リズム・セクションがアグレッシヴに攻める曲もあって、
シャープでスリリングな展開を楽しめます。

ピアニストだけでなく作編曲者としての魅力が発揮されたアルバムで、
『旅人』というタイトルが示すとおり、旅程でのさまざまな場面を描いた
映像的な着想が、アルバムに起伏を与えているのを感じます。
1曲1曲が簡潔にまとめられているのも、
演奏家であるとともに作編曲家である思慮深さがうかがえますね。
リリカルにして精悍という、
北欧ジャズに期待するすべてが備わっているアルバムです。

Eyolf Dale "THE WAYFARERS" Edition EDN1212 (2023)

Svaneborg Kardyb  OVER TAGE.jpg

スヴェイヌボルグ・カーディブは、デンマーク北部の港町、オールボー出身の二人組。
ジャズの鍵盤奏者ニコライ・スヴェイヌボルグと、
フォーク・ミュージックのドラマー、ヨナス・カーディブという、
異なる音楽性を持つ二人が13年に出会い、19年にデビュー作を出したとのこと。
3作目となる新作が、マンチェスターのインディ・レーベル、ゴンドワナから出て、
初めてこの二人を知りました。

温かみのあるメロウなウーリッツァーと、ひんやりしたシンセのサウンドが、
浮遊感のあるサウンドスケープをかたどり、
さまざまなリズム・アプローチを試みるドラムスとともに、
アンビエントなフォーク・ジャズ・エレクトロニカといった趣の、
いかにも北欧らしい演奏を聞かせてくれます。

どの曲も抒情を強調しすぎず、メロディがひそやかなところが、いいなあ。
まるで旋律が冬の大気に解き放たれて、たゆたうかのような曲が並んでいて、
その繊細なミニマリズムの心地よさに、うっとりしますね。
ドラムスが一定のリズムをキープしながら、
わずかずつ変化を加え、シンバルの連打で山場を作っていくんですね。
小物打楽器を組み合わせたパーカッション・アンサンブルを聞かせる
‘Orbit’ では、アフリカのリズムを参照したかのようで、惹かれました。

一部の曲で、トランペット二人とギターが参加しているんですけれど、
二人のサウンドにすっかり溶け込んでいて、ゲストの存在を意識させません。
ミニマルなグルーヴが心地よいこと、このうえないですね。
北欧のアトモスフィアに満ちたサウンドスケープは、
息も凍える真冬のサウンドトラックにぴったりです。

Svaneborg Kardyb "OVER TAGE" Gondwana GONDCD057 (2022)

Synnøve Brøndbo Plassen  HJEMVE.jpg

オスロから北へ約300キロの中央部、
ノルウェイ東部の渓谷にある、オステルダレン地方の小さな町フォルダル。
人口1600人ほどという小さな町に生まれ育ったシノヴェ・ブロンボ・プラスンは、
ノルウェイ音楽アカデミー民俗音楽部門の修士課程に在籍する音楽家。

シノヴェはデビュー作の制作にあたって、フォルダルの伝統音楽に狙いを定め、
フィドラーだった曾祖父から幼い時に習った曲や、
古い音楽書、アーカイヴ録音から素材を集めたといいます。

全21曲、無伴奏によるア・カペラという内容なので、
地味なアルバムかと思いきや、リズミカルな曲が多く、
カラフルなメロディに、ノルウェイ民謡独特の味わいがたっぷり練り込まれていて、
すっかり夢中になってしまいました。
シノヴェは歌いながら床を踏み鳴らし、そのリズムが打楽器代わりになって、
ア・カペラに生き生きとしたビートを送り込んでいます。

そして、なにより心地よいのが、シノヴェの芯のあるナチュラルな発声。
上がり下がりの激しいメロディを歌っているんですが、めちゃくちゃ音程がいい。
歌いぶりも力強くて、胸をすきますねえ。
北欧の歌手はぼくの苦手な人が多くて、敬遠していた時期が長くありました。
ノルウェイの有名なシンガー、トーネ・フルベクモもその一人。
ハイ・トーンの芸術的なヴォーカルが、ぼくには受け付けられませんでした。
もっとニュートラルな発声で、土の香りのする歌を聴きたいと思っていたから、
シノヴェ・ブロンボ・プラスンの歌は、ぼくには理想的です。

この伝統的なシンギングは、ダンス音楽がベースとなっていて、
ハーディングフェーレやフィドルで演奏する器楽曲に、
ナンセンスな言葉をつけて声楽にしたものだそうです。
それが副題にある slåttetralling なんですね。
歌詞のある曲もあれば、リルティングのように言葉のない曲もあり、
バラッドや賛美歌とは、まったく性格が異なる音楽ですね。

そういえば、先に挙げたトーネ・フルベクモも、
オステルダレンの伝統的な歌唱をルーツとする人ですけれど、
彼女からこういう歌を聴けたためしはなかったなあ。

シノヴェが歌うア・カペラだって、それは十分に洗練されていて、
じっさいに村人が歌うような野良の歌とは、まるで違うんだろうけれど、
それでも彼女が真摯に伝統音楽を追及した本作は、
ケルト音楽を演出したり、過度に北欧色を強調した<ツクリモノ>とは無縁。
伝統を凝縮した純度の高さに、感じ入ります。

Synnøve Brøndbo Plassen "HJEMVE" Grappa HCD7373 (2021)

Wako  WAKO.jpg

バンドキャンプ・デイリーのジャズ新作の記事を読んでいて、
シェーティル・アンドレ・ミュレリッドというノルウェイのピアニストを知りました。
91年生まれという新世代ながら、ピアノ・ソロやトリオほか、
さまざまなフォーマットのアルバムを出していて、
すでに大きな注目を集める期待の若手のようですね。

北欧ジャズ独特の鋭敏な音楽性を感じさせる人なんですけれど、
片っ端からサンプルを聴いていて、強烈に引き込まれたのが、
シェーティルが参加しているグループ、ワコの20年作。
美しいメロディが引き立つ卓越した作曲能力と、
爆発的なインプロヴィゼーションを繰り広げるフリー・ジャズの演奏力に感じ入って、
こりゃあ、スゴイと、すぐさまオーダーしたんでした。

するとシェーティルご本人からメールがきて、
「申し訳ないけれど、いまツアー中でCDを発送できないんだ。
帰ったらすぐ送るので、しばらく待ってもらえるかな」とのこと。
メールに日本を懐かしむ文面があったので、え?と思ったら、
すでに来日経験があったんですね。
18年にピアノ・トリオで、19年にはこのワコで来日しているじゃないですか。
なんと、ご近所の下北沢でも演奏していたとは。

ワコは、シェーティルが通っていた、
トロンハイムのノルウェー科学技術大学ジャズ科の
学生仲間と結成したグループだったんですね。メンバーは、シェーティルに、
マーティン・ミーレ・オルセン(サックス)、バルー・ライナット・ポウルセン(ベース)、
シーモン・オルダシュクーグ・アルバートシェン(ドラムス)の4人。

作曲と即興の絶妙な調和が、ワコの最大の魅力。
曲はシェーティルとマーティンの二人が書いています。
細分化された現代的なビートで、
推進力のあるグルーヴを生み出すトラックもあれば、
メロディが内包するリズムに対応して複雑なドラミングを聞かせるトラック、
サックスがタンギングをして規則的なリズムをつくるトラックなど、
リズム・アプローチが全曲違うところが、すごくクリエイティヴ。

幾何学的な音列のなかに、美しいメロディの断片が散りばめられていたり、
弦や管が折り重なって、色彩感豊かなハーモニーと立体的なサウンドを構築していて、
そのヒラメキのある楽曲づくりに惹き込まれます。
本作にはゲスト・ミュージシャンが大勢参加していて、
弦楽四重奏、ヴォブラフォン、トランペット、バリトン・サックス、
モジュラー・シンセサイザー、ヴォイスが、それぞれのマテリアルに添って、
絶妙に配置されているところも、聴きどころ。

コンテンポラリーとフリーを横断しながら、
フォー・ビートでオーソドックスなモード・ジャズをやったり、
ストレートなエイト・ビートでジャズ・ロック調に迫るトラックでは、
メンバーがコーラスを聞かせたり、
CDのラスト・トラック(LP未収録)は、なんと!ビバップで、
途中フリーと行き来するなど、その引き出しの豊かさに舌を巻きます。
いやぁ、このバンド・サウンドの豊かさ、スゴイな。

あー、ライヴ観たいなあ。ぜひぜひ再来日してくださーい。

Wako "WAKO" Øra Fonogram OF157 (2020)

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